ひと時の休息《1》
居間ならぬ、真・玉座の間に繋げた扉を潜り、俺はエンと共に家に帰る。
「ただいま」
「……ただいま」
すると、すぐに俺達へと言葉が返ってくる。
「お帰り、二人とも。一日、お疲れ様じゃ」
「おかえりっす! ちょうどお茶淹れたところなんで、二人も飲むっすか?」
「おう、頼むわ。あんがと」
「……ありがと」
部屋にいたのは、レフィとリューの二人だった。
エンはお茶を受け取ると、ポフッと椅子に座り、両手で持ってコクコクと飲む。
俺もまた湯呑を受け取ると、フー、と息を吐いて玉座に腰掛け、口を付けて喉を潤す。
疲れた。
いや、肉体的にはそこまでじゃないのだが、精神的な疲れに関しては、やはりこの超スペックの肉体でも関係なく溜まるのだ。
何で俺、こんな真面目に仕事してんだってくらいちゃんと仕事してるからな、最近。
良くも悪くも……いや、良くも、だな。悪く感じたことないし。
良くも俺は、ヒト社会に混じって暮らして来ず、このダンジョンで家族と毎日好き勝手する生活をして来た。
今の生活は、少し、他人に左右され過ぎる。
その相手が家族ならばまだしも、だ。
知らんわそんなもん、と放り出してしまえば楽なのだろうが……今の俺には、外との縁も増えてしまった。
そして俺自身も、その縁を大切にしたいと思っているのだ。
と、その俺の動作がよっぽど疲れているように見えたのか、レフィとリューの二人がそれぞれ声を掛けてくる。
「カカ、大分お疲れな様子じゃの」
「ご主人がそう顔に疲れを出すの、最近多いっすねぇ。また何かあったんすか?」
「おう、飛行場でテロ起こされてよ。爆弾がボッカンボッカン行くわ、また魔物出て来るわで、大分大変だったわ。人の被害も幾らか出ちまったしな」
「……主、頑張ってた。主がいて、被害が小さくなった」
「そうかそうか。またぞろ何か失敗したかと思うたが、今回は頑張ったんじゃなぁ」
「少し前から、外に出る時はしっかりエンちゃんやリル様を連れて行くようになったっすからね、ご主人。フフ、その効果がちゃんと出てるんじゃないっすか?」
「……ん。みんなの代わりに、外ではエンが主を守る」
「頼りにしてるよ、本当に」
と、少しの雑談をしたところで、眠気が出て来たらしく、エンがふわ、と可愛らしいあくびを漏らす。
「……エン、ちょっと寝たい」
「あ、それなら、ウチらの部屋でお昼寝するっすか? ちょうど干してたお布団を入れたところっすから、すぐに準備出来るっすよ」
「……ん、そうする。ベッド、借りるね」
「はいっす! けど、あと二時間くらいで晩御飯だと思うんで、一時間くらいしたら起こすっすよ?」
「……んー」
眠そうな声を漏らし、レイラとリューの部屋へとエンは入って行った。
リューとレイラの二人は、未だ相部屋の方で寝起きをしている。
時折大部屋の方で、全員で一緒に寝ることもあるのだが、もう習慣になっているようで、基本的にはそっちで寝起きしているのだ。
俺とレフィが、寝る前にゲームをして遊ぶことが多いように、彼女らも寝る前に雑談しているのだという。
元々『同僚』という立場で仲が良かった二人だが、しっかり『家族』となった今も、変わらず仲が良いようだ。
「エンがあの様子とは、出て来た魔物とやらはそんなに強かったのか?」
「いや、攻撃してくる間もなく、一撃で消し飛んだ。周りに一般人が多くいる状況で出し惜しみする訳にもいかないから、全力で行ってな。けど、それでエンもかなりの魔力を使ったから、それで眠くなったんじゃねーかな」
「……最近、少しずつご主人が、レフィに近付いている気がするっすよ」
「カカ、ま、ヒト種の中では強うなったことは確かじゃの」
「俺としては、自分が強くなるにつれて、お前の半端ない強さを感じるもんだけどな」
「最近は、ネルも強くなっておるの。勇者の風格、と言うべきじゃろうか? そういうものが滲み出始めたように思うぞ。まあ、本人はもう勇者を辞めようとしておる訳じゃが」
「前から思ってたっすけど、ネルって切り替え上手っすよね。すっごいデレデレな顔を見せる時もあれば、キリッとしている時は本当に格好良くて。人間の中だと、ネル以上に強い人って、もういないんじゃないっすか?」
「俺もそう思うな。色んな人間と会うようになったが、国の精鋭部隊が束になってもネルには敵わないだろうしな。魔族の精鋭中の精鋭だったら、ギリギリ張り合えるくらいか?」
「魔境の森の魔物と戦えておる時点で、ヒト種の中でも普通に上位に食い込むじゃろうの。彼奴の場合、それにクソ度胸が合わさって、元々高い実力の全てを十全に発揮出来ておるし。――と、ネルは明後日帰ってくるそうじゃ。今お主らが進めている催し物の関係で、あの国もちと忙しくなっておるようじゃな」
「了解。まあ、ローガルド帝国もすげー忙しい以上、アーリシア王国も同じくらいは忙しくなってるだろうな」
俺と同じくらい、ネルも頑張ってるのだろう。
帰って来たら労わらないとな。
「話は変わるが、二人は、体調の方はどうだ?」
「大丈夫じゃ、毎日必ず互いの体調を確認しておるし、レイラも見てくれておるが、何も問題ないぞ」
「いやぁ、もう、家族がいることの頼もしさを、日々感じるばかりっすよ。みんながいてくれるおかげで、色んな大変さが楽になってるっす」
「特に、イルーナ達が儂らを気にしてくれておっての。何かと手伝おうとしてくれるんじゃが、それが嬉しいもんでな」
「あの子達、お姉さんになるんだってすっごく張り切ってるっすからねぇ。フフ、頼もしい限りっすよ」
「そうか……」
二人と話している内に、感じていた疲れが溶け出していくのを感じる。
精神が癒されていく感覚。
…………。
「? どうした?」
「いや……ん、俺もやっぱ、ちょっと疲れたみたいだ。少し寝るかな」
「そうじゃな、それが良かろう。よし、リュー。膝枕してやれ」
「えっ、う、ウチっすか?」
「お、じゃあお願いしよっかな」
「……わかったっす! それじゃあご主人、えっと……旅館の方、行くっすか?」
「ん、そうする」
そうして俺は、リューと共に旅館に行き、彼女がいそいそと敷いてくれた布団に身体を横たえ、枕元に座ったリューの膝に頭を乗せる。
太ももの感触。
「辛くなったら、足抜いてくれていいからな」
「わかったっす。けど、大丈夫っすよ。ウチのことは気にせず、ゆっくり眠ってください」
そう言ってリューは、微笑みながら俺の髪に指を通し、髪を梳くように撫でる。
「ウチが、一緒にいるっすからね」
耳に心地の良い、柔らかい声。
リューの温もりと、ふわりと漂う、安心する嫁さんの匂い。
それらに包まれている内に、俺はすぐに瞼が重くなっていき――。




