母と父と
「フゥー……ようやく二人とも眠ったか」
俺は、スヤスヤと眠る二人の我が子を見ながら、そう溢す。
先程まで、それはもう元気に二人とも泣きまくっていたのだが、それで疲れたのか、電池が切れるようにストンと両方とも眠ってしまった。
泣いている片方の声で、もう片方が起きてしまって同じように泣き、ようやく泣き止んだかと思ったら、また片方が泣いてしまって、その声で起きてもう片方も泣き、みたいな共鳴があるのだが、その時はもうすごいカオスだ。
大人達はその可愛らしい姿を見て、笑いながらあやすのである。
また、お互いを見て何か会話をしているような姿も時折見る。いや、勿論実際に喋っている訳ではないのだが、互いを意識しているような時があるのだ。
すでに、自分達を姉弟だとは認識しているのかもしれない。
そして、面白いもので、二人はすでに性格の違いが出始めているように思う。
というのも、リウは常に元気いっぱいで、身振り手振りで表す感情が豊かで、あとよく笑う。
対してサクヤの方は、少し大人しい感じがあり、何となくリウよりも冷静というか、よく皆の顔を見ているような印象があるのである。
まあ、とは言っても赤子なのは変わらないので、泣く時はそれはもう元気いっぱいで、元気いっぱい手足と尻尾を動かしまくるのだが。
リウの小さな耳がピクピク動くのは超可愛いし、サクヤのぷにぷにの軟骨のような小さな角も、いつ見ても超可愛い。
また、ネルも言っていたが、サクヤはレフィ似の顔立ちなので、将来はさぞ女泣かせになるんじゃなかろうか。羨ましいヤツめ。
……その辺りのことは、俺が教えなきゃ、か。
偉そうなことを言えるだけの人生経験をしたとは思えていないが……ただ、親として、生きる上で大事なことだけは、教えてあげたいものだ。
「……はは」
現時点でそんなことを考えている自分に気が付き、俺は思わず苦笑を浮かべていた。
なるほど、親が色々子供に言いたくなるのは、こういう心理なんだろうな。
で、うるさいと子供は反発し、親と喧嘩しながら成長して、また親になった時に子供に色々言ってしまうのだろう。
そんな将来を思い、何だか面白い感情が湧き上がってくる。
「――何じゃ、ユキ。ご機嫌そうじゃな」
「ん、レフィ。起きたのか」
「うむ、まあ儂は、元々そこまで昼寝の必要もないからの。肉体だけは強い故」
リウとサクヤが夜起きてしまった時のために、最近の大人組は、交代で意識的に昼寝をするようになっている。
で、つい先程までレフィも、旅館の方で少し眠っていたのだ。
「お主の方こそ、ずっと世話しておるじゃろう。休んでも良いんじゃぞ?」
「おう、俺も大丈夫だ。そもそも、ダンジョンにいる限りずっと力が流れ込んでる訳だし、みんなより楽なのは間違いないしな。これくらいはしないと夫として立つ瀬がないってもんだ」
「そうか。では……二人で面倒を見るとしようかの!」
「はは、あぁ」
手招きすると、レフィは胡坐を掻いていた俺の膝の上に、ストンと座る。
後ろから手を回して軽く抱きかかえると、彼女もまた、そのまま俺に身体を預ける。
二人、無言で、我が子達を眺める。
「……すごいものじゃの」
「ん?」
「こんな小さくて可愛いのが、やがて大きくなって大人へと至るのじゃからの。イルーナ達の成長も感慨深いが……」
「ここまで小さいのが大きくなれるのが、すごいって?」
レフィは、頷いた。
「うむ。よくもまあ、生物とは、こんな弱くちっぽけなところから成長するものじゃ。それはつまり、庇護者が守り続けたことで、成長出来た、ということじゃろう。……親の責任というものの大きさを、改めて感じての」
「……そうだな」
この、小さく儚い命を、俺達が育てる。
レフィの言う通り、それはとても、大変なことだろう。
「ま、とは言うても、子供は子供で、自らで自らなりに考え、成長していくのじゃろうがな。イルーナ達を見ていて、そう思うたものじゃ」
「最近のあの子らの話を聞くの、俺の楽しみの一つだわ」
「儂もじゃ」
少女組が学校に通うようになってから、彼女らは、今日一日あったことなどを元気良く話してくれるようになった。
夕飯時にその話を聞くのが、最近の楽しみの一つである。
家の外に出る以上、楽しいことも大変なことも、等しくあるだろうが……このまま、世界を楽しんでもらいたいものだ。
「ユキ」
「ん?」
「お主と、儂とで最初はおって、次にシィをお主が出して、イルーナがやって来て。それから……ここも、随分人が増えたのう」
「そうだな……俺が、この世界に生まれてすぐに出会ったのが、お前だったな」
「カカ、そうらしいの。最初は儂は、変な魔族がいると思うたものじゃ」
「俺は、あ、詰んだと思ったね。それが、チョコ一つで釣られてほいほいウチまで付いて来てよ」
「あのちょこは非常に良い匂いがした。じゃから、仕方ないの。覇龍でも抗えないのが菓子。そういうものじゃ」
「そうかい。まあ、お前のそのチョロさのおかげで、こうして一緒にやっていけてる訳だから、むしろ感謝すべきなのかもしれんが」
「覇龍を満足させられる菓子を出せる者など、世界において一握りじゃろうて。お主はその一握りの者じゃ。良かったの、その幸運があって」
「いやいや、俺としちゃあ、お前の縄張り内にダンジョンが出来て、そこに呼び出されたことの不幸を嘆きたいところだ」
「ほう? そうか、不幸か」
「そうさ。そのせいで俺は、一人で生きられないようになっちまったんだからな。これから先、否が応でもお前と一緒に生きることになっちまった訳だし」
「それは残念じゃったな。世界を悪に染めるはずの魔王が、妻の尻に敷かれる生活を送るハメになった訳か」
「おうよ。おかげで俺は、しがない夫として、妻達の機嫌を取り、子供をあやす日々さ。なんて『魔王』って字面から程遠い生活をしてるんだって我ながら思うぜ」
「それは確かに」
肩を竦める俺に、レフィもまた、笑う。
「……こうやって考えると、お前は俺がこの世界に来てから、ずっと一緒にいるんだな」
「カカ、そうか、お主にとってはそうなるのか」
「…………」
その時俺は、ふと思ったことに、我ながら照れ臭くなってしまい、何も言わなかったのだが。
しかし、レフィにとってはそんな俺の内心など、お見通しだったらしい。
彼女は、微笑みながら、俺を見上げる。
「安心せい。死ぬまでずっと共におるよ」
「――――」
言葉が出ず、俺は、ギュッとレフィを抱き締める。
「……ったく。不幸だよ。本当にさ。我が妻レフィには、魔王である俺を、全然その字面に似合わない者にした責任を取ってもらいましょう」
「仕方がないのぉ。では、その見返りとして、お主には覇龍をただの母にした責任を取ってもらおうかの」
「いいだろう、契約成立だな」
なんて、二人で冗談を言い合っていたその時、まず眠っていたはずのリウが、突然起きて泣き始め、その声を聞いて同じように起きてしまったサクヤが、同じように泣き始める。
俺達は、顔を見合わせて笑い、それから二人をあやし始めた。




