水面下《2》
魔界王が、二日程時間をくれ、とユキに言っていましたが、一週間程、に変更しました。二日じゃ短すぎた。
「……何で?」
部下の報告に、魔界王フィナルは若干の不機嫌さを見せながら、問い返す。
「ハッ、連絡はするつもりだったが、犯人が逃げる可能性があったため、やむを得ず先に行動に移した、という謝罪が来ております。どうやら、少しでもローガルド帝国の立場を改善すべく、今回の件で主導権を握りたかった模様です」
「動いたのは近衛の子達だって? そっちから報告は?」
「届いております。ただ、元老院からの指示で、本当に緊急で出動が決まったため、連絡が遅れた模様です。こちらからは、より丁寧な謝罪の言葉が」
「はー……なるほど。その近衛の子達の対応まで見越しての動きなら、大したものだね」
「他の議員の方はわかりませぬが、現元老院議長は、そこまで考えていた可能性もあるかと。我々との交渉においても、随所で見事な調整を見せております。特に、対象の確保後、捜査の舵をこちらに渡すタイミングなど、迅速であったと評価せざるを得ません」
魔界王達が文句を言えず、さりとて自分達の手柄も主張出来るような、絶妙な調整がそこでは行われていた。
暴動一歩手前の抗議運動が起き、元老院の手に負えなくなったからこその動きであるが、むしろ厄介ごとを押し付けるには、素晴らしいタイミングであった。
面倒なことを、という若干の不機嫌さを見せていた魔界王は、相手側の手口の巧妙さを聞き、今度は面白いものを見たという表情に変わる。
「ふむ……ま、彼らも国家を運営してるんだもんね。これくらいはしてくるか。対象を捕らえられたんだったら、それで良しとしよう。――こういうやり合いは、僕ら魔族は大いに学ぶべきものがあるかな。全く、人間の組織力の強さを垣間見た気分だよ」
「私としましては、些か面倒だという思いが拭えませぬが……」
「ダメだよ、それは魔族的な価値観だ。今は僕らが勝者でも、学ぶことを怠ればあっという間に敗者に変わる。他種族との交流が増えている今、僕らが勝者としてあり続けるには、魔界の『外』を学び続けなければならない」
「ハッ、心しておきます」
――飛行場でのテロに巻き込まれて以来、フィナルはフィナルで、慎重に情報収集を行っていた。
今回の敵の行動に、作為が見られたからである。
作為がある、ということは、敵にはこちらに仕掛けたい何かがあるということ。
それは、得られる情報の全てが、必ずしもその通りのものではないということを意味する。
だから、フィナルもまた、アルヴェイロが重要参考人であるとは判断しても、それを『クロ』とまで見なすことはしていなかったのだ。
アルヴェイロ=ヴェルバーン。
前皇帝シェンドラの時代から元老院議員を務める、穏健派の貴族。
議員としては中堅どころで、何か特別な役職を持っていた訳ではないが、個人で私塾を開いており、そのため思想家として政界財界への少なくない影響力、様々な方面での知己を持つ。
前皇帝シェンドラと、個人的な交友関係があったことも確認が取れており、もう数年議員を経験すれば、議長などの重要職も担えるだろうと目されていた。
屍龍大戦時は指揮官の一人として戦争に参加していたが、敗戦以降、現在の政府形態に対する批判が見られており、そのため諜報組織からも、それとなくマークを受けていた。
そして、競技場及び飛行場での現場の調査を続け、浮かび上がったのが、この議員である。
まず、魔物を送り込んだと思われる、『転移の短剣』。
この武器の出自は今だ調査中であるのだが、競技場の方では、資材搬入の時点でこの短剣を資材の中に紛れ込ませていたと考えられており、動きを探っていく内に、港で保管していた際に一度、アルヴェイロがその資材倉庫へ訪れていることがわかったのである。
犯行の、二日前のことだ。
転移の短剣は、その希少性から恐らくダンジョンによって生み出されたものであるとユキによって伝えられているが、ということはその存在を知り、扱える者は政府高官に限られる。
最初にアルヴェイロの名が挙がったのは、これが理由であった。
また、飛行場における爆破については、ローガルド帝国の第三武器倉庫にて紛失した爆薬が使用されたと目星が付いているのだが、その倉庫のアクセス記録にも、アルヴェイロの名があったのである。
巧妙に隠されていたが、事件の起こる一週間以内に彼が武器倉庫へ向かったことは間違いなく、他のアクセスは三か月遡っても無し。
倉庫管理の兵士はいるため、その者の調査は行われているものの、現時点ではシロと見られており、そのため相対的にアルヴェイロに対する嫌疑が深まっているのである。
証拠、思想、行動、その全てで怪しいものが、アルヴェイロにはあった。
だからこそ、フィナルは思うのだ。
嵌まり過ぎている。
まるで、全てが用意されたかのような違和感が拭えない。
「他には何かある?」
「一つ、ローガルド帝国の第一騎士団副団長から。確証がある訳ではないようですが……『もしかすると、間違えたかもしれない』、と」
「……へぇ。随分と気になる言葉だね」
フィナルは、しばし黙考してから、口を開いた。
「とりあえず、会ってみるかな」
「では?」
「アルヴェイロ議員との面会を。あ、ついでにユキ君にも連絡して」
◇ ◇ ◇
「――で、どうなったんだ?」
「一応クロっぽい子は見つかったよ。捕らえたのは、アルヴェイロ=ヴェルバーンという議員。色々と捜査を進めた結果、限りなくクロに近い者として浮かび上がった子だね」
俺の問い掛けに答えたのは、フィナル。
現在いるのは、ローガルド帝国。
例のテロ事件に進展があったそうなので、話を聞きに来たのだ。
ここ数日、存分に英気を養ってきたので、やる気は十分だ。イルーナの助言通り、メッチャ嫁さんらに甘えてきたからな!
「……その言い方だと、お前はそうは思ってないのか?」
「おっ、鋭いね。うん、僕はどうも、違う気がしててねぇ。だから君と一緒に、それを確かめてみようかと思って」
「じゃあ、今向かってるのは」
「その子のいるところ、さ」
カツン、カツン、と、無骨な石造りの階段を下りて行き、やがて辿り着いたのは――牢。
そこにいるのは、見張りらしい兵士が二人と、そして、手枷を嵌められた、中年の男。
この男が……。
捕らえられて時間が経っているのか、無精ひげが生え、着ている服も若干くたびれ、多少の疲れが表情に見える。
だが、特筆すべきは、その疲れの中でもなお圧力を放っている、目、だ。
俺が何度か見たことのある、確かな意志と覇気を放つ瞳。
……なるほど、クロと言われて、納得してしまいそうなだけの存在感があるな。
と、男はやって来た俺達に気付くと、一瞬意外そうな顔をし、そして深々と礼をした。
「……ほう。魔帝陛下、魔界王陛下、お初にお目にかかります。このようなみすぼらしい姿での挨拶となってしまったこと、ご容赦いただきたく」
どうやら向こうは、俺達の顔を知っていたらしい。
「君をそこに入れている側だからね、それは気にしないさ。君が、アルヴェイロ君だね?」
「えぇ、アルヴェイロ=ヴェルバーンと申します。このようなところまでお越しになられたということは、何か私に用が?」
「うん、色々聞かせてもらおうかと思って。――率直に聞くけど、君、テロ起こしたの?」
「おう、フィナル、ド直球に斬り込んだな」
「お互い何の話をするかわかってるのに、言葉を濁す必要はないだろうさ」
さいで。
「フフ、本当に、単刀直入ですね。では、私も率直に。――私ではありません」
アルヴェイロは、そう、ハッキリと答えた。
フィナルは、さらに問い掛ける。
「でも君、今の政府の形、納得してないんでしょ?」
「それは、否定しませぬ。他国の者がこの国を差配するのは良しとしましょう。敗戦した以上、そこは受け入れねばなりません。ですが……国のトップに他国の者が付いている状況は、間違っている。それでは、この国は前に進むことが出来ません」
そう言って、アルヴェイロは俺を見る。
本人がいるところで、言うじゃねぇか、コイツ。
「俺に皇帝になれっつったの、お前らの前皇帝だけどな」
「存じております。ですが、失礼を承知で申させていただければ……皆様は、人の愚かさを、わかっていないのです。こうするのが最も効率的だ。だから、こうすべきだ。そのように合理的に考えられる者は、少ないのですよ」
男は、言葉を続ける。
「皇帝とは、この国の象徴です。である以上、それを他国の者に明け渡したまま、という状況は駄目なのです。とはいえ、それは我々の側の論理。あなた方からすれば、何を調子の良いことを、と思われるでしょう。ですから、今すぐ、ではなく、今後十数年掛けて交渉を続け、政権交代へと至る道を模索しておりました」
……言いたいことはわかるな。
それを求めるのは、至極、道理だ。
「じゃあ、もう一つ。資材保管庫と武器倉庫、君つい最近入ってるよね。それに関しては何か弁明あるかい」
「さて、一身上の都合故」
「へぇ……一身上の都合」
「えぇ。テロとは関係ありません」
疑われているのがわかっていながら、自分の立場を悪くするとわかっていながら、一身上の都合、か。
――その後も、フィナルによる尋問が続く。
本人は、犯行は自分ではないと言っている。
だが、今の政府ではダメだという、体制に対する不満も見られる。
転移の短剣を紛れ込ませたと思われる資材保管庫、そしてテロで使用された爆薬の出所と思われる、帝国の第三武器倉庫にも、テロが起こる少し前に足を踏み入れている。
そのことに関しては、黙秘。
……確かに、話を聞く限りでは超怪しいな。
それに、話していてわかったが、コイツは恐らく、それが真に必要と判断すれば、やる。
実行に移すだけの意志と能力が、話していても感じられる。
仮に本人がどれだけ善良で、「テロなどクソだ」と考えていたとしても、出来るか出来ないかで言えば、出来るのだ、コイツは。
隣の魔界王、前皇帝シェンドラ、大戦で死んだクソ赤毛、ネルの上司の女騎士団長カロッタ。
そういうヤツらと、同じものがこの男からは感じ取れるのである。
聞きたいことを、一通り聞いた後、一旦俺達はアルヴェイロから離れる。
「……なるほどな。限りなく怪しいが、それでもお前は、あの男が犯人とは思っていない」
「うん、彼の周りのどこかに、テロ実行犯がいることは間違いない。でも、それは彼ではないように思う。今回の事件には、全ての動きに裏を感じられる。それはつまり、敵による作為がそこにはあるということ。だとすると、アルヴェイロ君が犯人だというのは――」
フィナルの言葉を、俺が続ける。
「あからさま過ぎる、って?」
「そう、そうなんだ。彼が犯人ではないという証拠はまだないけれど、けど犯人とするには、お膳立てされている感じが拭えない。ただそれに加えて、アルヴェイロ君自身にも何か、隠しているものが感じられる。わかることは、複雑に物事が絡み合っているってことさ」
確かに何かは隠してるだろうな。
特に武器倉庫の件など、何かあったと自分から白状しているようなものだ。
自分の立場を悪くしても隠したい事情が、そこにはあるのだろう。
「……快刀乱麻を断つ、とはいかないか」
「そうなんだよ。ちょっと困っててね。だから君に、協力してもらおうかと思って」
「俺にこういう面で出来ることがあるとは思えんが」
「いやいや、君だけにしか出来ないことがある。具体的には、アルヴェイロ君を、彼に会わせたくてね。どうやら、仲が良かったみたいだから、色々話を聞けるんじゃないかと思って」
「――あぁ、なるほど」
得心行った俺に、フィナルもまた、企むような、愉快げな笑みを浮かべた。
俺達は、一枚……鬼札があったな。




