エルレーン協商連合という国《1》
船長に案内され、俺達は発着場から歩いて数分のところにあった、豪華なホテルにチェックインした。
前世でも高級ホテルに分類されるであろう、非常に綺麗な内装と装飾をしており、我が家の面々はなかなかに興奮していた。
ぶっちゃけ、ローガルド帝国の帝城より快適かもしれない。
というのも、こう……一つ一つのアイテムに、何だか前世が感じられるのだ。
とことん利便性が追及され、無駄が省かれ、ちょっとしたところに利用者への配慮が感じられるのである。
手すりの形状だったり、控えているスタッフのサービスだったり、置かれているアメニティグッズだったり。
いや、多分この案内してもらったホテルが、この国でも最上位に来るサービスをしているのだとは思うのだが、何と言うか飛行船の発明から始まり、『エルレーン協商連合』という国の精神が感じられたような気がするのだ。
――この国は、複数の自治都市が他国へ対抗するために連合を形成したのが成り立ちだと聞いている。
だから、君主制は敷かれておらず合議制で国が運営され、トップも選挙によって決められるのだという。
限りなく前世に近い政治形態だが、よくこの世界でその形で国を運営出来るものだ。
俺は、この世界の大体の国家が君主制なのは、前世よりも時代が古いから、というより、前世よりも危険が多いからだろうと思っている。
たとえば強大な魔物が出現して軍を派遣する、となった時に、そちらの方が意思決定に必要な人数が非常に少なく済むからだ。
まあ、俺は政治に詳しい訳じゃないので、そういうのを補うための制度は当然考えられているのだろうが、そういう国の在り方が理由で、このホテルで何となく前世を感じるのかもしれない。
元々が自治都市の集まりだから、成り立ちからして商売を重視している訳で、その商売による競争がサービスの向上を生み出しているのだろう。
「リウ、サクヤ、どうっすか? これがホテルっすよー」
「あぅばぁ」
「うぅぅ?」
「あはは、もー、いつでも可愛いなぁ、この子達は。それにしても、綺麗でとっても良いホテルだねぇ! 何だか、親切な感じがするよ!」
「居心地が良い感じはありますねー、このホテル。アイテムや家具などの一つ一つに、利用者への気遣いがあるように思いますー」
「そうそう、僕もそう言いたかった!」
「ホントかぁ?」
「ホントだもんねー」
「ほれ、お主ら、ほてるに興奮するのも良いが、流石に夜遅い。ほてる内をじっくり楽しむのは明日にせんと、朝起きられんぞ」
「ん、そうだな、順々に風呂に入って今日は寝るか。ここの浴場は広いみたいだし、イルーナ、シィ、エン、三人で先に入ってくれ。レイ、ルイ、ローは、いつもの調子で部屋から出てっちゃダメだぞ? 他のお客さんもいるからな」
「「はーい!」」
「……はーい」
イルーナ達が揃って返事をし、そしてレイス娘達は、「わかってるよー」と言いたげな様子で俺に不満を表す。
いや、流石に見知らぬ人にいたずらなんかしないってことは俺もわかってるんだが、お前らから目を離すのはちょっと不安なんだよな……。
◇ ◇ ◇
翌日、朝。
「――昨夜はよく休めたか?」
「あぁ、おかげさまでな。いいホテルだったよ。いや、マジで。ウチのヤツら、みんな興奮してたわ。綺麗で親切で、すげー良いホテルだと思う」
ホテルのロビーで、船長とそう話す。
ちなみに、ウチの面々はもういない。
船長から色々と教えてもらって、すでに街の観光に出掛けた。二泊三日の予定だが、今日一日は、この首都観光の予定だ。あとで俺も合流する。
それとなく警備っぽい人らが付いて行っていたのが見えたが、まあ流石にこの国としても、ウチの家族だけで送り出す訳にはいかないのだろう。
レフィとネルがいる以上万が一なんてあり得ないが、それよりはむしろ、ウチの家族に対する変なちょっかいの防止、という方が目的なんだろうな。
「そう言ってもらえると、一安心だな。実際のところ、このホテルは私の給料では泊まれん国内随一の高級ホテルでな。一度は妻を連れて泊まってみたいのだが、二人分の金額となると、軍人の給料ではとても……という感じなのだ」
「ははは、そうなのか。それなら、そちらさんの予定次第ではあるが、俺達の接待役として、今日の夜は奥さん連れて泊まりに来たらどうだ? 俺が『ゲナウス大佐の家族と夜も友好を深めたい』ってわがまま言えば、泊まらせてくれるんじゃないか?」
「ほう、それは確かにそうなるだろうとは思うが……いや、うむ、なるな。妻も確実に喜ぶ。良いのか?」
「あぁ、任せろ。船長には世話になってるからな。――そういう訳で、どうです?」
俺が話を振った先にいるのは、近くのソファに座っていた、一人の老婆。
彼女は、少し驚いたように目を丸くした後、愛嬌のある笑みを見せる。
「えぇ、わかりました、ローレイン夫妻用の部屋を一部屋取っておきましょう。大佐、この後奥さんにお話ししておきなさい」
「ハッ! お心遣い、感謝いたします! ……気付いていたのか、ユキ殿」
「いや、アンタ思いっ切り気にしてたじゃん。そりゃ気付くわ」
微妙にソワソワしてたからな。その相手を分析スキルで見れば一発だ。称号に出てたし。
――そう、ソファに座っていたのは、ただの婦人ではない。
この国の、国家元首である。
「確かに、私を見ていましたね。全く、だからこちらを気にしないように、と事前に言いましたのに」
「す、すみません、私はそういうのは、あまり得意ではなく……」
流石に自国のトップが相手だからか、いつもより若干緊張している様子の船長である。
はは、アンタ魔界王とかが相手でも毅然としていたのに、自国に来るとそうなるんだな。
それにしても、エルレーン協商連合のトップが女性だというのは聞いていたが……こんな人だったのか。
とりあえず、茶目っ気があるということはわかった。
「フフ、わかっていますよ。あなたは根っからの軍人さんですものね。――初めまして、ベガルダ=ファレンティアと申します。現在のこの国を預かっている者です。ユキ魔王陛下、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「皇帝はもうやめたんだ、陛下はやめてくれ。あんまり仰々しく呼ばれると、笑ってしまいそうになるから、普通に『ユキ』でいいよ」
「そうですか、それではユキ殿、とお呼びさせていただきましょう。此度は、我が国にお越しいただき、誠にありがとうございます。精一杯おもてなしさせていただきます故、我が国を楽しんでいただけると幸いです」
「あぁ、こちらこそありがとう。前から来てみたかったんだ、この国には。飛行船を生み出したところがどんななのか気になってたし、何よりその内遊びに行くって話を以前に船長としたからな」
「……そう言えば、そんな雑談もしたな」
「これは、ローレイン大佐のお給料を上げなければなりませんねぇ。……ふむ、あなた、今日から『特別外務公務員』になりなさい。あ、軍の階級はそのままで結構です。と言っても、戦争にも参加して十分な功績を挙げておりましたし、近い内に『少将』にはなると思いますが」
「は? お、お待ちください。申し訳ありません、私はその特別外務公務員というものを、寡聞にして存じ上げないのですが……」
「それはそうでしょう、今作りました。まあ要するに、ユキ殿がいらっしゃったりした際のお相手をあなたに一任する、ということです。ちゃんとお給料も出しますからね」
「……か、畏まりました、ご命令であれば」
「良かったな、船長。俺としてもアンタが対応してくれるんなら、やりやすいから万々歳だ」
「……ユキ殿。貴殿と出会った時から、私の世界は一変した気がするよ」
「お、口説き文句なら、なかなかカッコいい言い回しだな」
「怒るぞ」
俺は笑い、そして国家元首の彼女も笑い、それを見て船長はただため息を吐いた。
コミック版8巻が、5月9日に発売しますよー。
嬉しい。




