閑話:エンとユキ
次も閑話かも。日付的に。
ほら、エイプリルフールがね。
大太刀の少女、罪焔。
愛称は、エン。
彼女は以前と比べ、よく喋り、自分の意思を見せ、家族でなくともわかりやすい感情を見せるようになった。
羊角の一族の里の学校で知り合った、新しい友人などからは、寡黙でちょっと変わった子、というように認識されている彼女だが、ずっと一緒にいる家族などからはその変化の具合は顕著なもので、ユキなどは彼女の姿を見て嬉しそうに笑みを浮かべるのだ。
ただ、色んな面で成長し、変わってきたエンには、最初から変わらない点もまた、存在している。
いや、正しくは、元々持っていた気質が、ユキ達と過ごすことで磨かれ、よく表に出て来るようになった、というべきか。
それは、真っすぐで折れぬその意志である。
頑固とも言うべきものであり、職人気質とも言うべきものであり。
決して折れぬその刃のように、一度そうと定めたものには、彼女は自身の意見を曲げることは、絶対にしないのである。
だから、学校で出来た友人からの印象は『物静かな子』であっても、彼女のことをよく知る者の印象は『気が強い子』、なのだ。
ユキに振るわれ、様々な戦いに身を投じ、主を守らんと修羅場を潜り抜けてきた彼女が、ただ『物静かな子』というだけである訳がないのである。
別に、頭が固い訳ではない。人の意見はしっかりと聞くし、相手の言葉に理があると認めれば自分の意見を変えることもする。
しかし、彼女の中で譲れないもの。
胸に抱いた信念。
それだけは、何者が相手でも決して揺らぐことはない。
心に根差した思いにだけは、彼女は絶対に意思を変えない。
――たとえ、主と慕い、人の感情で言えば親に対する愛情、とでも言うべきものを抱いている、ユキに対しても。
「…………」
「え、エンさん、聞いてくれ。こ、これは致し方のない理由と言いますか……け、決して手慰みにただ作っただけとか、そういう事実はないと言いますか……」
「……刃が付いてる」
ユキが手に持っているのは、最近新たに作ったらしい、見慣れぬ武器。
いや、彼が武器を作ることはよくあるが、問題は今回作ったのが、『おもちゃ』ではない形状にあるということだ。
エンが、何者にも譲らぬ、決して折れぬただ一つの信念。
それは、己こそが主を守る剣である、という思い。
その思いを失うことは、エンにとって、己が死ぬことに等しい。刃が折れ、二度と斬れなくなることに等しい。
ユキの思いとしても、未来永劫エン以外を主武器として使うことはないが、仮にそういう未来が訪れれば、その時にエンは死ぬのだ。
そうでなくとも、これははっきり言って、『浮気』に当たる。
だからエンは、ユキが自身以外の剣を持てば悲しむし、怒るのだ。
戦棍は、自身とは役割が違うし、主に合っている武器なので許すが……刃が付いているのは駄目だ。
正直、主の剣術は下手だ。それに関しては、ネルの方が明らかに才能がある。だから、刃の付いた武器は補佐が出来る自分以外必要ない。
必要ないったら必要ないのである。
「い、いや、待て! 確かにこれには刃が付いてる! けど、これを振るって戦おうとは考えてないんだ! ほ、ほら、最近ネルがお前を振るえるようになりたいって、訓練で大剣使い始めたろ? だから、それ用に幾つか用意しとこうって思っただけなんだ!」
「……むむ」
ユキが今し方作っていた武器は、大きい。何より、形状が少々エンに似ている。
だからこそ彼女は機嫌を損ねたのだが……確かに最近、ネルが大太刀が使えるようにと訓練を始めたことはエンも知っている。
愛する妻のために、ユキが良い武器を拵えようとするのは、当然の流れだろう。
情状酌量の余地あり、か。
……本人の中に、ちょっと試してみたい、という思いがあることも間違いないだろうが。
ユキが外に出る時は、必ず共にいたのがエンだ。それくらいの内心はお見通しである。
と、怒るような素振りを見せていたエンだが、フリはこれくらいでやめ、ポンと彼の膝の上に乗る。
ユキが自分のことを本当に大切に思ってくれていることは、よく知っている。だから、本当に話したかったのは、別のことだ。
「……やっぱり主、ちょっと、お暇?」
「……お前が相手だから言うが……そうだな」
ユキは、以前と比べ、やることが少なくなった。
生まれた子供の世話をするという日課は増えたが、それは家族みんなで分担して行っているので、労力という点で言うとユキには全然余裕がある。
むしろもっと、自分の労力を増やしてくれても良いくらいだと考えているのだが、ダンジョンの皆、特に他の大人組がこぞって子供達の世話をしたがるので、彼は一歩引いて任せているのだ。
そして、エン達少女組も学校に通うことになり、つまりユキがエンを武器として振るう機会は、極端に少なくなった。
それはユキ自身が望んだことであり、逆にエンなどは「嫌だ」と一度は駄々をこねたものであるが……エンを持たなくなったことで、ユキが魔境の森に出ることが少なくなったのも、確かな事実なのである。
ユキでしか振れないであろう戦棍を持って、魔境の森で狩りをしたり、ちょっとずつダンジョン領域を広げることはしているようだが、少なくとも魔境の森の西エリアに踏み込むことはしなくなった。
完全に未知の場所に行くこともしない。
外で皇帝の仕事があった頃に戻りたいとは露程も思っていないが、ユキとしても今が少々退屈だとは、思ってしまっているのだ。
「ただな、エン。それは今だけだ。リウとサクヤがもうちょっと大きくなったら、色々連れて行こうと思ってるからな! 世界は広く、色んなものがあるってことを教えてあげるには、この家の中だけじゃなく、外に出なきゃならない」
「……主が、エンにも言ったことだね」
「そう、そしてそれは、俺にも言える。俺はこの世界に来て、色んなところへ行って、色んなことを経験したことで、ちょっとは人間として成長出来たと思ってる。まだまだ足りないものばかりだが」
「……そんなことない。主は、立派」
「はは、ありがとう。けど、それは俺が、お前らに立派だと見て欲しくて、見栄張ってるんだ。だが、そうやって見栄張るためにも、色々経験して知らないとな。だからエン、リウとサクヤを遊びに連れて行く時は、一緒に付いて来てくれよ?」
「……当たり前。エンが、主の剣」
「あぁ、頼むよ」
膝の上に乗るエンの頭を、ユキは優しく撫でる。
温かい手のひら。
エンは、こうしてユキに頭を撫でられるのが、好きだ。
この、本物ではない肉体に、温もりを感じられるから。
皆とは種族がかけ離れているとか、本体が刀であるとか、そんな全てが些細なことであると思うことが出来るから。
「……ん。だから、エン以外の武器、使っちゃ駄目。戦棍と、包丁はいい」
「も、勿論わかってるって! これは後程ネルに渡すから、俺が持つことはないさ」
「……それなら、誠意を見せて」
「へへぇ、お嬢様の求めるままに」
ユキは笑って、そのままエンの頭を撫でる。
エンもまた小さく笑みを浮かべ、満足するまでユキの膝から降りることはなかった――。




