ただの魔王
――魔戦祭から、数日後。
「それじゃあ、皇族どもの処罰も、どうにかなりそうなんだな?」
「えぇ。罪の重い者は、それに適した刑を科される予定です。これで、国内の膿はほとんど吐き出せたと言って良いでしょう」
「そうか……色々あったが、ようやくけりが付いたな。俺も、面倒ごとは全部お前に投げられたし、これで一安心だぜ!」
「本人に対して、言いますな」
「俺は正直者でな」
そう言って肩を竦めると、アルヴェイロは苦笑を溢した。
魔戦祭が終わったことで、慌ただしかった日常は元に戻――らなかった。
いや、俺は多少やることはあったものの、もうゆっくり出来るようにはなったのだが、その代わりにアルヴェイロの方は、皇帝に相応しい忙しさが待っていたようだ。
あの魔戦祭でのオープニングでやったパフォーマンスにより、アルヴェイロ=ヴェルバーンが次代の皇帝である、ということ自体は大々的に布告することが出来たが、だからと言って「はい、じゃあ皇帝!」となる訳でもなく。
そのための事務手続き等は事前にある程度進めてあったが、あの後でないとやれないことは膨大にあったため、その作業で未だに忙殺されているらしい。
こうして見ても、目の下のクマがすごい。頑張りたまえ。
あとで、差し入れとして上級ポーションをくれてやろう。
「ユキ陛……失礼。ユキ様。あなたは皇帝ではなくなりました。しかし、それでも我々は、あなたの言葉には従いましょう。ユキ様には、我々は本当にお助けいただいた。何かありましたら、遠慮なく頼っていただければと」
そう話すのは、帝城執事カルケイド。
その正体は、密偵組織『アーベント』の頭であり、人知れず現在のローガルド帝国を守っている男だ。
皇帝が俺からアルヴェイロに移ったため、これからはアルヴェイロの部下として働くことになったそうで、ただその正体を知る者はこれからもごく少数となるため、俺も明かさないようにしてくれと言われている。超密偵っぽい。
今更だが、知り合いに密偵とか隠密とかが数人いるの、なかなかレアだよな。魔界王の右腕たる、ルノーギルとかも知り合いだし。
「まあ、その辺りのことは、この団が結成すれば、ユキ様との意思疎通を図る良い機会となるでしょう。臣下として傅くことはなくなりましたが、しかし団員として、団長に従う形は変わりませぬ。ご命令があれば、何なりと」
次に口を開いたのは、第一近衛騎士団副団長であり、同じくアーベントに所属している、ヘルガー=ランドロス。
彼もまた、俺の配下という立場から代わり、これからはアルヴェイロに従うことになるが、ただ俺との関わりも、今後も変わらず続いていくことになるだろう。
「あぁ、ありがとな、お前ら。その時は頼むよ。逆に、そっちで何か手に負えないってなったら、呼んでくれていいぞ。魔物関連なら、多分俺が真っ先に気付けるだろうが、そうじゃない、ヒト関連のものだと気付けない可能性が高いからな」
――今日のこの集まりは、新たな騎士団の結成式を行うためのものだ。
この国を守護する場合のみ実力行使を許される集団、『第0騎士団』。
最初は仮称のつもりだったが、特に別の名称の案も出ず、そして騎士団という形に落とし込んでおくことは色々と都合が良いらしいため、そのままこれが通った。
団長は俺。
団員は、この場にいるこの三人。第二十四代皇帝アルヴェイロ、アーベント密偵長カルケイド、第一近衛騎士団副団長ヘルガー。
今後増員する可能性はあるが、基本メンバーはこの四人。
この団の結成を知る者は少なく、他に知るのは魔界王と、この国の高官数名のみ。秘密結社みたいで、ちょっとワクワクするな。
少しだけだが、手当ても発生するようだ。俺は別にいらないのだが、まあ他の団員にも出るようなので、彼らのために特に反対はしなかった。
つってもこの三人も、別に金に困るような立場じゃないだろうが、外の世界ならそれはあって困るものでもないだろう。
……いや、今は俺も、多少持っていた方がいいだろうか。その気になればすぐに稼げるとはいえ、必要な時にすぐ使えるよう、ある程度纏まった金額は持っていた方が良いかもしれない。
今後、イルーナ達を外の学校に通わせるし、子供も生まれる。
大概のものはダンジョンにいれば用意出来るとはいえ、何か他者に報酬を渡す時とか……例えば、ウチに来て時折、レフィとリューの体調を見てくれている魔族のばあちゃん、ゼナさんに診察代とかを渡す時とかのために、これからは俺も各国の基軸通貨くらいは持っておくようにしよう。
そうして、話が一段落したところで、アルヴェイロが口を開く。
「では、結成式を始めましょうか。ユキ団長。お願い致します」
「わかった」
俺が頷くと、多少気が抜けていた三人が即座に切り替え、纏う雰囲気が変化する。
そして三人は、腰に差していた剣――刀を抜き、その刃をこちらに向けた。
「――我ら、生まれし日、時、種族は違えども、心を同じくする者。死ぬる時は違えども、意志を同じくする者」
俺は、三人を見ながら、言葉を続ける。
「であるからには助け合い、弱きを救い、民を安んじ、共に護国を為さん。なべて違えど、友として互いに守り、義に生きること、ここに誓う」
俺もまた、エンではなく彼らと同じ意匠の刀を腰から抜くと、カツン、カツン、カツン、と。
三人と、軽く刃を打ち合わせた。
短いながら、一通りの儀式が済んだ後、アルヴェイロが口を開く。
「ここに『第0騎士団』が結成されたこと、団員たる第二十四代皇帝アルヴェイロ=ヴェルバーンが承認致します。ユキ団長、これからよろしくお願い致します」
「あぁ、よろしくな、お前ら」
略式だが、今のが、この国の騎士団結成の儀であるらしい。
桃園結義、か。まあ、中身は大分違うのだが。
義兄弟となる契りではなく、さらに俺なんかは完全に打算も入っている訳なのだが、しかし国を守るという思いだけは同じ。
皇帝ですらただの一団員であり、故に誰の要請でも第0騎士団が動くことはなく、国を脅かす存在が出現した場合にのみ協力し、護国を為す。
その目的だけを同じくした、特異な騎士団。
これで、俺の肩書きは、『皇帝』から『騎士団団長』へと変わった訳だ。こっちの方が、個人的には気楽でいいわ。
今更ながら、何で俺が皇帝やってたんだろうな。
「それにしても、随分と良い剣ですな。反りがあり、片刃なところから、異国のものだとはわかりますが、かなり高価なのでは? どこでお造りになられたもので?」
真面目なやり取りが終わったところで、今しがた抜いた刀を興味深そうに見ながら、そう溢すアルヴェイロ。
「素材は結構良いのを使ったな。まあ、それくらいはしてやるよ。俺のための団の結成だし」
「……えーっと、その言い方ですと、ユキ団長が製作された、のでしょうか?」
「あれ、あぁ、そうか。アルヴェイロは知らなかったのか。俺は武器は自作してるんだ。エンも――俺の主武器も、自分で作ったものだぞ。ちなみにその刀……あー、剣。斬れ味はあるが、扱いが難しいから、儀礼用だな」
ヘルガーとカルケイドの方は知っていたようで、同じように刀を見ながらも「ふむ……確かに、扱いは難しそうです。ヘルガー殿、片刃の剣を扱ったことは」「私もないですなぁ。短剣くらいでしょうか」なんて話している。
「……前から思っておりましたが、ユキ団長は随分と多才ですな」
「はは、魔王は色々出来るんだぜ。――その刀の扱いについて、一つ、聞け。俺は寿命が長いから、お前らが全員老衰で死んだとしても、変わらず俺は第0騎士団団長としてあり続けることになる」
寿命の違う者同士だ。
である以上、コイツらが皆死んだ後、人員の引継ぎをすることも、今後あるだろう。
この刀は、その時のために用意したものだ。
「だから、長い年月が経った後でも、それを俺に見せれば、お前らの子孫か、関係者だっつーことがわかる。その時は出来る限り助けてやるから、無くさんようにな」
俺の言葉に、三人は顔を見合わせ、それから俺に対して深々と頭を下げた。
――こうして俺は、ローガルド帝国の皇帝ではなくなったのだった。
◇ ◇ ◇
魔戦祭から、すでにひと月程経った。
ローガルド帝国での諸々は、完全に俺の手を離れた。
つまり俺は、ただの魔王に戻った訳だ。
何の仕事も柵もない、自由で気ままで、欲望に忠実に生きる魔王に。
魔戦祭までは、一応皇帝として、そして企画人の一人として毎日仕事があり、大分忙しかったが、何もなくなった今は再び暇な毎日に――とはなっていない。
レフィとリューのこともあれば、イルーナ達の入学のこともあるからだ。ローガルド帝国での忙しさに比べれば、よっぽど俺にとって重要で、嬉しい用事ではあるがな。
まあ、余裕のある時間が、増えたことは確かだ。
忙しくしていた時との対比で、このゆったりと過ごす日々が、俺にとって何よりも重要なものだということを、改めて実感することが出来ている。
俺は、このために生きているのだと、そう確信している。
「いやぁ……今改めて振り返っても、魔戦祭、楽しかったっすねぇ。ご主人達の目指した世界が、わかりやすく形として見えて、すごくワクワクしたっす。ああいうのが、今後増えるんすかね?」
「魔戦祭程大規模なものは、数年に一回とかのスパンになるだろうが、競技自体は好評だったし、今後アマチュアで大会とか増えていく……と、いいんだけどな。この辺りは各国の王が、今回の成功を基に次に繋げてくれると信じよう」
我が家にて、リューと雑談を交わす。
マジック・フェスタもバトル・フェスタも評判が良かったが、特に後者の方は、わかりやすくド派手で、血の気の多い輩も熱狂させられて、単純に金になる、という評価のされ方だった。
どちらも興行収入的に、なんかすごい額になったそうだが、後者は今後も定期的に行いたい、と思う者達が結構な数出る程の稼ぎとなり、魔戦祭に掛かった費用もすでに全て回収出来たらしい。
あの、十万の観客が動員可能な巨大競技場『アトヴォイニ・ドミヌルス』に加え、一帯に建てたホテルやら公園やら何やらの建築費用を回収し終わるどころか、黒字になったそうだ。
うむ、良い流れである。このままプロリーグとか出来上がって、いっぱい盛り上がってくれたまえ。
「いいっすねぇ……こういう形で、どの国でもスポーツが行われて、それで交流も増えて、『種族』って考え方が薄れる未来が来たら、嬉しいっすね!」
「そうだな……そうなるといいな」
前世基準でも、それは非常に難しいことだが……いや、前世並になるのならば、万々歳だとは言えるか。
この世界は、他種族は殺し合いの相手、という域を完全には出ていないのだから。
「ご主人は、自身が競技に参加したいとは思わないんすか?」
「俺はスポーツをやるのも好きだが、やっぱり傍から見ている方が好きだからな。それに、ぶっちゃけ俺が参加したら……絶対勝つだろうし」
「あー、確かに。相手にレフィとか所属してないと、相手にならないっすか」
「そういうことだ」
仮に俺がバトル・フェスタに参加していたら、ただ右から左へ。左から右へ。
どんな魔法を撃たれようと、何人にタックルされようと、ただ走るだけで点が入る。そういう状況になってしまうだろう。
それは、見ている方も、やっている方も楽しくない。
「だから、俺はレフィとやる『エクストリーム☆スポーツ』だけで十分だ。お前も、また存分に動けるようになったら、共にやろうではないか!」
「いいっすよ。ウチとレフィがペアで、ご主人がソロっすね。存分に相手するっす!」
「……じゃ、じゃあ、こっちはネルも呼んで二対二な! それで……うん、まだ何とか勝てそうだ」
「それなら、こっちはさらにレイラと、イルーナをチームに加えるっす! 果たしてご主人、レイラとイルーナの二人がいて、本気を出せるっすか?」
「それはズルいだろ!?」
ニヤリと笑みを浮かべるリューに、そうツッコむ俺。というか、何故そんな、人数差がある前提なんだ。
……今はまだレフィとリューが妊婦だから無理だが、また、そうやって気ままにふざけられるようになったんだな。
皇帝は皇帝で良い経験ではあったが、もう十分だ。次、やれと言われてもやらん。
まあ、そんな何度も皇帝になる機会があっては、堪ったものではないのだが。
「……そう言えば今更だが、俺、子供に職業聞かれたら、何て言えばいいんだろうな」
「え、あー……魔王?」
「それはそうなんだが……父ちゃん魔王なんだ、って答えるより、父ちゃん皇帝なんだ、って方が、まだ理解を得られたか?」
「すごい二択っすね」
俺もそう思う。
だが、子供に「父ちゃん、魔王なんだぜ!」と言ったところで、「はぁ?」という感想が返って来そうな気がする。
いや、そもそも、だ。
「俺は、働いてるって言えるのか? ……言えんな。つまり俺は、広義的にはニート……? お、おい、リュー、どうするよ。俺、子供に職業聞かれても答えらんねぇぞ……?」
微妙に狼狽え始めた俺を見て、リューは微笑ましそうな表情で苦笑を溢す。
「落ち着いてください、大丈夫っすよ。ご主人のおかげでウチらみんな、生活出来てるんすから。確かに家にはいるっすけど、ダンジョンの力でみんなを守ってくれてるっす。だからご主人は、職無しじゃなくて……自宅警備員っすね!」
「それは職無しと同義なんだわ」
ある意味絶妙なワードチョイスである。
――なんて、雑談を交わしていた時だった。
楽しそうに笑っていたリューの表情が、突然歪む。
そして、腹部を両手で押さえた。
「? どうした?」
「う……」
「う?」
リューは、言った。
「産まれる……」
「……産まれる!?」
マヌケに固まった俺は、そろそろだということをとっくにわかっていたクセに、リューの言葉に酷く動揺する。
「え、えっと……そ、そうだ、レイラ! レイラ来てくれ!」
大慌てでレイラを呼びに行く俺。
そうして、我が家はハチの巣を突いたような騒ぎになる。




