ゴミはゴミ箱に《2》
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これからもどんどん、書いていくぜ……!
――力。
圧縮された、力の奔流。
暴風、なんて言葉すら生ぬるい程の攻撃の嵐が、避難が完了し、近衛兵と容疑者たる元老院議長サイラス以外がいなくなった元老院内に、吹き荒れる。
巻き込まれたら、そのまま死ぬであろう力を振るっているのは――魔帝ユキ。
「ハハァッ!! 弱い弱い、せめて爪とか牙とかに毒があるくらいの凶悪さは欲しいもんだなッ!! まあ、毒食らっても上級ポーションあるから、関係ないんだがッ!!」
『……ん、攻撃にも防御にも捻りが無い。多分、仮に主よりも能力が高くとも、普通に勝てる』
「多分コイツら、ダンジョンの力で生み出されてから、一度も戦闘したことがねぇんだろうよッ!! 生み出されてからずっと、どっかで封印されてたんだろうなッ!!」
『……確かに、そんな感じ。身体は大きいのに、子供みたいな戦い方。あと、このわんちゃん、弱いけどちゃんと主のために戦ってて、偉い』
「そうだなッ、俺に加勢しようと動いてる辺りが健気で可愛いもんだッ!! コイツはちゃんと連れ帰って、リル達に面倒見させるとしようッ!! まー、レベルだけはそれなりでも、ちょっと弱いが、ウチのペット達の配下軍団と一緒に魔境の森にいれば、ちったぁ強くなれるだろッ!!」
『……ん。リルに任せたら、問題なし』
「また仕事が増えたなって顔で遠い目されそうだがなッ!! ……あぁ、そうか、コイツがすぐに平伏したのって、俺に残ってるリルの臭いでも感じ取ったのかッ!!」
魔帝ユキと、彼の娘であると噂されている魔剣、そして最初にユキに恭順の姿勢を見せ、共に戦っている狼。
対するは、数匹の、巨大な魔物。
馬車と同サイズの蠍、四本の太い腕がある巨大熊、燃え盛り続ける火の巨人、触手のようなものをウネウネとさせている草の化け物、鋼鉄すら噛み砕けそうなアギトを持つ鰐、俊敏な動きを見せる狡猾な獅子。
よくもまあ、これだけの魔物を用意していたものだ。
近衛達だけで戦っていれば、簡単に壊滅の憂き目に遭ったであろう強さをした魔物達が、しかしただ逃げ惑い、傷を負い、死んでいく。
あの魔物達の方は、即座に恭順の姿勢を見せた狼と違い、破れかぶれに彼へと攻撃を始めたため、「そうか、なら死ねッ!」と一切の情け容赦なく蹂躙が開始されたのだ。
元老院の壁や床、家具などが派手に破壊され、血が飛び散り、ここだけ戦争でも起こったかのような酷い惨状になっているのだが――その中で、魔帝ユキだけが、一切の傷を負わず、味方している狼の援護すらしながら、高笑いと共に暴威を振り撒き続けている。
あれに巻き込まれたら簡単に死にかねないので、近衛兵達は彼の手助けをすることすら、もはや敵わず、ただ距離を置いて遠巻きに戦闘を見守っているのだ。
「……凄まじいですね」
ポツリと部下がそう溢すのを横で聞き、ヘルガー=ランドロスは問い掛ける。
「お前は、宰相閣下のお話は知っているか?」
「宰相閣下というと……バリバリの主戦論者であったあの方が、ある時を境に、人が変わったような穏健派になった、という話ですか?」
「そうだ。最近はめっきり表舞台に出て来ず、裏方の調整に回るようになった宰相閣下だが、どうやら彼は、一度ユキ陛下の魔物討伐に同行したことがあるらしい」
ヘルガーの言葉に、話を聞いていた別の近衛兵が反応を示す。
「へぇ……なるほど、彼の強さを実際に目の当たりにしていた、と。このまま敵対路線では、国を滅ぼすことに繋がる、と考えた訳ですか」
「うむ、恐らくな。最善の選択を、人知れず彼はしていたのだ」
眼前で繰り広げられている戦闘を見ながら、彼らは言葉を交わす。
ローガルド帝国においては、代々皇帝が国の大部分を差配していたため、他国に比べ、宰相が持つ権限はあまり多くない。
多くはないが、しかし君主をサポートする役職である。皇帝に次いで、ナンバー2と言うべき存在だ。
前皇帝シェンドラの手足として、その敏腕を発揮していた現宰相は、しかし敗戦後、国の運営の舵取りをほぼしなくなり、魔界王や他の王達との、利害調整などを中心に裏方の活動をするようになっている。
他国の王達の要求を聞き、それをこの国で実施すべく、言ってしまえば手下として働くようになった訳だ。
その変わりように、「買収された」、「他種族に尻尾を振るようになった」などと陰口を叩く議員も多く出ているが……彼の選択は、最善であると言うべきだろう。
国の先行きを考え、宰相閣下は、誰よりもこの国のために行動をし続けているのだ。
「ユキ陛下は、政治的な権限がほぼない。本人も、自分にそういうことは出来ないと言っていたし、こう言っては何だが私もそう思う。つまり、立場的には『お飾り』そのものである訳だ。……にもかかわらず、この国を負かした王達は全員、彼の動向を気にし、彼の不興を買うまいと動いている」
「……ただ、その力だけで、でありますか」
「そうだ。ただ、強い。その一点のみで、彼は皇帝たる資質を誰よりも備えているのだ。大国を支配する王、種族を背負った王達が、決して無視し得ぬ程の資質を、な」
魔帝ユキが、異色の王であることは間違いない。
恐らくだが、ここに転がっている元老院議長サイラスは、宰相閣下とは違う選択をしたのだ。
その異色さを危険視し、他種族の干渉を排除せねばと考えた。
皇帝の権限が強かったこの国の構造として、宰相と同じく、元老院もまた権限が比較的弱い。
故に、『皇帝代理』という立場でこの国に改革を施している、魔界王達の政策、施策等を覆す権力を、彼らは有していないのだ。
だからそれを、この機会に解消しようとでも考えたのかもしれないが……その手段がテロ行為とは。
ついでに、邪魔であった『前皇帝シェンドラ派閥』を完全に解体しようと、アルヴェイロ議員を巻き込んだのだろうが、呆れたものである。
結局この男は、権力を求めたのだ。
自身の立身出世のため、邪魔なものを排除したかった訳だ。何も関係のない一般市民も巻き込んで。
――やがて、決着は付いた。
サイラスが、悪あがきと出した魔物達は全て排除され、死体となって転がるのみ。
「ハッ、何が出て来るかと思えば、こんなもんか。世界を相手に戦ったローガルド帝国! 負けはしたものの、世界にその覇を見せ付けた! その国の元老院議長サマがどんな魔物を出してくるのかと思えば……こんなザコだけか。随分とお粗末なもんだ」
「お、おのれ、怪物がァ……!! 貴様のような化け物は、存在しているだけで必ずこの国に災いを及ぼすッ!! 貴様は、疫病神だッ!!」
「よく言うぜ、自分こそ頭の足りねぇ稚拙な行動しておいてよ。確かに俺は、皇帝に相応しい能力なんざないさ。政治も知らなければ、人の動かし方も知らないし、仮に俺が皇帝として何かやり始めたりしたら、多分この国はメチャクチャになるだろうよ。けどな――それでも、テメェよりはマシだ」
魔帝ユキは、嘲るように笑い、言葉を続ける。
「あぁ、一つ言っておくが、そっちに協力していた軍人、議員らは、ルノーギル……魔界王の右腕と、この国の諜報組織の活動で、もう全部割れてるからよ。テメェの派閥は、これで終わりだ。あとは獄中で、テメェのいないこの国が上手く回り始めるのを、眺めてることだな」
「……ッ!!」
表情を真っ赤にさせるサイラスに、ヘルガーは再び手枷を付けると、無理やりその場に立たせる。
「手品はこれで終わりか。では、行こうか、元老院議長殿」
「わかっているのか、ここで私を捕らえた場合、往来を我が物顔で歩く他種族を排除し、我々の手に国政を取り戻すことは出来なくなるのだぞ!?」
「貴様こそわかっておらんな。我々は『近衛』だ。我々は、ただ陛下の御身を守り、陛下の命に従うのみ。……まあ、そんな役職とは関係なく、貴様に従おうなどという思いは一切浮かんで来ぬがな」
時代は変わった。
その流れに取り込まれたこの国は、否が応でも、それに飛び込むしかないのだ。
――こうして、三度目のテロは完遂される。
数匹の魔物が出現し、今までよりも大規模となったこのテロは、だが警戒を強めていた近衛騎士達により、被害を最小限に食い止めることに成功。
しかし、このテロを境に元老院議長の行方が知れなくなり、巻き込まれたものと推定される。
幾ら敵が強大であったとはいえ、元老院にて最も守られなければならないはずの要人を守れなかったことに、近衛騎士達に対する非難の声が上がったが……その後の調査により、テロ行為に元老院議長サイラス自身が関わっている可能性が浮上。
さらに、その元老院議長もまた誰かの指示に従い事を起こしていた証拠も幾つか見つかり、一切表沙汰にはされないものの、まことしやかに一つの噂が流れ始める。
元老院議長もまた、あまり評判の良くない、名前を出すべきではない方々に、協力させられていたのではないか、と。
政府に起きた動揺、混乱は非常に大きなものであったが、魔界王フィナルが強権を以て行政に介入したことで、どうにか一旦の落ち着きを見せる。
誰によって起こされたテロだったのか、結局最後まで、気付かれることもなく――。
◇ ◇ ◇
ローガルド帝国宮殿にて、皇族達が余計な動きをせぬよう、会談によって足止めを行っていたレイドは、突如急ぎ足で宮殿へとやって来た兵士を見て、ピク、と反応する。
――作戦が進んだか。
「皆様、ご歓談中失礼いたします! 緊急事態につき、会談を一度中止し、避難していただきたく……!」
「緊急? 何事だ」
レイドと談笑を続けていた皇族の男性が、そう兵士に問い掛けると、彼は緊張を感じさせる面持ちで答える。
「ハッ! どうやら、三度目のテロ行為が元老院にて行われた模様! 現在、近衛の方々が対処に当たっていると報告が」
「何? 三度目? ……話が違うな」
「どうされました?」
「何でもない、気にするな。――だそうです、レイド殿。我々と共に避難致しますか?」
「……いえ、私は少し、状況が気になります。君、恐らくすでに対策室は立っているのだろう? そこに誰か、案内してくれないか」
「で、ですが」
「ふむ、勤勉な方であられる。君、レイド殿はまことお優しい方なのだ。誰か護衛を付けて、そこまで案内してさしあげなさい」
「……ハッ! 畏まりました」
「……感謝いたします。また、その内ご挨拶に」
そうして、自身の役割の終了を理解したレイドは、この者達とはもう一秒も顔を合わせていたくなかったため、『情報を得るため』という口実でこの場を後にする。
と、皇族達の姿が見えなくなったところで、彼の横に、宮殿に勤めているメイドの一人――諜報組織『アーベント』に所属しているメイドが、案内役としてやって来る。
前皇帝シェンドラが組織し、彼のいない現在もまた、人知れずこの国を守り続けている彼ら。
事前の連絡要員として顔合わせをしてあったため、レイドは彼女の正体を知っていた。
「お疲れ様です、レイド様」
「いや、これも結局は、我が国のためだ。そう思えば、この程度。だが、まあ……君達も、大変だな」
「慣れておりますれば」
にこやかな微笑を保ったままそう答えるメイドに、「プロだな」と小さく笑うレイド。
「さて、恐ろしき三度目のテロは、現在どうなっている? すでに完遂されたのか?」
「いえ、やはり事前の想定通り、対象が魔物の召喚を行ったため、現在魔帝ユキ陛下が対処中とのことです。ただ、事前の予想よりも敵が用意していた魔物の数が多いらしく」
「ふむ、まあ、彼で倒せないとなれば、それはこの国でその魔物を倒すことが出来る者が存在しないということになる故、大丈夫だと思うことにしておこう。いや、この国のみならず、ヒト種では、か」
愉快そうな笑みを浮かべ、全く心配した様子を見せないレイドに対し、彼女は少し言い淀む素振りを見せてから、問い掛ける。
「レイド様は……ユキ陛下と仲がよろしいようにお見受けられます。何か、あのお方と付き合っていく上で、秘訣が……?」
「秘訣か。それならば、私が言えるアドバイスは一つ。――彼を、普通の青年だと思うことだ」
「……普通の、でありますか」
「そうだ。彼は、人よりも大きな力を持っているだけの、普通のヒトに過ぎん」
魔帝ユキは、力がある。
レイドが初めて出会った頃と比べ、いつの間にか、もはやヒト種では並び立つ者がいないのではないかと思う程の圧倒的な強さを得ているが、それは彼を評価する上では、ただの一側面に過ぎない。
娘を救われた経験があり、それ以来縁が繋がったのか、長く付き合いのあるレイドは、よく知っているのだ。
魔帝ユキとは、ただの人の好い青年であり、最近父へとなろうとしていることで、色々悩みながらも決意を固め、一歩一歩前へと進んでいるところなのだということを。
だが、それを知らないこの国の者達は、恐らく潜在的に魔帝ユキを恐れているのだろう。
人が決して抗うことの出来ない、天災の如き生物が数多存在するこの世界では、力ある者に対する『付き合い方』もまた、ある程度心得ているものだが……皇帝となり、魔帝と呼ばれるようになったユキは、距離が近過ぎるのだ。
偉大な指導者であった前皇帝シェンドラすら打ち破る程の、圧倒的な力を持つ存在が、すぐ近くにいる。
確かに、彼の人となりを知っていなければ、恐怖を覚えても仕方ないのかもしれない。
……まあ、それなりに付き合いのある身としては、彼の言動に恐怖を覚えるなど、聞いていて少し笑ってしまいそうになるのだが。
「脅威に思う必要もなければ、怖がる必要もない。彼と、ただ良き隣人として付き合っていれば、彼もまたそのように対応してくれる。彼が、普通の青年だからだ。立場がある故、なかなか難しいだろうとは思うがな」
「……やはりレイド様も、大国の王であられますね」
「ハハ、面白いことを言う。私程凡庸な王も、他にはおるまいに」
そう言うレイドは、しかし『魔帝ユキと対等に話せる者』の価値がどれ程高いのかを、知らないのだ。
本人の気付かぬところで、すでに彼は、人間種族の代表として周囲からは見られていた。




