ローガルド帝国近衛兵
――ゼナさんにウチのヤツらを見てもらってから、数日後のこと。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「うむ、仕事、頑張って来い。……何だか、『仕事を頑張って来い』などと言うと、随分とお主が、普通の夫になったように感じるの」
「お、何だ、その言い方だと俺が普通の夫じゃないみたいに聞こえるな? 俺程普通で、良き夫は他にいないというのに」
「どうやらお主は、自己評価におかしな点があるようじゃ。胸に手を当て、自らについてよく考えてみると良い」
「それなら大丈夫だ。よく考えて出した答えだからな」
「そうか。残念ながら、末期であるようじゃ」
そんな冗談を一通り交わした後、他の我が家の面々にもそれぞれ、いってらっしゃいと声を掛けてもらいながら、俺は家を後にした。
◇ ◇ ◇
向かう先は、ここのところずっと来ている、ローガルド帝国。
ここ半年、週に一度はこちらへ来るようになっており、この世界に来て、初めて仕事らしい仕事と言えるものを、皇帝としてやっている訳である。
つっても、ただ俺は責任者としてうんうん頷いているだけで、万事俺以外の奴が進めている訳だが。
「――聞け、人間ども。お前らは、俺に対し思うところがあるだろう。それは当たり前だ、元々殺し合いしてた仲なんだ。それでもう仲良しこよし、なんてなってたら、そっちの方が気持ちが悪い」
そして、今日訪れているのは、ローガルド帝国の帝城に併設されている、訓練場。
こちらを見ているのは、名目上は部隊長である俺の部下の兵士達。
所属は、『ローガルド帝国第一騎士団』。
この国の、近衛兵である。
この騎士団の団長は代々皇帝が就任することになっており、一応俺も、ここの騎士団長ということになっている、らしい。この前知った。
以前、この国を経由してドワーフの里へ行く際に、俺達を護衛したのも近衛兵だったが、あちらは『第二騎士団』であり、大戦後に編成された近衛兵で、こちらは俺が皇帝になる前から編成されている近衛兵なのだそうだ。
今回の競技会のことを考えた場合、出場させるべきはこちらなので、第二騎士団の方は今も通常業務に邁進している。
――そう、コイツらは、競技会でのローガルド帝国の選手なのである。
最近こそ俺は、よくこっちに来るようになっているが、それ以前は滅多に来なかったので仕事が少なく、普段は訓練漬けの日々を送っており、そして時折フラッと俺が現れると、大慌てで警護のために編成を行い、再び俺が帰ると、城の警備をするか訓練をするかだけの日々になる者達が近衛兵だ。
……なんかちょっと、申し訳ない。
近衛兵である以上、この国でも最精鋭と言える実力を持つのが彼らであり、実際レベルも高いので、戦力として全然活用出来ていないのだが……いや、けど今ローガルド帝国は、各国の要人が定期的に集う国になってるし、その警備の仕事で意外と忙しくはしているかもしれないな。
とりあえず後で一度、話でも聞いてみるか。
「だがな――それでも、俺がこの国の皇帝だ。前皇帝シェンドラに託され、俺もまた承諾し、引き継いだ。である以上、俺がやれることは、やってやる」
それが、約束だからな。
今はもう、ローガルド帝国の設定もしっかり細かく行ってあるので、魔境の森と同じく一定以上の強さを持つ存在が出現した場合は、マップが勝手に開き、俺に知らせるようになっている。
つっても、魔境の森基準にすると、こっちだと何にも引っ掛からない可能性が高いので、少し緩くしてある。
もうすでに、国内に俺が出ないといけない程の強さを持つ魔物は一匹残らず排除を完了しており、後は時折外から入ってくるのを排除するくらいである。
……時折、人間の集団が集って、マップを開かせる程の敵性反応を示すことがあるんだがな。
犯罪者集団やら、過激派集団やらだ。
それは俺は手出しをせず、「ここに敵がいる」という情報だけ渡して、この国に任せている。
悪いがそれは、俺の仕事じゃない。
つっても、それらはどんどん減っていっているので、この国の警察関係の組織も、司法も、今の体制になってからしっかり機能してくれているようだ。
裏では、例の帝城の執事が所属している組織なんかも、きっとバリバリに暗躍しているのだろう。
「見返してみろ、他種族を。力、魔力、それらで劣る人間が、他種族を倒して勝つサマを、世界に見せ付けてみろ。その機会が、これから訪れる」
俺の言葉に、返事はなく、場は静まり返ったままだ。
しかし、その目は雄弁に意思を語り、各々が持つ熱量を俺に伝えてくる。
場の温度も、物理的に上がったような気さえする。
「やるぞ、テメェら。遊びではあっても、国の威信を賭けた真剣勝負だ。この国の名を、世界に轟かせてやれッ!」
『オォッ!!』
近衛達の熱気が、訓練場の空気を、盛大に震わせた。
◇ ◇ ◇
――先程の訓練場の、隣にある控室。
「流石ですな、陛下」
そう話すのは、ローガルド帝国第一騎士団の副団長――つまり、実質的な騎士団長である男だ。
名前は、ヘルガー=ランドロス。
背が高く、兵士らしく筋肉隆々で、大分濃くて髭面なのだが、イケメンである。歳は、多分三十代だろう。
今は、このおっさんと打ち合わせの途中である。
ルールの把握、今後の日程等、そういう諸々の細かいところだ。
「? 何がだ?」
「先程の演説ですよ。短く、それでいて熱を与える言葉。お見事でした」
「大丈夫だったか? 俺、ホント名ばかりの皇帝だからさ。元々はまあ、平民みたいなもんだし、ああいうのは慣れん」
「ハハ、魔王たるお方が平民とはご冗談を」
冗談じゃないんだけどね。
騎士団は、勿論一般兵上がりもいるが、多くが貴族で構成されている。
軍閥貴族と呼ばれる者達で、つまりしっかりとした教育を受けたエリート集団なのだ。
俺みたいな、エリートとは程遠いちゃらんぽらんが急に来たら、態度には見せずとも、内心で反感を抱いていてもおかしくない。
まあ、貴族が多いと言っても、このローガルド帝国だと有能な者を逃さないよう、在野から成り上がれる制度がかなりしっかりしているようなので、よくあるようなコネとか、「偉い貴族だから」みたいな理由では昇進出来ないようになっているらしい。
流石にゼロではないようだが、他国と比べると、かなり先進的な組織作りがされていると、以前に魔界王が褒めていた。
この辺りの法整備は、前皇帝シェンドラならぬシェンが行ったそうで、ヤツの手腕のすごさを改めて感じるものである。
「陛下のお言葉に籠っていた熱、我々にもしかと伝わって来ました故。……正直に申しますと、やはり陛下の人となりを知らぬ者が多く、『仕事』だから従っている者もおりました」
「それで充分だけどな」
「いえ、我らは一般の騎士とは違う、近衛であります。である以上、陛下に対する絶対的な忠誠は前提に位置していなければならないもの。今、この国は特殊な状況にありますが、それでもそこがブレていては、近衛としては失格なのです」
「……そうか」
近衛の、心構えか。
確かに、彼らは最も王や皇帝に近い存在であり、仮に彼らが反旗を翻そうものならば、一瞬で成功してしまう。ウチは俺の方が強いけども。
である以上、『強い』という点に加えて、『絶対の忠誠』が必要となるのだろう。
……忠誠云々でふと思ったのだが、恐らくこの世界に、民主主義は合わないのだ。
魔物、他種族、そういう火種が至るところに転がっているため、『有事の際』が数多く存在し、である以上権力を一元化させておかないと動き辛いのだと思われる。
時代がさらに進んでいけばわからないが、今はまだ、良くも悪くも『王』とか『皇帝』とかが率いる形の方が合っているのだろう。
「ただ、先程の演説。あれで皆、陛下というお方を理解したかと思われます。その理由に、最後には皆、顔付きが変わっておりましたから」
「言っておくがヘルガー。さっき言ったのは俺の本心だぞ。やるからには他国を負かす。この競技会は、交友の側面もある親善大会で、所詮は遊びだが――遊びは、真剣にやらないと面白くない」
「ハッ、勿論であります。元より、我らの力を世界に見せ付ける機会。血が騒がぬと言ったら、嘘になります。存分に、やりましょう」
俺の言葉に、ヘルガーはニヤリと男前な笑みを浮かべた。
――競技、『バトル・フェスタ』。
基本形は、ラグビー。
ボールを相手陣地まで運べば得点となり、『陣取りゲーム』として理解されている。
当然『殴る』、『蹴る』は禁止だが、『掴む』、『払う』、『突進』等の行為はオーケーとなり、故に防具――というか、鎧は全員必ず着用が義務付けられることとなった。
今は、兵士が普段使用している防具を流用しているが、専用のものをドワーフ達が設計中で、近い内ローガルド帝国でも全員分の採寸を行う予定だと聞いている。
ただの金属防具だと、それはそれで怪我しそうだしな。回復魔法があると言えど、怪我がない方が良いのは間違いないので、なんか良い感じに設計してほしいものである。
魔法は使用オーケーなのだが、使って良いものが三種類に決められており、『風爆』、『土壁』、『衝撃』、この三つとなっている。
どれも直接的な攻撃力はないのだが、相手の行動を阻害するためのもので、この魔法の扱い方で戦い方に幅が出ると思われる。
……いや、厳密に言えば、使って良い魔法は、この三つに加えてもう一つある。
今競技において、最も重要であると思われる要素――『フィールド生成』。
試合開始後、魔法により、フィールドを変形させて良いのである。
防御しやすい地形に変更するのか、攻撃しやすい地形に変更するのか。
それとも、両方を担えるオールマイティな地形に変更するのか、誰も思い付かないような、もっとピーキーな地形に変更するのか。
ゲーム中にも変更して良いことになっており、そのため刻一刻と状況に合わせてフィールドが変化していくことになる。
如何に自チームに有利に、そして相手チームに不利にさせるか、ここがゲームに非常に大きく直結する要素となっている。
この『フィールド生成』は、属人的な要素を排除して、完全な戦略的要素とするべく、魔道具を用いて行えるようにする予定で、ドワーフとエルフがああでもないこうでもないと議論を重ねて試作品がすでに出来上がっている。
魔力等は、本人の魔力に加えて一定量を魔道具に備わせることになっており、つまり一定のリソースの中でやり繰りする必要があり、その点もゲームの戦略に関わってくることだろう。
他にも細かいルールは幾つか定められたが、大まかにはこれが全てで、今後また時が経つにつれて、少しずつ増えていくことだろう。
これに出場する選手は、今回は各国の近衛兵ということに決まり、ただ条件をクリアしたチームならば国など関係なく出場可能となっており、今のところ国を跨いで活躍している大商会や冒険者集団などが、幾つか参加予定だと聞いている。
名を売る良い機会だからな、『世界大会』と言って良い規模だろうし、力のある組織などなら、そりゃあ参加したいだろう。
ちなみに、『マジック・フェスタ』の方は俺は触らないのだが、ローガルド帝国で出場するのは宮廷魔術師達だそうで、この国に駐在しているエルフの外交官が見てくれることになったそうだ。
ここの宮廷魔術師、前皇帝シェンドラの薫陶が行き届いていて、かなり優秀らしいので、こっちの競技も良いところまで行くんじゃないかと思っている。
こっちは芸術性や発動した魔法の難易度等が問われるものなので、先天的な能力差はそこまで関係がないからな。
上手く、他種族の鼻を明かしてほしいものである。
こう考えてみると、この準備の段階だと、ドワーフとエルフの活躍がすごいな。
人間と魔族、獣人族もその手伝いは行っているのだが、中心となっているのはその二種族だ。
彼らがいなかったら、『魔戦祭』はもっと先の話になっていただろう。
近い内、競技場建設予定地の方も見に行くか。
競技考えるの、マジで時間掛かったわ……ツッコミどころあっても、温かい目で見てくれ。ぶっちゃけ別に、本筋じゃないし。




