リューの家族とレイラの家族《3》
リューの父、ベルギルス=ギロルは、思った。
孫娘が可愛過ぎる、と。
可愛過ぎてマズい。見ていると勝手に顔がにやけてしまう。
孫娘の弟の赤子も可愛い。とても可愛いのだが……しかしやはり、申し訳ないことに、どうしても孫娘の方が可愛く思えてしまう。
何なら、世界で一番可愛いのではないだろうか。
「おぅ、あぁい? あう」
「おぉ、どうした? 我が孫娘よ」
「いぅ、いぃ、あう」
「うむ、うむ、そうかそうか。何を言っているのかわからんが、とにかくお前は可愛いな」
「あぶぁ、ぶぁあう」
その小さな手足を目一杯に伸ばし、不思議そうにペタペタと触ってくる孫娘。
クリンクリンと動く耳。
「あなた」
「何だ」
「恥ずかしいから、そろそろ正気に戻ってくださいね」
「俺はずっと正気だ」
「そうね。とりあえずお茶でも飲みなさい」
「父様、リウ、預かるっすよ。今日はこの子、機嫌が良いみたいで、良かったっす」
「……うむ」
抱っこしていた孫娘を娘に渡し、茶を飲む。美味い。
「あははは、アンタの親御さん、愉快だね」
「いやホント、ウチもこんな父様を見たのは初めてで……お恥ずかしい限りっす」
「男親っていうのは、そういうもんだろうさ。アンタの旦那も、子供が産まれてしばらくはそんな感じだったって、イルーナ達から聞いてるよ」
笑いながら娘と話しているのは、羊角の一族の者。名は、エルドガリア。
魔帝……いや、魔王ユキの妻の身内で、つまり自身にとっても縁が繋がったことになる。
ベルギルスは、オホンと一つ咳払いし、取り繕う。
――なお、取り繕えていると思っているのは、本人だけである。
「失礼、初めての孫娘で、少々取り乱してしまった」
「やっぱり正気じゃなくなってたんじゃないっすか」
「うるさいぞ、リュー」
「気にしないでおくれ、気持ちはわかるってもんだ。この子達だけでも可愛いのに、レイラに子供が出来たら、つまりアタシに孫娘が出来たら、きっとアンタと同じくらい喜ぶだろうさ」
と、そこで、娘と同じ魔王ユキの妻の少女と、その姉妹らしい幼い少女の二人が会話に参加する。
「あら、お師匠様。私達を引き取った時は、結構淡々としていましたが、つまりあの時は喜んでくれてなかったのですかー?」
「そうですよ、師匠! 課題で雁字搦めにされた覚えしかないです!」
「そりゃあ、当然。無駄に頭の回る生意気な子供二人だからねぇ。厄介なのを引き受けちまったと思ったもんさ。子供の世話をする時間があるなら、その分で研究したいしね」
「あぁ……まあ、羊角の一族ですからねー」
「……そう言われると、それはそうか、って思ってしまったのがちょっと嫌なところです」
「お主らの種族は、ほんに尖っておるの」
「エミューちゃんも、もうしっかりその気質を継いでるんだね……」
「業ですからねー」
「業さね」
「業です」
何だかよくわからないが、同じ角を持つ三人がしみじみとそう呟いていると、先程一度部屋を出て行ったユキが戻ってくる。
そして、彼の足元をちょろちょろとしている、小さな白い毛玉。
フェンリルの子供。
「おーい、セツを連れて来たぞー」
「くぅ……?」
見慣れぬ者が多いせいか、少し警戒しているらしい。
ユキの足にくっ付いて身体を隠すようにしながら、こちらを観察している。
「セツ、この人らは大丈夫だ。みんな家族だからな。ほら、挨拶だ」
「! くぅ!」
どうやらユキのことはしっかり信頼しているようで、彼の言葉だけで警戒を解いたらしく、隠れるのをやめて前に出てくる。
「うわぁ、師匠見てください、とっても可愛いです!」
「ほぉほぉ、これはまた……長生きはするもんだ」
「おぉ……お前、フェンリル様方の子供だぞ。すごいな!」
「えぇ、本当に可愛い……セツちゃん、でしたね? この子が、リウの姉妹と?」
「そうっすよ! リウの妹で、サクヤの姉っす! ――って、あれ、リル様方はどうしたんすか?」
「自分らが行くと恐縮されそうだから、あとで挨拶するってさ」
「あー、それは、確かにそうなりそうっすね」
「む……気を遣わせてしまったか」
実際、目の前に現れたら、恐縮してしまうかもしれない。このフェンリルの子供が相手でも、若干ソワソワしてしまっている自分がいる。
後程その気遣いに感謝しないといけないだろう。
「セツだ! よーし、いっしょにあそぼう!」
「エミュー、はい、これ、セツが好きなボール。投げてあげて!」
「……セツは、ボール遊びが大好き」
ブンブンと元気良く短い尻尾を振り、期待に満ちた眼差しを送るフェンリルの子供。
「わ、わかったです! え、えっと……ほい!」
「くぅくぅ!」
小さな狼は、大喜びで転がったボールに向かって駆けて行き、口で咥えて少女のところまで戻る。
「くぅ!」
そして、「もっともっと!」と言いたげに、てしてしと前足で少女の膝の辺りを軽く叩き、アピールする。
その可愛らしい姿に皆が笑い、和やかな時間が続き――。
◇ ◇ ◇
夜。
ユキがただ『旅館』と呼ぶ、日本風の館。
すでに二度泊まったことがあり、多少は慣れたこの場所にて、ベルギルスはユキが用意してくれた酒を口にしながら、縁側に腰掛けていた。
「…………」
空を見れば星々が煌めき、遠くに視線を送れば、草原の向こう側に暗闇に染まる山や森が見える。
だが、ここの主曰く、ここは閉ざされた空間であるそうで、あれらの場所まで辿り着くことは出来ないのだという。
全くそうは見えないが、四方が壁で囲まれており、そもそもこの場所は洞窟の中に存在しているそうだ。
今更ながら、魔王という存在と、迷宮というものの異質さを感じるものである。
「フン……」
ただまあ……在り方が異質であるだけで、本人自体は至って普通の青年であるということは、流石にもう理解している。
皇帝をやめたのも、その辺りに理由があるのだろう。
その地位は、ただの青年の肩に乗るようなものではない。
……まあ、その割には意外と上手く皇帝をやっていたようにも思うのだが。
王達に通じる資質、というものを、あの娘婿がある程度備えているのだろうことは、間違いない。
「クク……リウは、どのように育つことか」
ここで過ごすあの孫娘は、あの魔王を親にし、あの愉快な家族と共に、育つのだ。
いったいどんな子になるのか、今から楽しみである。
なんて、一人で酒を堪能していると、妻が部屋に入ってくる。
「フゥ……ここのお風呂は、本当に気持ちが良いですね。リューに一つ羨ましいことがあるとすれば、毎日あのお風呂に入れることですよ」
娘達と共に風呂に入ってきたらしい妻が、身体から湯気を立ちのぼらせながら、部屋へと戻ってくる。
自分達は今日泊まらせてもらうが、羊角の一族の二人は、夕食を共に食した後、帰ったようだ。どうやら彼らの里には、ここからすぐに向かうことが出来るらしい。
「風情があって、良い風呂だったな。あれに毎日入れるというのは……確かに、羨ましいかもしれん。個人用とは言わんから、せめて一つくらい里にも大浴場が欲しいところだ。帰ったら案を出してみるか。――お前も飲むか。我らの娘婿殿が用意してくれてな。美味いぞ」
「では、一口。……あら、本当に美味しい」
「俺が一人では飲み切れん、遠慮せず飲め」
「フフ、それなら、いただきますね」
妻はニコリと笑い、ベルギルスの隣に座る。
――そうして、しばし二人は、無言で酌を進める。
「お前よ」
「はい、あなた」
「今日は楽しかったな」
「フフ、はい」
夫婦は笑い合い、作り物でも変わらぬ風情がある月を見ながら、盃を呷った。




