シィの冒険《1》
右を見ても、左を見てもいない。人通りが多いので、背の低いシィにはちょっと視界が悪いが、それらしい姿は見当たらない。
何か店に入る、という話をしていたので、恐らく軒を連ねているどれかの店に入ったのだと思うが……シィはただ皆に付いて歩いていただけなので、どの店に入ったのかがわからないのだ。
家族の存在が感じ取れなくなった時点で、シィは大通りに戻って皆を探そうと思った。
彼女は好奇心が旺盛で、イルーナとエンと比べて、ちょっと抜けているところがある。
何か失敗しても家族がいるから大丈夫、と思っている節があり、その時楽しければオッケーという刹那的な思考も有し、イルーナやエンより甘えん坊な一面が存在する。
が、線引きはしっかりしているのだ。
何が大切で、何を優先すべきなのか。
元々がダンジョンを防衛する魔物として生み出されているため、エン程頑固でなくとも、譲れないもののために意志を貫く、という精神を彼女もしっかり有しているのだ。
そして、サクヤを連れている今、彼女が優先すべきことは、ただ一つ。
――弟を全力で守ること。ただそれだけだ。
それ以外の全ては、些末事。
だから彼女は、すぐにベビーカーを引いて戻ろうとし――それを止めたのは、サクヤだった。
「あえよ、いおう!」
「……まだ、こっちみたいの?」
「いうぃ、うおお!」
返事なのかそうじゃないのかわからないが、引き返そうとするシィに抵抗するように、両腕を路地裏の奥へと必死に伸ばすサクヤ。
彼が、これだけ何かに執着した様子を見せるのは、珍しい。おもちゃに夢中になっている時でも、ここまで執着している様子を見せたことは今までなかった。
……本当ならば、戻った方が良いことは間違いない。
ただ、少しシィの中に迷いが生まれる。
サクヤがここまで求める以上、そこには何かがあるのかもしれない。
今、見ておかなければならない何かが。
サクヤが特殊な子であることは、シィも知っている。むしろ、親であるユキ達よりも、そのことを感覚的に理解しているかもしれない。
リウは、普通の子だ。可愛い可愛い妹。
サクヤも可愛い可愛い弟であるが……正直、普通ではないのだ。
この子には、自分達にはない何かがある。あの両親にすら無い何かが。
ならば、彼がこうまで求めるのならば、その感覚に従った方が良いのではないだろうか。
「うーん、うーん……ま、いっか!」
あんまり深く考えることをしないシィにしては、少し長めに悩んでいたが……そこで、やっぱり考えることをやめる。
自分達のことは、家族のみんなならば――ユキとレフィならば、必ず見つけてくれる。
ならばもう、合流に関しては彼らの方に任せてしまえばいい。
自分はこのまま、サクヤが求めるものを探しに行くとしよう。
せっかくの旅行なのだ。ならばちょっとくらい、冒険しても良いだろう。
「よし、ぼーけんだね、ぼーけん! だいじょーぶ、シィおねえちゃんがまもってあげるから、サクヤのいきたいところにいこう!」
「あぅい!」
にぱっとサクヤに笑いかけ、シィはベビーカーを押して二人だけで路地裏の奥へと入って行った。
◇ ◇ ◇
ホテルを出た後、俺はすぐに家族の下へと向かったのだが……そうして合流した時、彼女らは酷く慌てていた。
「――シィとサクヤが、いなくなった?」
「そ、そう! ど、どうしよう、お店に入ったら、二人が来てなくて、あれって思って探しに出たら、いなくなってて……!」
「本当にすまぬ、儂が真っ先に気付くべきじゃった! 我が子を任せておきながら、何という間抜けっぷり……っ!」
焦った様子の、ネルとレフィ。
そんな大人達の焦りが伝わってしまったのか、リウが大声で泣き始めてしまい、それをリューとレイラと、そしてレイス娘達があやしている。
話を聞くに、どうやら土産物屋に行こうとしていて、その直前までは一緒にいたそうだ。
だが、皆の意識が店の方に向かい、ちょっと目を離した隙に、二人の姿が見えなくなっていたらしい。
……この辺りは、首都の大通りだ。当然人通りも多いし、馬車などもバンバン通っている。
ケータイがある訳じゃないのだ、大人でも一度逸れると合流は難しいだろう。
だからこそ、迷子になったのがシィだったのは、幸いだったかもしれない。
「……何をやっていたのだ、貴様らは」
「も、申し訳ありません、今すぐに捜索隊を派遣させます!」
俺の隣でキレているのは、船長。キレられているのが、ウチの面々の護衛としてこっそり付いて来ていた、SPの方々である。
船長は、あの国家元首の婦人と共にホテルで一回別れていたのだが、彼の方にも連絡が行き、再び合流したのだ。
まあ実際、護衛対象から目を離し、しかも迷子にしてしまうのは……失態と言えば失態になってしまうかもしれない。なんかちょっと申し訳なくなってくる。
「そうしろ。王都駐留中の軍に通達、すぐに招集して一帯の封鎖を――」
「とりあえず、落ち着け、みんな」
すごい大事になりそうだったので、俺は苦笑しながらそう言って全員を落ち着かせる。
「シィは大丈夫だ、そんなに弱い子じゃない。それに、安否だけはすぐに確認出来る」
「! そ、そうか、お主には、迷宮の魔物と話せる力があったか!」
「ほう……貴殿の、魔王の力か?」
「まあな。内緒にしといてくれ。――シィ、聞こえるか?」
俺が発動したのは、ダンジョンの魔物と連絡を取る時に使用する、『遠話』機能。
すると、すぐに声が戻ってくる。
『あっ、あるじ! はい、こちら、シィです!』
その元気な声音に、とりあえず何かに巻き込まれたのではないのだろうということがわかり、俺はホッと安堵の息を漏らす。
「全く……急にいなくなったって聞いたから、ビックリしたぞ」
『えへへ、ごめんなさい!』
「どうした、迷子になっちゃったのか?」
『ううん、あのね、なんだかサクヤに、いきたいところができたみたいなの! それで、もしかすると、それにしたがったほうが、いいかもしれないっておもって!』
サクヤが……?
「わかった、とりあえず俺はそっち向かうよ。自分達がどの辺りにいるか、わかるか?」
『せまいろじ!』
狭い路地はきっといっぱいあるなぁ……。
しょうがない、俺が飛んで辺りを一回確認すれば、ダンジョンの機能の一つである『マップ』が埋まる。そうなれば敵味方の識別が可能になる。
俺の方で見つけてあげればいいか。
「わかった、すぐ向かうから、待っててくれ。危ないと思ったらちゃんと逃げるんだぞ」
『はーい! またね!』
彼女の元気な声を最後に、『遠話』を切る。
「大丈夫だ、シィとサクヤは無事だ。どうも、サクヤがどこかへ行きたがったみたいだな」
俺がそう言うと、全員ホッとした様子を見せる。
「ほら、言ったじゃん、みんな。シィは普段抜けてるところのある子だけど、サクヤを連れている時にまで無茶をする子じゃないんだから。そこまで考え無しじゃないよ。きっと、何か考えがあってのことなんだって」
「……ん。最近のシィは、妹と弟が出来て、姉らしくなった。のほほんとはしてるけど、いざという時はちゃんと頼りになる」
イルーナとエンの言葉の後に、うんうんと言いたげに首を縦に振っているレイス娘達。
大人組とは対照的に、彼女らの方はそんなに心配している様子を見せていなかったが、それだけシィのことを信頼しているのだろう。
実際、シィはあんな可愛い見た目をしているが、ステータスで言えばそこらの人間など相手にならないくらいの能力は持っている。
人を信じやすい純真なところはあるが、サクヤが一緒にいる今、そうそう無茶なことはしないだろうし、いざとなったらダンジョン帰還装置を使って逃げることも出来るだろう。
あの子の内面が、それだけ成長してきていることを、俺は知っている。
というか、シィは子供だが、親が一から十まで見ていなければならないくらい幼い訳じゃないのだ。落ち着いて、見つけてあげればいい。
「そ、そうじゃな……すまぬ、ちと取り乱し過ぎたようじゃ。しっかりせんといかんの」
「おう、頼むぜ、レフィ。こっちはお前に任せたかんな。時間も時間だし、昼飯でも食っとけ。シィは俺が探してくるから、みんなあんまり深刻に考えないようにな。――船長、軍は招集しなくていいが、代わりに空飛ばさせてもらうぜ」
「あ、あぁ、わかった」
そう言って俺は背中に三対の翼を出現させると、飛び上がったのだった。




