飛行場にて《2》
ドン、という腹の底に響くような重い音。
爆炎が立ち上り、同時に、広範囲に瓦礫が飛び散る。
爆発したのは、飛行場のすぐ横に併設されている、管制塔のような建造物。
耳を劈く悲鳴。
煽られた火で、燃える人々。
爆発と崩壊による煙で、急速に視界が悪化する。
「チッ……!!」
俺は、こっちに飛んできた瓦礫の塊を殴って粉砕した後、次々と原初魔法で水の塊を生成すると、身体が燃えているヤツらにぶっかけ、消火。
爆発自体は収まったが、俺の『危機察知』スキルは周囲の脅威を依然として伝え続けており、いやそんなものより何より、俺が五感で捉えている感覚が、まだこの異変が終わりではないということを告げている。
種族進化した影響で、感覚が鋭敏になったことは感じていたが、今その変化を、顕著に味わっているような思いだ。
音、臭い、光、振動、そして何よりも魔力。
この世界では、大体の事象の『起こり』に、魔力が存在する。
戦闘時や魔法使用時のみならず、日常におけるちょっと力を込めるような動作や、細かな作業を行う際にも、それらは変化を起こし、微量なれども消費されるのだ。
レフィからは、そういう面で鈍いと言われ続けている俺だが……今は少し、アイツの感じている世界に近付けただろうか。
と、状況を理解して一気に表情を引き締めた魔界王が、彼の部下達に声を張り上げる。
「被害報告!」
「一班損害無し!」
「二班軽傷二、重症一!」
「さ、三班、意識不明が二!」
「わかった、重傷者は下がらせて回復魔法を――」
「エリクサーくれてやるッ、そっちで判断して使えッ!」
数本のソレが入ったポーチをアイテムボックスから取り出し、魔界王へと投げ渡す。
「ありがとう、助かる! ――聞いたね、重傷者に適量の処方を! それ以外は避難誘導、周辺の警戒を! とにかく民間人を下げるんだ!」
「ふぃ、フィナル様もお下がりにっ……!」
その真っ当な意見に、だがフィナルは頷かなかった。
「ダメだ、今の状況で僕が真っ先に避難するのは、面倒な風聞を生む可能性がある! それに、ユキ君の側以上に安全なところはないよっ!」
「俺としても避難しといてほしいんだが!?」
「いやぁ、頼むよ、ユキ君! つい今しがた、協力してくれるって君も頷いてくれたはずだしねっ!」
「ちょっと早まった気がすんぜ……ッ!」
魔界王の部下達は、即座に行動を開始。
状況に流され、どう動くべきか固まっていた飛行場の警備員達を瞬く間に掌握すると、避難誘導、怪我人の救護等を最優先に、魔界王を頭にして全員が組織立って動き始める。
流石の統率力だな。
あっちは任せて良さそうか。
「エンッ!」
『……ん、任せて!』
何が起こっても良いように、俺はアイテムボックスからエンを取り出すと、まずはやはり火を抑えるべく、消火活動に勤しむ。
――しかして備えは、嫌なことに、役に立つ。
急激に高まる魔力の反応。
それを受け、俺は一呼吸の間にいつもの水龍を数十出現させる。
が、これは攻撃用のものではないため、殺傷能力はない。ただの龍の形をした水だ。
刹那、高まった魔力が変化を起こし、再度の爆発。
事前にそれを感じ取っていた俺は、用意した水龍を突っ込ませ、水の奔流で無理やり抑え込む。
幸い、爆発した地点付近に人の気配は感じられなかったため、建物ごと倒壊させる勢いで躊躇なく突っ込ませることが出来、おかげで被害の拡散を限りなくゼロへとすることに成功し――だが、異変はまだ続く。
次に俺が感じ取ったのは、強大な生物の気配。
戦闘に備えるべく魔力を練り上げた後、まず精霊を周囲に集め、彼らとエンにどんどんと流し込んでいく。
精霊魔法は、今や大事な俺の武器の一つだ。
何を発動するにしても、彼らに協力してもらえば、魔法の威力は向上する。
まあ、本当に向上し過ぎて逆に困ってしまうので、ちょっと前の競技場建設予定地のような、あまり開けていない場所では使えないのだが、飛行場のこの環境ならば問題ないだろう。
前回は、俺より弱い相手に、無駄に暴れさせてしまった。
今回は、その愚は侵さない。出て来た瞬間に狩る。
そうして、万全の準備を整えたところで――俺が感じ取った気配の持ち主が、出現する。
『――――!!』
種族:フォイア・エレメンタル
レベル:95
言葉にならない咆哮と共に出て来たのは、今回は一体。
一言で形容すると、火の巨人。
全身に火を纏い、火を滴らせ、煌々と燃え盛っている。
実体は存在するようで、ドス黒い溶岩の塊、みたいなものに、火を纏っているような形状だ。
火と、そのドス黒さで、悪魔、という単語が思い浮かぶような凶悪なツラだ。
アルマゲドンで、悪の先兵として大暴れしてそうなビジュアルをしてやがる。
相当な高温であるらしく、ヤツの周囲が瞬く間に燃え上がり始め、飛行場の整備された地面が黒く炙られ始める。
実際対峙している俺にも、かなりの熱が届いている。これ以上近付くと、服が燃え始めるな。
そして、何よりも重要なのが、称号欄。
そこに、『魔王の眷属』があることの確認が取れる。
――やっぱ、出て来るのか。
フィナルが先程言っていた通り、これは、俺が標的にされていると考えるべきだろう。
俺を、社会的に追い落とすための攻撃。
民衆に俺を想像させるための『目印』が、魔物なのだ。
全く、迂遠で陰湿なことだ。
敵は、さぞ神経質なツラをしているに違いない。
「エンッ、飛行場がこれ以上壊されるのはマズい、アイツが暴れる前に速攻で片を付けるぞッ!」
『……ん! 主、ここなら、剣ビーム行ける!』
「……よし、景気良くぶっ放すかッ!」
剣ビーム。
正しく言うと、『魔刃砲』。
レフィの『龍の咆哮』を目指して、ドワーフの里へ行く少し前くらいに開発した、一点集中の攻撃である。
種族進化を果たしてからは、まだ試していなかったが、いったいどれだけの威力になっていることか。
この魔刃砲は、精霊魔法を噛ませる必要があるので本来ならば溜めに少々時間が掛かるものの、すでにその準備は終えている。
「うわっ……それはヤバい。全員衝撃への備えをっ!」
後方で、魔界王が部下に指示を飛ばしているのが聞こえる。
「悪いがお前の出番は存在しねぇッ!! このまま消火してやるッ!!」
俺は、エンを振った。
空間が、戦慄く。
戦艦の主砲でも放ったかのような音の後、可視化される程に濃密な魔力が空を穿つ。
――ヤバい。
魔力を込め過ぎたかもしれない。
今までにないような、両腕が折れてしまいそうな程の反動が俺に襲い掛かり、というか普通に吹き飛ばされ、慌てて三対の翼を出現させ、姿勢制御を行う。
そして、放った俺にも衝撃が来る程だったその一撃を、正面から食らった悪魔野郎は――消滅した。
致命傷を負ったとか、吹き飛ばれたとか、そんな次元ではない。
消滅である。
およそ肉体の三分の二を消失させ、残ったのは、両足の先のみ。
当然、ソイツは、息絶えていた。
『……おー。すごい』
「お、おう……」
ちょっと興奮したような声音のエンに対し、顔面が引き攣り気味の俺。
……俺の得意属性は『水』であり、故に精霊との相性においても、水精霊との相性が良い。
だが、この辺りに水辺はなく水精霊も少ないので、精霊魔法を使用する魔刃砲ならば自然と威力も抑えられると思っていたのだが……いや、多分、抑えられてこれだったのだろう。
水辺で放った場合、一体、どれだけになっていたことか。
と、眼前の結果にちょっと固まっていると、後ろから声を掛けられる。
「……ユキ君、敵を倒してもらっておいてこう言うのもなんだけど……攻撃方法はもうちょっと考えてほしいかな」
「……す、すまん」
何とも言えないような顔で苦笑する魔界王に、思わず謝る俺だった。
魔物を考えるのにちょっと時間掛かったぜ……(なお出番は一瞬の模様)。




