ネルの一日
ちょっと閑話っぽい。
その日も、ネルは辺境の街アルフィーロにいた。
勇者としての仕事のためである。
大々的に飛行船が導入されたことで、アーリシア王国のどこにでも短時間で展開することが可能となったが故に、国内においてもはや最高戦力であると言っても良いであろうネルも、もう王都に縛られる必要がなくなったのだ。
それに、今の彼女の仕事は、どちらかと言うと『魔王ユキの妻』という役割にある。
現在では彼は皇帝でなくなったが、しかしその存在に大きな影響力があることは未だに変わらない。
ワイルドカード。
鬼札。
夫が魔王ユキであるため、彼と常に連絡が取れるというのは、アーリシア王国にとってもはやそれだけで他国に存在しない非常に大きな武器なのだ。
彼女が、歴代の中でも突出した力を持つ勇者である、という事実よりも遥かに。
そんな訳で、現在の職場がアルフィーロに存在しているネルは、今日も今日とて訓練や周辺の魔物を狩る日々である。
そうして勤務地が変わったことに加え、他種族との融和政策が進んだことで、勇者としての仕事は以前と比べ減ったが、かと言って暇な時間が増えたかと言うと、実はそうでもない。
それは、このアルフィーロという街自体に理由がある。
ここは国の端に位置し、すぐ近くに『魔境の森』という秘境の地が存在している。
ユキ達がもはや『雑魚』と判断し、無視するような魔物であっても、人間達にとっては生死を賭けて戦わねばならない敵であり、それらが常にすぐ隣の領域に広がっている。
そんな場所に集まるのは、やはりそれなりに戦える者であり――つまり、強さを求める者が、数多くいるのだ。
「はい、終わり」
「なっ!?」
握っていた剣が、いつの間にか腕の中から消失しており、今しがた剣を打ち合わせていたはずの少女――ネルの手の中に、それが握られていた。
「ど、どうやって……」
「まだ、剣が自分のものになっていない感じがありますね。剣が五体の延長に存在するもの、という意識をもうちょっと持つことが出来れば技量も上がりますし、少なくともこうやって相手に武器を取られることはなくなるかと」
「信じらんねぇ、こんなにもの差が……ご指導、ありがとうごぜぇやした」
「はい、お疲れ様です。――それじゃあ、次の方どうぞ!」
今日彼女がいるのは、冒険者ギルドの訓練場。
稽古を付けてくれないかとギルドに請われ、それをネルが受け入れ、さらに教会が許可を出したため、こうして場が整えられていた。
ただ、この場に揃っているのは冒険者だけではなく、他に軍人、騎士、聖騎士、傭兵など、腕に覚えのある者達が多く集まっている。
さらにその中には、人間だけではなく魔族や獣人族の姿も見られた。
彼女が皆に訓練を付けることが布告された結果、戦いを生業にする者がこれだけ集ったのである。
ウォーウルフ族との繋がりもあって、アルフィーロにいる間ネルは積極的に他種族と関わるようにしており、そのおかげで「何かあったらとりあえず彼女に相談しよう」というくらいには、彼らに頼られるようになっている。
言わば、他種族の相談役のような役割を今では担っており、そんな彼女が今回その力を見せるとあって、人間以外の種も多くが集まってきたのだ。
今日のために、わざわざ飛行船で他国から訪れたものすらいる程である。
と、その時、周りで観戦していた人間の冒険者が、たまたま隣にいた魔族に声を掛ける。
「なあ、魔族のあんちゃん。魔族が強いってのは聞いてるんだが……となると、アンタらの中でもあれくらい戦える戦士っているのか?」
「いや……我々を高く見積もってくれているのはありがたいが、ここまでのは滅多におらん。魔族は時折、怪物のような強さを持つ化け物が生まれるが……つまり、我々においても、彼女の分類はそういうレベルだ」
「そっか……そうだよな。なんかちょっと、安心したぜ」
「こちらとしては、極まった人間はあそこまでの実力を有する、ということがわかって、恐ろしい限りなのだが。人間という種が単体で他種族に相対してきたという事実を、今垣間見た気分だ」
「安心しな。あの勇者の嬢ちゃんは、とっくのとうに人間の枠を超えてっから。――そっちの獣人族のおっちゃんはどうだ?」
人間の冒険者は、次に反対側にいた獣人族に声を掛ける。
「……俺は一度、今代の獣王様の戦いを間近で見たことがある」
「ほぉ? それで?」
「お前らがどこまで理解しているか知らんが、俺達にとっての『王』とは、強き者でなければならない。随一の戦士でないとな。つまり、獣人族における王ってぇのは、単純に考えて今の獣人達の中で最も強い者を指す訳だ」
「あー……話の先が少し見えたな」
「大体お前の想像通りだ。仮に、あの嬢ちゃんと獣王様が戦った場合、俺にはどっちが勝つのか判断出来ん。少なくとも、俺如きが推し量れるレベルにはないぜ」
「……ちょっと前にゃあ、今の勇者様は弱いなんて噂が流れてたが、ありゃとんだ大嘘だったのか」
「何? 人間は見る目がないな。どうすればあれだけの気配を放っている者が弱者に見えるのだ」
「それにゃあ、同感だ、魔族の。驚く程強い奴がいるかと思えば、全く道理のわからん奴もいる。人間はチグハグでよくわからん」
「人間は数が多いから色々いんだ、色々。まー、勇者様のは多分、政治のアレコレがあったんだろうなっつー想像は付くが……俺は学がねぇから詳しいことはわかんねぇわ!」
「そうか。頭が悪いのは俺も同じだ。仲良くやろう、同類よ」
「おう、じゃあそこに俺も入れてもらおうかね。頭突き以外で、頭を使うことは嫌いだ」
「何だそうか。種族は違くとも、お頭の出来の悪さは一緒ってか!」
ガハハ、と笑い合う三人。
その何気ない会話もまた、少し前までは、存在していなかったものなのだ。
なお、三人の会話はネルも聞こえており、ほぼ化け物みたいな扱いに色々と物申したいところではあったが、変に反応したらそれはそれで負けな気がするので、聞こえていなかったことにする。
「……それにしても勇者殿。以前に比べ、随分と、その……特徴的な武器を使っていますな」
そう話しかけるのは、ネルと知り合いの聖騎士。
「あぁ、これですか? このサイズの武器を使えるようになりたいなぁって最近思ってまして。まだまだ全然、身体の方が流されるから扱えてないんですけどね。だから僕も、実は今訓練中です」
「……十分、使いこなせているように思いましたが」
「ははは、いやいや、まさか。こんなのはただ身体能力でごり押ししているだけですよ」
ネルは、以前まで使っていた聖剣『デュランダル』を教会へと返還し、現在はユキが作った剣である『夜葉』を主武器として使用している。
武器そのものであるエンの意見を参考に、ユキが愛する妻のため本気で作ったその剣は、すでにネルの手にも馴染んでおり、彼女が夜葉を握って戦う時、『剣聖』と呼ばれた先代勇者レミーロ=ジルベルトすら「その剣がある時は、私でも相手するのがギリギリですね」と評している。
単純な剣技は未だレミーロの方が上だが、それ以外の要素が合わさると、最強と呼ばれた先代勇者でももう勝てなくなってきているのである。
ネルの身長、腕の長さ、筋肉量、ステータス、剣技、戦い方、戦法の好み。
彼女だけの、彼女の剣における全てを反映させた剣は、その実力を確実に一段階上へと押し上げていた。
が――実は今、訓練で使っているのは、夜葉ではない。
それを使うと、打ち合った相手の剣を斬ってしまうため訓練にならない、というのもあるが、最近「エンのことも扱えるようになりたいなぁ」という思いがあり、ユキに頼んで訓練用の大太刀を別に作ってもらったのだ。
娘と息子が出来た。
実子ではなくとも、二人は間違いなく自分の子供である。
二人が大きくなった時、身を守る術をしっかり教えてあげられるように、今の内にもっと剣術を磨いておきたい。
そういう思いがあり、以前にも増してネルは訓練に打ち込むようになっていた。
常人では、もはや持つことすら厳しい重量のエンと似た長さに、似た重さをした模擬刀。
ネルの身長よりも長く、ネルの体重よりも重い。
これだけ扱い難い剣が扱えるようになれば、剣術自体も成長するだろう、ということである。
――これがあの子自身だったら、あの子の方で調整してくれるから、楽なんだけどねぇ。
エンならば、身体が流されても彼女の方で修正して最適の斬撃に変えてくれるし、そもそも重心管理もしてくれるので、変に身体が流されることなどないのだ。
あまりに楽過ぎて、彼女を手にして戦うと訓練にならない、というのがネルの正直な感想だったりする。
ちなみに、ユキはエンありきの剣術に慣れ切ってしまったので、もう他の刀剣類は使えない。
故に、彼女がいない時の武器はもう開き直って鈍器を使うようになっており、手慰みに何か武器を造る時も、大型の戦棍や戦槌などばかりを用意するようになっていた。
あとは、変なおもちゃや、実用性皆無だが無駄に格好良い武器を造り、興が乗ってポンポンと造り過ぎて、後程「邪魔じゃ」とレフィに燃やされるまでが一連の流れである。
「――ほ、報告!」
そうして、ネルが一人一人訓練を付けていた時だった。
少し焦った様子で、比較的若い聖騎士がその場に現れる。
「付近にて、戦災級の魔物の出現が確認されました! 勇者殿には、出動の準備をしていただきたく……!」
その言葉にザワ、と訓練場がどよめくが、しかしネルだけは平然とした様子で、言い放った。
「おっ、ちょうどいいですね。よし、じゃあ皆さん、実戦訓練に良い相手が現れたようなので、移動しましょうか! 付いて来てください!」
「ちょ、ちょうどいいって、戦災級ですよ……!? しかも、訓練!?」
「大丈夫です、それくらいの相手なら。一応僕、勇者なので」
ニコッと笑うネルの姿を見て、すでに彼女の実力を理解しているここの者達は、「……まあ、実際大丈夫なんだろうな」と苦笑を溢し、そして確かに訓練に良い機会だと、移動の準備を開始する。
ネルの言動が、皆の『勇者』の定義をだんだんと狂わせているのだが、彼女はまだそのことに気が付いていないのだ。
発売日が近付いて来たので、宣伝させてくれ。
「魔王になったので、ダンジョン造って人外娘とほのぼのする」15巻が、3月10日に発売します!
15巻だぞ、15巻。嬉しい。書き足しも、いつもの如くあります。
どうぞよろしく!




