二人目
草原エリアにて。
「うおお、可愛いな! この子も」
俺は、小型犬くらいのサイズの、モフモフでサラサラなその子を抱え上げる。
「ウチの子は珠のように可愛いが……この子は、ぬいぐるみみたいな可愛さだな!」
「クゥ」
「クゥウ」
「あぁ、そうだな! ウチの子らと仲良く、この子も姉妹として育てようか」
仲睦まじく、寄り添っているリル夫妻と、そう会話を交わす。
――そう、つい先日、彼らの間にも、子供が産まれたのだ。
性別は、雌。毛並みとか顔付きとか、「あぁ、二匹の子だな」とわかるくらいには特徴が似ており、超可愛い。
リル達が俺のことを受け入れているからか、初めて会ったはずの俺に対しても特に警戒を見せることもなく、開きたてらしい目で、興味深そうにこちらを観察している。ペロペロと、腕を甘噛みしてきたりして、超可愛い。
この子は、リウの妹で、レフィとの子の姉になる訳だ。
「カカ、また家族が増えたの。我が家は、どんどん大きくなるのぉ」
一緒に様子を見に来たレフィが、くしくしと子フェンリルの頭を少しだけ撫でながら、楽しそうにそう話す。
リル奥さんとレフィは仲が良いため、レフィもまた非常に嬉しそうだ。
「クゥウ?」
「うむ、儂も、まあ恐らく数日以内じゃろうの。ユキの言う通り、リウと、そして儂らの子と、姉弟か姉妹かになる訳じゃ」
「クゥガウ」
「カカ、うむ。共に子育て、じゃな。何か必要になったり、手が足りんという時があったら、ちゃんと儂らを呼ぶんじゃぞ? 特にユキなら、いつでも貸し出してやろう」
「あ、俺が行くんだ。いや、勿論何でも手伝うが」
「当然じゃ、お主はリルに世話になりっ放しじゃろう? こういう時に恩を返さんとな」
「そうだな、確かにそうだ。リル、遠慮しないで何でも言えよ」
「クゥ」
リルは、恐縮です、と言いたげに頭を下げる。
「あと、名前は何て言うんだ、この子? 分析スキルで見ても、まだ付いてないが……」
そう問うと、我がペットは、言った。
「クゥ、ガウ」
「え、俺が名付けろって?」
「クゥ」
「クゥウ」
頷く夫婦。
どうやら二匹は、子供の名前は今後、俺の方で決めてほしいらしい。というか、リルが俺に決めてほしいらしい。
自分は、俺の配下だから、と。
リル奥さんの方も、特に反対するつもりはないようで、リルに任せているようだ。
そう言ってくれるのは嬉しいものだが……責任重大だな。
抱き上げた、子フェンリルを真っすぐ見る。
両親とよく似た、美しい銀の毛並み。
しばしの間、俺は考え――そして、決めた。
「――お前は、セツ。セツだ」
「クゥ……クゥ」
セツ……良い名前です、ありがとうございます、と言いたげに再び頭を下げるリルを、わしゃわしゃと撫でる。
「あとで、リウとリューと会わせたいの。リューの顔が蕩けるのが、今から目に浮かぶわ」
「はは、確かに。イルーナ達も大喜びするだろうな。あの子らが学校から帰って来たら、顔合わせさせるか」
「ガァウ」
「クゥ」
「セツ、この森は厳しいところだから、両親の言うことをよく聞いて、しっかり大自然を学ぶんだ。ただ、それ以上にこの世界は楽しいものだ。ウチの子達と、仲良く世界を謳歌するんだぞ」
そう言うと、よくわかってないような顔で首を傾げながら、セツはペロッと俺の顔を舐めた。
――と、彼女を中心に、リル夫妻と談笑を続けていた時だった。
突如、表情を歪めるレフィ。
「ッ、こ、これは……」
「? どうした、レフィ?」
レフィは、言った。
「産まれる……」
「……産まれる!?」
つい最近も同じやり取りをしたな、なんてことが、一瞬だけ俺の脳裏を過ぎった。
◇ ◇ ◇
それから、リウの時と同じく、一気に慌ただしくなる。
まず、動けなくなったレフィを抱えて大急ぎで家まで戻った俺は、ウチの大人組に彼女のことを任せると、ゼナさんを呼びに魔界へと向かった。
二度目だから多少は落ち着けており――なんてことはなく、やはり無様に動揺してしまっていた俺は、連れて来たゼナさんがすぐに女性陣と合流してくれた後、前回と同じく旅館で待機する。
前回と違うところと言えば、今俺の腕の中には、リウがいるということだろう。
「リウ、弟か、もしくは妹だぞ。まあ、セツがもう妹としているが……これで、正式にお姉ちゃんだな。つっても、あんまりそういうのは気にしなくてもいいが、仲良くはしてくれよ?」
「だぁ、あぁ」
手足を目いっぱいに伸ばし、俺の腕や顔を触ってくるリウ。
最初こそおっかなびっくりやっていたが、流石にあやすのはもう慣れ、この子の言いたいこともある程度わかってきたように思う。
この子は、嬉しい時は耳をピクピクさせるし、短い尻尾をクリンクリンと動かすのだ。
その動きの、愛くるしさと来たら。半端ない。
もう、俺のことを父親とは、認識してくれているだろうか。
そうして、我が娘をあやしていると、イルーナ達が横からリウを覗き込む。
今日も彼女らは学校に行っていたのだが、先程帰ってきて、前回と同じく俺と一緒に待機しているのだ。
「うーん……かわいい。おにいちゃん、いつ見てもリウ、かわいいね!」
「そうだな……いつでも可愛いな」
「リウ、どれくらいになったら、しゃべれるノ?」
「喋るのはまだ先だぞ。会話が出来るようになる日が、楽しみだな」
「……ん。これから産まれる子と合わせて、色んなお話するの、楽しみ。今まで経験してきた、面白いこと、いっぱい話す」
「あぁ……いっぱい、色んな話をしてあげよう」
やはり俺が、ソワソワしていることをわかっているからか、少女組は気晴らしさせるように、そう口々に話す。
俺もまた、話している方が気が紛れることはわかっているので、それに乗っかって彼女らと会話を続ける。
「そうだ、お前ら、学校はどうだ?」
「あのねえ、面白い!」
イルーナは、話したいことが余程あるのか、堰を切ったように言葉を続ける。
「お勉強がね、レイラおねえちゃんから色んなことを教わったけど、それ以上に色んな分野の色んなものがあって、今自分が何が好きなのかっていうのを、探してるところなの!」
「シィは、ちょっとたいへんだよ! おべんきょー、そんなにとくいじゃないし……しゅーちゅーしてないと、わかんなくなっちゃウ」
「……未知の探求は楽しい。レイラの気持ちがよくわかる」
エンの言葉の後に、レイス娘達も意外と勉強が楽しかったらしく、それぞれ「学校楽しいよ!」「色々覚えた!」「羊角の一族の里、やっぱりすごい」と感想を溢す。
が、今本人言っていた通り、シィだけは、大変さの方が強かったようだ。
「む~、みんな、ずるいよ~! シィは、ただたいへんなのに~」
「はは、シィ、気持ちはわかるぜ。俺も勉強はそんなに好きじゃなかったからな。嫌々やってたようなもんさ。でも、一つくらい楽しい教科とか、なかったか?」
「うーんうーん……あ、まほーのじゅぎょーは、たのしいかも! シィでも、よくわかるから!」
「そうか……それなら、他はあんまりでも、魔法だけは頑張ってみるといいさ」
「うん! まほー、がんばる!」
全部が全部面白くなかったら、そりゃあ苦痛だろうが、一つでも楽しめるのなら……何とかなる、と思いたい。
あと、俺も前世で魔法の授業やりたかった。絶対楽しいだろ、それ。
「それとね、友達もいっぱい増えて、シィとレイスの子達なんか、羊角の子達には大人気なんだよ!」
「そう! おべんきょーはたいへんだけド、ともだちはいっぱいできた!」
「……ちょっと大変そうだった」
「あー……簡単に想像出来る場面だな」
レイラは極端だとしても、大なり小なり同じ気質を持つのが羊角の一族だしな。
以前の旅行でも、大人気だったのはよく覚えている。
「……やっぱり、羊角の一族の里は、いいところだな」
「ね! とっても楽しい里!」
「レイラおねえちゃんが、かっこいいりゆーが、よくわかるヨ!」
「……ん。良い里」
あそこは、まず知識欲が存在するため、人種やその他のことは、些事となる。
イルーナとエンは、見た目はヒトそのものだから問題ないとしても、シィやレイス娘達は、まず外では見ない非常に特殊な種だ。
そんな彼女らが、ただの子供として、友達を作り、勉強をし、日々を過ごすことの出来る場所となると……非常に限られるだろう。
今後も、あの里とは、長く仲良くしていきたいものである。
――それから、また、時間が過ぎる。
しかし、時が経つにつれ、俺の中に少しの焦りと、不安が湧き上がる。
リウの時より、かなり時間が掛かっているからだ。
もう、とっくに半日は過ぎている。
何か問題が起こっているのか。出産が上手くいっていないのか。
エリクサーがある以上、命に関わることはないと思うのだが……出産が長引くということは、レフィにも、レフィとの子にも、負担が掛かっていることは間違いない。
予期せぬことが、何か起こって――。
「フー……」
大きく息を吐く。
落ち着け。
大丈夫だ。覇龍と、魔王の子だぞ。丈夫で、強い子に決まってる。
だから、大丈夫だ。問題がある訳ない。
必死に自分に言い聞かせ、レフィと、そして皆を信じてただ待ち続け――。
「――みんな、終わったよ!」
カチャリと、ドアが開かれる。
俺を呼びに来たのは、今回もまた、ネル。
「……大丈夫、だったんだよな?」
ネルは、微笑みながら、しっかりと頷いた。
「うん、少し大変だったみたいで、時間が掛かっちゃったけど……母子共に無事だよ。おにーさん、顔を見てあげて。リウは、僕が見てるからさ」
そう言って彼女は、ポンポンと俺の頭を撫でる。
知らず知らずの内に、どうやら相当身体が強張っていたようだ。
リウを任せると、一つ深呼吸することで肉体に無駄に入っていた力を解き、少女組と共にすぐに旅館から戻る。
皆、疲れた表情。
やはり、長時間の出産となったため、その疲れもリューの時より重いのだろう。
ただ――そこには、笑顔があった。
聞こえる、赤子の元気な泣き声。
ゼナさんが、言った。
「男の子です」
俺は、布に包まれ、泣きじゃくる赤子を見る。
俺と、レフィとの子。
リウと同じく、俺に似た黒髪。
肉体的な特徴も、リウのように母親似になったようで、レフィと似たような小さな角と、小さな尻尾がある。
翼は見えないが、もしかすると俺達と同じように出し入れ可能なのかもしれない。
「全く、お前、やきもきさせやがって……はは」
「どこの夫に似たのかの」
汗で髪を濡らし、普段全く見ないような疲れのある表情ながらも、しかし笑顔だけは輝いており。
内心の感情がよく伝わる声音で、そう話すレフィ。
「いやいや、どこかの妻に似たのかもしれんぞ」
「はて、お主の無茶を見て、儂がやきもきさせられることはあっても、儂がお主をやきもきさせたことなど、今までにあったかのう?」
「……無いな」
「では、誰に似たのかは明白じゃな」
力強さを感じさせる様子で、ニヤリと笑みを浮かべてみせるレフィに、俺は敵わないと苦笑を溢す。
お前は本当に……良い女だよ。
「さて、ユキ。この子に、名前を付けてくれるか」
「あぁ……そうだな」
俺は、俺達の子に触れながら、言った。
「お前の名前は――サクヤだ」
息子。
何となく……リウの時とは、今俺が感じている感動の方向性は、違うように思う。
涙が出そうになる程嬉しいことは変わらないのだが、こう、リルに対して感じる親しみに、近いようなものを、今俺はこの子から感じている。
はは、娘と息子で、こんなに感情の動き方が違うのか。面白いものだ。
俺は、元気に泣いている我が子の頭に、そっと触れる。
よう、俺の息子、サクヤ。
女所帯の我が家にようこそ。
俺は妻いっぱいで、お前は姉いっぱいで、お互い苦労するだろうが……一緒に、この世界を楽しもうぜ。
レフィとの子は男の子。これもずっと決めてました。




