精霊王とシセリウス《2》
「――この子が、リウ。リューとの子で、姉だ。こっちの子が、サクヤ。レフィとの子で、弟だ。ちなみにセツは、二人の間に生まれてるから、妹で姉だな」
『ほう……確かにどちらも、両親の面影を有しておるな。うむ、うむ、素晴らしき命である』
「本当だねぇ、魔力の質もわかりやすく両親に似ていて、可愛らしい子達だよ。うーん、命の誕生とは、何と尊く、我々に活力を与えてくれることか」
『全く同感である。吾輩、長く生きているが、こういう時があるからこそ、まだまだ生きることが楽しみで仕方ないのである』
「わかるよ。アタシらは、生きることに楽しみを見つけていかなきゃならない。全てに飽いて無為に惰性に過ごすようになっては、死んだも同然。だが、こういう瞬間のおかげで、感情が揺れ動いて、命を実感出来る。この子達の成長が楽しみで、それがこの先を生きるための更なる力を与えてくれるってものさ」
『うむ、うむ……それも、全く同感である』
レフィとリューがそれぞれ抱えている赤子達の顔を覗き込み、先程までより一層テンションが高くなる精霊王とシセリウス婆さん。
なんか……うん。
やっぱ親しみがあるな、この二人。
「精霊王、お主に我が子を抱かせてやる約束じゃったな。ほれ」
『うむ……感謝する』
「シセリウスさんも、ウチの子、抱いてみるっすか?」
「あぁ、お願いしたいね。ありがとうよ」
そうして、眠っている二人を起こさないよう気を遣いながら、精霊王はサクヤを、シセリウス婆さんはリウを腕に抱く。
……精霊王の方は、腕に抱くというか、傍から見るとサクヤが一人で勝手に宙に浮いているように見えるだけなのだが。
なかなか不思議な光景である。
『……温かいな。いやはや、生物の幼体とは、何と愛くるしいことか』
「レフィシオス嬢ちゃん、その内、龍の里に連れて行くといい。龍族の王たる魔王が親である以上、この子らのどちらもがアタシらの一族に連なると言えるだろうし、きっと久しぶりの一族の子に、あの年寄りどもも喜ぶだろうさね」
「里に? ……ま、そうじゃな。この子らがもう少々大きくなったら……家族総出で、もう一度行ってもいいかもしれんな」
シセリウス婆さんの言葉に、あっさりと頷くレフィ。
前は、あれだけ嫌がっていた龍の里に、か。
「? 何じゃ?」
「いや、何でもない」
特に気にした様子もない彼女に、笑って俺はそう答えた。
それにしても、そうか、考えてみれば、ウォーウルフの特徴が出ているリウの方も、龍の家系と言えるのかもしれない。
魔帝はやめても、まだ龍王の方は無駄に俺が就いている訳だしな。
この位も別にいらないんだが……龍族達における王というのは、他種族とは違って、そこまで重要度が高い存在じゃないから、まだ気楽ではある。
彼らにとって、王とは戴く者ではあっても、傅く者ではないのだ。
『……よし、魔が王、レフィシオス。この二人には、祝いとして吾輩の加護を与えたいのだが、良いか? 悩んだのであるが、結局吾輩が渡せるものにおいて、これ以外に自信の持てるものが無かった故』
「む? 儂らの子は、お主の加護を受け入れることが出来るのか?」
『そのようである。恐らく、魔が王が持つ不定形な器の形を、この子らはある程度受け継いだのであろう』
……そう言えば忘れていたが、精霊王が与えることの出来る加護は、誰にでも渡すことの出来るものじゃないって話だったな。
俺と、そしてイルーナがそれを持っているが、俺は魔王の特異性から、イルーナは先天的な才能で持つことが可能だったって話だ。
この子らは、俺の肉体の特異性を継いだのか。
「あ、ちょっと待て、俺の時は大分苦しかったが、赤子にやって、大丈夫なものなのか……?」
『それは問題あるまい。貴公の時のようにはならぬであろう』
「それなら……わかった、お願いするよ。ありがとう」
「えっ、ずるいね。アタシ、そういう加護とか持ってないんだけど。そうか、何かお祝いを持ってくるべきだったか。アタシとしたことが……いや、待てよ、自分じゃ使わないけど貴重だからって取っといたものが幾つか……」
俺がアイテムボックスを探る時みたいな感じで、空間に生成した亀裂の中を片手で漁り始めるシセリウス婆さん。
「そんな、無理しないでくれていいからな?」
「いいや、これは礼儀の問題さ。年甲斐もなく浮かれちまって、頭から抜けていたよ。――よし、あった! これ、子育てに使っておくれ」
そう言って彼女がこちらにくれたのは、音の出ない、二つの鈴。
危機鳴りの鈴:対象に身の危険が降りかかる時、察知して一人でに鈴が鳴り、それを知らせる。品質:???
「お守り代わりさ、そう嵩張るものでもないから、持たしといてくれると嬉しいね」
「おぉ、ありがとう、防犯ブザーか」
「防犯?」
「いや、何でもない。あぁ、是非そうさせるよ。というか、もう付けるか! リュー、リウの方付けてやってくれ」
「はいっす!」
つけるのは、服の腰辺りがいいか……と思ったが、これ、このサイズだと、その内不用意に口に入れて、間違って飲み込んだりしそうだな。
服に付けたりさせるのはもっと大きくなってからで、今はベビーベッドの手の届かなさそうなところに括りつけとくか。
と、次に、精霊王が口を開く。
『レフィシオス、代わってくれ』
「うむ」
サクヤをレフィに返した精霊王は、杖を手にし、いつか俺のダンジョンコアへやったのと同じように、我が子達へそれぞれ杖を掲げる。
――うわ、すげぇ。
多分、今の俺だから知覚出来るのだろう。
精霊王から溢れ出した、静かで、自然で、それでいて『災厄級』という言葉が頭に浮かぶだけの特大の力が、リウとサクヤの二人に流れ込んでいく。
世界に存在する、空、大地、森、山、海、そんなものと同質かのような印象を受ける、精霊王の魔力。
前に俺が力を貰った時は、頭が粉々に砕けんばかりの頭痛のせいもあって、これ自体は何にも感じ取ることが出来ていなかったが……こんなデカさの力が流れ込んだのならば、むしろ身体が爆発しなかったのが不思議なくらいだろう。
なるほど、適性が無ければ無理、か。
ただ、俺の時とは違って、二人の赤子に変化は見られない。眠ったまま、特に起きることもない。
天然ものであるイルーナとは違い、この二人は魔王の器由来によって素質があるようだが……いや、そうか。
すでに、精霊王の加護を受けた後の――つまり俺の器が変形した後に、レフィとリューと出来た子達だから、俺みたいにその場で変化した訳ではなく、そもそも受け入れられる器の形になってるんだな。
『よし、これで良かろう。使い方は、この子らが物の分別が付くようになった時、貴公が教えるが良い』
「あぁ、本当にありがとう。精霊王から貰った力、しっかり使いこなせるように、教えるよ」
『……もう一つ。サクヤ、であったな。この子は将来、なかなかに波乱万丈な日々を送りそうである』
俺は、ピクッと反応する。
「……もしかして、サクヤが持ってる称号。見えてるのか?」
サクヤが生まれた時から持っていた称号、『??を?す者』。
俺の言葉に、彼は、頷いた。
『あぁ、しかとな。内容は……フッ、ま、言わぬでおくか。その方が先入観無く、子育てがしやすかろう。ただ、安心するがよい。悪い内容ではないことだけは、明言しておこう。恐らく魔王、貴公と同程度には厄介事に巻き込まれる日々を送ることになるであろうが』
「あはは、だって、おにーさん。それなら、タフな子に育てないとね。やっぱり僕、この子が大きくなったら剣術教えるよ! リウも一緒にね!」
「ユキさん程となるとー……ちょっと大変かもしれませんねー。元々色々教えてあげるつもりではありましたが、実践的なサバイバル知識や、簡単な料理などを教えて、何が起こっても生きていけるようにするのが先でしょうかー」
「それなら僕も協力出来るよ! これでも、一応軍隊育ちだからね!」
お前ら、サクヤをランボーにでもするつもりか。
いや、まあ、確かにそれくらいになれば何が起こっても大丈夫だろうが。弓とか覚えさせようか。




