閑話:???
――我が、ボロアパートへの帰り道。
レフィと共に帰路を歩いていると、ふと彼女が言った。
「そう言えばユキ、あれは何じゃ? 時折街中で見かけるが」
レフィが指差したのは、公園。
ジャングルジム、シーソー、ブランコがあるだけの小さな公園で、ひっそりとした位置にあるからかわからないが、子供は誰もいない。
「あぁ、あれは公園だ。子供が遊ぶための場所だな」
「ほー……イルーナみたいな?」
「そう、イルーナみたいな」
俺がそう言うと、「ふむ」と少し考える素振りを見せてから、レフィは言った。
「よし、ではイルーナが公園に行きたいと言い出した時のため、今から調査をしようではないか!」
うん、物珍しかったんだな。
「いいぞ。じゃあ……手前のシーソーから乗るか。ほら、お前はそっちに座れ」
「うむ」
俺とレフィは、シーソーに座る。
そして、まず俺が地面を蹴って浮き、次にレフィが蹴って浮く。
ガコンガコンとなるシーソー。
「…………」
「…………」
しばし無言の後、レフィは言った。
「……これだけ?」
「これだけ」
「……ふむ、身体がふわっとするのは、面白いの」
まず褒めるその姿勢、良いと思うぜ。
「よし、シーソーは堪能したと思うから、次はジャングルジムだな!」
「この、鉄の格子のようなのは、どう遊ぶんじゃ?」
「あー、具体的にどう、と言われるとわからんが……とりあえず登ってみようか」
「うむ」
俺達は、ジャングルジムの天辺まで昇る。
子供からしたら十分に高いだろうが、俺達からすると「まあ、うん」と思うくらいのものである。この歳になってジャングルジムを登ることになろうとは。
ただ、レフィはこの高さでも、ちょっと気に入ったらしい。
「ほう、高いのは良いな。これくらいでも、何だか気分が良いわ」
「へぇ、お前、高いところ好きなのか」
「うむ、生物を塵芥が如きに見下ろせるからの!」
最悪な理由だった。
「なるほど、じゃんぐるじむとは、高いところから人を見下ろし、優越を感じるための遊具なのじゃな」
「んな遊具を子供用に置くか。あとお前、ジャングルジムの上で仁王立ちしてると、パンツ見えるぞ」
よくそんな立ち方が出来るもんだ。
まあ実際、コイツの肉体なら、これくらいの高さだと頭から落ちても一切怪我しないのだろうが。
「きゃー、えっちー」
「アホ」
レフィはカカ、と笑い、ジャングルジムの天辺から一息に飛び降りる。
「よし、最後のじゃ。これは何じゃ?」
「これはブランコだ。今までのより、ちょっと楽しいぞ。ほら、そこ座れ」
「うむ」
「あとは、こうして、こんな感じで漕ぐんだ」
隣のブランコに座ったレフィは、俺の真似をして漕ぎ始め……。
「ほう! うむ……これは、なかなか、楽しいな」
「だろ? 何かこう、楽しいんだ。ブランコ」
「よしユキ、儂の背中を押せ!」
「はいはい」
俺はブランコから降り、レフィの背中を押す。
自分で漕ぐ時よりもきっとスピードは出ていないだろうが、それでもレフィは機嫌良さそうに為されるがまま押され――。
「あ! おにいちゃん達! こんにちはー」
その時、公園の外から俺達へと掛けられる声。
そこにいたのは、ランドセルを背負った、金髪の小さな女の子。
「お、イルーナ。おかえり、学校帰りか?」
「おかえりじゃ、イルーナ」
アパートの隣に住む女の子、イルーナ。
初めて会った時と比べ、彼女の背も大分伸び、幼女から少女と言うべき成長を遂げている。
実際、まだランドセルは背負っているが、次の春からは中学生になるはずだ。
「うん、さっき終わって帰ってきたところ。ブランコ、楽しいよねぇ!」
「そうじゃな、儂は初めて乗ったが、この他にない感覚はなかなか楽しいの」
「へぇ、初めてなんだ。……それじゃあおねえちゃん、わたしが、ブランコの別の遊び方を教えてあげる!」
そう言ってイルーナは、先程まで俺が座っていたブランコに乗り、漕ぎ始める。
そして、その勢いに合わせ、「えい!」と履いていた片方の靴を遠くへと飛ばした。
「これはね、クツ飛ばしって遊びだよ! 一番遠くまで靴を飛ばした人の勝ちなの」
「ほほーう、なるほど。よし、ユキ、離れておれ。――見よ! これが覇龍の本気のキックじゃあ!」
「あっ、待て――」
俺が止めるよりも先に、レフィはぐぅんとブランコを漕ぎ、足を思い切り振り抜き――。
ギュン、という、空を斬り裂く音。
俺の動体視力では、本当に微かな残像しか捉えられない程のとんでもない速度でレフィの靴は飛んでいき、公園の狭い敷地など簡単に跳び越え、やがて大空に消えて見えなくなった。
「……あっ」
「あっ、じゃねぇよ、このバカ! そりゃお前が本気で蹴ったらそうなるわ!」
幸い、レフィが飛ばした方向には山があるので、誰かに当たってケガさせるとかは大丈夫だろうが……コイツは本当に。
「あー……お星さまになっちゃったね」
飛んで行った靴を見て、苦笑を溢すイルーナ。
全然関係ないが、こういう時のイルーナの表情を見ても、成長が感じられるというものである。
「……ユキ、家まで肩車してくれ」
「ったく、お前は……」
「……何だか悪い気がするから、おにいちゃん達の荷物はわたしが持つよ!」
「ありがとな、イルーナ。助かるよ」
「……すまんの」
俺は、レフィを肩車し、公園を後にする。
隣を歩くイルーナ。
「それにしても……フフ」
「? どうした、イルーナ?」
「何じゃ?」
「おにいちゃん達は、初めて会った頃から、変わらないなぁって思って」
「そうだな、このバカのバカさ加減は、出会った頃から変わらんな」
「色々儂にも言いたいことはあるが、今だけは言わんでおこう」
「バーカバーカ、アーホ」
「ユキ、儂はこの前、てれびで三角締めというものを学んだ。そして今、肩車されておる。言いたいことはわかるな?」
「フッ、浅はかなり。その程度の脅しで俺が――があああっ、まっ、待て待て、ギブギブ!」
「もー、おにいちゃん達、早く帰るよー」
俺達は、三人並んで、家へと帰った。
◇ ◇ ◇
「――ふむ、こんなもんでいいかな!」
俺は、草原エリアの大木から縄を二本垂らし、板に繋いで、ブランコを作る。
乗って全体重を掛けてみたり、引っ張ったりして耐久を確かめてみるが……ん、大丈夫そうだな。
フフフ、俺の日曜大工技術も、なかなかに極まってきたと言えるのではなかろうか。日曜大工魔王と呼ばれる日も近いな。
「何を作っておるのかと思えば……ユキ、何じゃそれは?」
俺の様子を窺っていたレフィが、出来たものを見て、怪訝そうな表情を浮かべる。
「これはな、ブランコだ! よしレフィ、来い。耐久性を確かめるぞ」
「よくわからんが、まあいいじゃろう」
ブランコに座る俺の膝の上に、レフィもまた座る。
そして俺は、足を動かして漕ぎ始めた。
「おっ……ふむ、なるほど。これはなかなか、楽しいの」
「だろ? ブランコは、何故かわからんが、楽しいんだ。こうやって思いっ切り漕いで――あっ」
「あっ」
恐らく、二人乗りをするべきでなかったのだろう。
いや、イルーナ達だったら問題なかったかもしれないが、大人二人が乗るには、耐久性に難があったようだ。
思い切りスイングした際、バキリと枝の折れる嫌な音が鳴ったかと思いきや、俺とレフィの身体がふわりと宙を舞う。
そしてそのまま、重力に引かれ、俺達は草原に叩きつけられた。
「ぐえっ!」
「ぬぅっ!」
二人重なって、大地に転がる。
痛い。
「……なるほど。ぶらんことは、危険な遊びをして失敗すると、痛い思いをするという教訓を得るための遊具なんじゃな」
「……そう、それを身を以て学ぶための遊びだ!」
「戯け」
「いてっ」
俺の上に乗ったまま、デコピンしてくるレフィ。
「全く……次はもっと耐久性の高いものを作るんじゃな。妻に痛い思いをさせた罪じゃ、そのまま枕になっておれ」
そう言ってレフィは、俺の腹を枕に、草原に寝転がる。
「そうするよ。その時はまた耐久性テストに付き合ってくれ」
「嫌じゃ。一人で痛い思いをせい」
「そう言いながらもお前は、きっと誘ったら付き合ってくれるんだろうけどな」
「……フン」
自分でもそうだと思ったのか、ただ鼻を鳴らすレフィに、俺は笑った。
吹き抜ける風。
草原エリアの陽射し。
レフィの温もりと重み。
ふとその手に触れると、彼女も俺の手に指を絡め、軽く握ってくる。
そのまま俺達は、何でもない時間を、共に過ごす。
 





