半年後
新章開始!
――魔界に行き、フィナルに移動用の屋敷をもらった日から、早いもので半年程が経った。
この間に俺は、魔界王都への道を完成させ終え、今ではいつでもあっちに行くことが出来るようになった。行動範囲が増えたのは嬉しいもんだぜ。
道の拡張に当たって、魔境の森の魔物を狩りまくっていたおかげで、俺やリル、その他の四匹のレベルも上がっている。
つっても、俺とリルの上がり幅は、少しなのだが。
ルィンに力をもらった影響なのか、顕著に上がりにくくなっており、リルを除くペット達が十近くレベルを伸ばしたのに対し、俺達は三くらいしか伸びていないのだ。
今回はレベル上げではなくDPを増やすのが目的だったので、生死を賭けなければならないような強い魔物は相手にしていない、というのも理由の一つにあるかもしれないが、ここから先はもっと上がりにくくなっていくのだろう。
レフィも、千年掛けて今のレベルに到達している訳だしな。まだこれでも、上がり幅はデカい方なのかもしれない。
ローガルド帝国にて王達が集っての会議も、すでに三度行われ、俺もこれには二度参加している。
各国を集めての競技会――正式名称を『ヒト種合同競技会』、通称を『魔戦祭』と名付けられた。
ルール決めも話し合いによってほとんど終わっており、実際に競技も行われ、フェア、アンフェアな部分の最後の洗い出しを行っている。
ローガルド帝国における工事もドワーフが中心となって始まっており、一度空から飛んで確認してみたのだが、もうすごい勢いでスタジアムが造られていっていた。
いや、マジですげーもんだ、ドワーフ。俺の、浅いにわか知識を伝えた部分も、しっかりと吟味して計画に盛り込んでくれていたようで、未完成の現時点でもワクワクする造りになっていた。
こういう作るのが大得意だ、というのは聞いて知っていたが、それを目の当たりにした気分である。
魔法も用いているからなのかわからんが、建築スピードで言えば、前世並なのではなかろうか。
それでいて、土台からしっかりとした、強固な造りにはなっているのだろう。しかも、現時点で出来上がっている部分を見ても、普通に洗練されてるんだよな。
ドワーフという種が持つ、技術力の高さを垣間見た気分である。
また、競技会が行われる、というのはすでに布告されており、目ざとい商人などはすでに動き出し、ローガルド帝国を中心とした経済圏が活発に動き出しているようだ。
あの戦争から、世界は、また一つ前へと進もうとしている。
まだまだ『戦後』という枠組みの中だが、そこから抜け出そうと、進み始めているのだ。
変化する時代。
その熱のある時に居合わせることが出来たのは、俺としても興奮することであり、ワクワクしっぱなしなのだが――ただ、この半年間で、俺にとっての最も大きな変化と言えば、やはり我が家のことだろう。
「――ふむ。順調には育っています。期間に関しては難しいところですが……レイラさんがまとめてくださった記録を見る限り、恐らくあと一年程かと」
レフィの腹部に手を触れ、何かしらの魔法を用いているらしい老婆が、静かな声でそう診断する。
彼女の名前は、ゼナ。
目尻が下がり、常にニコニコとしているような、優しそうなばあちゃんで、フィナルが用意してくれた産婆さんである。ちなみに魔族だ。
歴代魔界王の子を取り上げてきた、城の直属の百戦錬磨の産婆さんであるらしく、「この世界でもトップに位置するであろう産婆さんだよ。だから、不安に思う点は全部聞いておきな」とフィナルが言っていた。
改めて、ヤツと知り合いになることが出来て、良かったと思うばかりである。
一度レフィ達の体調を見てもらうために、今回こうして、魔界から来てもらったのだ。
「今から一年か……やっぱり、ウチのは相当特殊な例なんですかね」
俺の問いかけに、彼女は頷く。
「はい、この子は『魔王』と、そして『覇龍』の子です。である以上、この子もまた、力ある種として生まれ出づるのは、間違いなく。そのため、この子が必要とする栄養、そして魔力が、通常の子と違って、桁違いに多いのだと思われます。また、その分母体に掛かる負荷が大きくなるでしょうから、その点は自覚しておいてください」
「カカ、その程度、問題ないのう! 儂は覇龍じゃからな! じゃからユキよ、そう不安そうな顔をするでないわ」
ニヤリと男前に笑う、レフィ。
彼女のお腹は、わかりやすく大きくなっており、そこに宿る命が順調に育っていることを感じさせる。
レフィが妊娠してから、現在で八か月に満たない程。普通のヒト種ならば、前後するとしても、二月を越えたくらいで出産ってところだろうが、レフィの場合は、ここからまだ一年が掛かるんだな。
妊娠期間としては、やはり龍族の方に近かった訳か。
「……わかった。けどお前、何かあったらちゃんと言えよ?」
「言うても何か変わる訳ではないじゃろうがのぉ。ま、わかっておる。別に強がっておる訳でもないし。女は強いんじゃ。のう、ゼナよ」
「フフ、えぇ、そうですね。男性には男性の強さがありますが、女性には女性の強さがあるものです」
「良いことを言う。わかったの、ユキ。お主はただ、どんと構えておれ」
「へいへい」
女性が強い、というのはわかってるさ。
男は、女に勝てないのは、前世でも今世でも真理だからな。
それにしても、改めて思うが、ウチの子の種族、いったいどうなるんだろうな。
生まれた瞬間から、俺と同じく『覇王』とか、『魔龍』とかって種族だったら苦笑いするわ。『龍人王』とかもありそうか? 超強そう。
……うん、現実的なところだと、やっぱ『龍人』だろうか。ここに、俺の魔王としての力――いや、ダンジョンの力がどの程度加わるのか、っていうのが気になるところだ。
名前は……男女どちらの場合のものも、一応もう考えた。
レフィと今後も相談していくことにはなるだろうが、今考えているものから、そう変わりはしないだろう。
そうしてレフィの様子を一通り見た後、ゼナさんは次に、もう一人を見始める。
「こちらの子はわかりやすいですね。やはり経過は見なければなりませんが、通常のヒト種の妊娠期間で考えて問題ないでしょう。ですので、あと七か月程でしょうか。順調ですね」
「えへへ、そうっすか。順調っすか」
ゼナさんの言葉に、ニコニコとするのは、リュー。
――そう、リューもまた、妊娠したのである。
発覚したのは一か月半くらい前で、女性陣の方でリューの体調の変化に気付いてくれたのだ。
そのことがわかった時、もう俺が何度、リューを抱き締めて回ったことか。
「お前も、何か体調の変化とかあったら、ちゃんと言えよ?」
「大丈夫っす! これを利用して、いっぱいご主人に甘える予定なんで!」
「おう、本人に向かって堂々と言い切ったな」
「にへへ、これからは、ウチも母っすからね! 強く行く予定なんす!」
ふふん、と胸を張り、得意そうにするリュー。
お前はホント、そういう動作が一々可愛いな。
「二人とも順調かぁ……いいなぁ」
そう溢すネルの方に顔を向けると、彼女はちょっとはにかんだ様子を見せながら、俺に向かって言う。
「そ、その……おにーさん! 僕、もうちょっとだから! もうちょっとで僕がいなくても何とかなる体制を作れるから……だから、待っててね!」
前から少しずつ勇者の仕事を減らしていっているネルは、以前は王都勤務だったのだが、今はもう、アーリシア王国の中で最も魔境の森に近い、辺境の街『アルフィーロ』での勤務に切り替わっている。
俺もアルフィーロ近くには扉を設置しているので、何か緊急事態がない限り、毎日帰って来ることが出来ているのだ。
これも、やはり飛行船の恩恵がデカいだろう。
エルレーン協商連合により開発された飛行船だが、その有用性が知れ渡ったことで、急ピッチで各国に導入されていき、今現在もどんどんと航路が広がり続けている。
大国であるアーリシア王国などは、本気で航路の拡充に動いたため、今では十数隻を保有しているようで、発着場、整備場、整備士もどんどんと増やしているところであるらしい。
そのおかげで、何かあった際はすぐに現地へ移動出来る体制が整い始めており、必要とされる戦力を必要とする現場へ、以前とは比べものにならない速度で展開可能になった訳だ。
ネルもその恩恵を受けたことで、国の末端に位置するアルフィーロ勤務も許されるようになり、毎日帰ることが出来るようになったのだ。
多分、俺へ気を遣ってアルフィーロに『駅』を作ってくれた面もあるのだろうが……こちらとしては、ありがたい限りである。
俺が魔境の森を本拠地としている以上、アーリシア王国はいつまでもお隣さんとなる訳なので、今後とも仲良くしていきたい限りだ。
そう言えばアルフィーロの街には、他種族との交友を増やしていく、という目的で、獣人族――その中でもリューと同じウォーウルフの一族がよく滞在するようになっているのだが、彼らにもリューの妊娠は伝えてある。
出産を迎えたら一度こちらに来たいという話で、勿論俺もオーケーしたので、その内またこちらに遊びに来ることだろう。
と、ネルの次に、レイラが微笑みながら口を開く。
「私は……いつでも構いませんから、ね? ユキさん。準備は、出来ていますからー」
「……あぁ。ありがとな、お前ら」
レイラとは……その、回数を重ねているが、まだ子供は出来ていない。
まあ、ただ、これが普通なのだ。種族の違う同士というのは、子が成しにくいというのがこの世界の常識であり、どちらかと言えばレフィとリューとの子の方が、相当早いのだ。
これに関しては、二人が変にプレッシャーを感じないように、俺の方でフォローしていかないとな。
別に、急いで子供を作る必要など、ないのだ。それぞれとのペースで、ゆっくりやっていきたいものである。
「ま、とりあえずこれで、長男か長女かは、リューとの子になったな」
「そう……なるんすかね? まあ、生まれた時がゼロ歳っすから、そうなるんすね」
レフィの妊娠期間の話から、こういうこともあるんじゃないか、と前から予想はしていたのだが、本当にそういう形になったな。
「なかなか珍しい例ではあります。まあ、そもそも四人もの奥さんを娶り、その種族が全て違うという時点で、なかなか見ませんからねぇ。ユキさん、奥さんは多くとも、夫は一人なのです。ただ一人の夫として、頑張らなければなりませんよ?」
「……はい。気張りますよ」
そう答えると、彼女は微笑みながらコクリと頷いた。
「大丈夫っす、ご主人。仮にご主人がヒモになっても、ちゃんとウチらで養ってあげるっすからね!」
妻のヒモの魔王。字面が酷い。
威厳が皆無である。
「僕、外でちゃんと、お金稼いでくるからね! 今後僕の仕事は少なくなるけど、それでも臨時の勇者としてなら多分、みんなが暮らせるだけのお金は、稼げるから!」
そんな、世の奥さんのパートの仕事と同じ感じで、勇者の仕事を語らないでください。
「それなら私は、今まで得てきた知識を生かして、商人の真似事でもしてお金を稼ぎましょうかー」
「むっ、では儂は、魔物を狩って売ろうではないか! 確かヒト社会では、魔物の素材は高く売れるのじゃろう? レイラと組んでやれば、大儲け出来そうじゃな」
「フフ、そうですねー。リューには売り子をしてもらい、ネルとレフィで魔物を狩ってきてもらったら、恐らくすぐにでも大商会を築きあげられそうですねー」
「おー、それも楽しそうだね!」
「売り子、頑張るっすよ、ウチ!」
「おう、君らの心意気は嬉しいんですけどね。盛り上がっているところ悪いんすが、君らがいったい、普段どこで暮らしているのか、今一度ここで問うておかなければならないようですね」
あと、一つだけ言っておくと、ぶっちゃけもう外に一切出ずとも、毎日入ってくるDPだけで俺ら、過ごせるからね。
ローガルド帝国が俺の領域と化してからは、その気になれば一生この中に引きこもり続け、贅沢し続けられるだけのDPは、日々稼げているのだ。
と、我が妻達とそんな冗談を交わしていると、一緒にいたイルーナが、むんと両拳を握る。
「おねえちゃん達、何かあったら言ってね! わたし達、ちゃんといっぱい、お手伝いするから! ごはんも、下手かもしれないけど、ちゃんと作るよ!」
「いっぱイ、おてつだいする!」
「……ん。みんなで協力」
幼女三人の言葉の後に、レイス娘達が同じ思いだと示すために、それぞれが気合の入った様子を見せる。
「カカ、ありがとうの、お主ら。うむ、困った時は、頼らせてもらおう。――儂らの子の姉として、頼むぞ」
「えへへぇ、まっかせて! いっぱい、頑張っちゃうんだから!」
「おねーちゃん、いいひびき!」
「……良い響き。ん、頼れる姉になる」
彼女らの様子を見て、ゼナさんが顔をほころばせる。
「フフ、家族仲が良さそうで、何よりです。子供を産むということは、大変なことですが、同時にとても尊き、素晴らしきもの。皆さんで協力して、当たりましょう」
「はい、ありがとうございます、ゼナさん!」
「ありがとうっす、ゼナさん!」
「仰る通り、日々の全ての面で、協力していかないと、ですねー」
「これから、子が産まれるまで、よろしくお願いするぞ、ゼナよ」
「はい、よろしくお願いしますよ、お嬢さん方」
ニッコリと笑うゼナさんを中心に、雑談が弾んでいく。
そんな、意気込む女性陣の姿を見て、俺は思うのだ。
――あぁ、この空間の、何と幸せなことか。




