魔界王都にて《1》
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――ルノーギルに案内された宿で一泊し、翌日。
ロビーで待ってくれていた、魔界王の部下に連れられ、訪れるのは魔界王都の王城。
「やぁ、ユキ君。ちょっと前ぶりだね」
辿り着いた応接間のような部屋で待っていたのは、フィナル。
「悪いな、忙しいだろうに、突然時間割いてもらっちって」
「……フィナルおじちゃん、こんにちは」
「はい、こんにちは。エンちゃんもちょっと前ぶり」
こてっと頭を下げるエンに、いつもの腹黒さを感じさせない爽やかな笑みで挨拶を返すフィナル。
「そうだ、ユキ君と一緒にエンちゃんも来てるって聞いたから、お菓子用意しといたんだ。食べるかい?」
「……! とても嬉しい。ありがと」
「はは、良かったな、エン。ありがとな、フィナル」
「これくらいはね。こういうので喜んでくれると、僕も嬉しいからさ」
壁際に控えていた魔族のメイドさんの一人が、そそくさと持って来てくれたお菓子を受け取り、エンは俺の隣で嬉しそうにポリポリ食べ始め、それを魔界王は微笑ましい様子で眺める。
うん、お前のそういう姿を見ると、本当に近所の兄ちゃんくらいにしか見えんな。良いことだ。
ちなみに、リルはいない。
ウチのはすごいしっかり身体を洗うから、綺麗なのだが、流石に室内に連れて来るのは申し訳ないので、外で待ってもらっている。
あと、ルノーギルもいないようだ。
魔界王の右腕らしいし、多分別の仕事をしているのだろう。
そうやって考えると、結構簡単に魔界王は俺達に会ってくれたが、これもかなり日程に変更を及ぼすというか、影響は出てるんだろうな。
ありがたい限りである。
「それで、今日はどうしたんだい、ユキ君。何か用事があるそうだけど」
「あぁ、実は俺の領土を今、魔界の方に広げててさ。そろそろ魔界王都の近くに来そうだったから、一応アンタに話しておかないとって思ってさ」
「え、魔境の森から、ここまで繋げたの?」
「おう。ほら、ウチのが妊娠したって話はしただろ? それで、もし何かがあった時、すぐに医者を呼べるようにしておきたかったんだ。ただ、無断でそれをするのもちょっとなって思ってよ」
「あぁ、なるほど……確かにそれは重要だね。フフ、君もなかなか律儀だねぇ。僕の方としてはありがたいけど。わかった、勿論いいよ。ただ、場所を教えておいてくれると嬉しいかな。連絡係置いておくから」
それはつまり、俺のダンジョンに繋がる扉を把握されるということだが……『俺』という存在がいつでも魔界王都に来られる危険性をこの国は抱える訳だし、そこはどっこいどっこいだな。
まあ、勿論直通でウチに来られるようには繋げず、幾つか経由させる予定ではあるので、俺の方に危険はほぼない以上、一方的に負担を強いることになるのだが。
「わかった、つってもまだ広げてる途中だから、お前が指定した通りに道を広げよう。ゴールは、魔界王都内の……そうだな、屋敷か何かにしておきたい。一軒買わせてくれ」
俺は現金を全く持ち合わせていないが、DPカタログがあれば幾らでも値打ち物は用意できるからな。
あと、これはダンジョン領域に関するものなので、決められた小遣いの中でやり繰りする必要もないし。フフフ。
と、そんなことを考えていたのだが、フィナルは笑って首を横に振る。
「いいよ。それじゃあ、君には色々お世話になってるし、王城の隣の家、タダであげるよ。今日中には、渡せるようにしておくから」
「え、いや、それは悪いし、ちゃんと買うが……」
「遠慮しないでいいよ。金銭でやり取りすると、時間掛かるし、ちょっと面倒だしね」
そういうのは、金銭でのやり取りの方が不都合がないような気もするが……いや、これは前世的な考えなのだろうか。タダでの譲渡だと、賄賂的な感じがするが。
うーむ、わからん。
「だから、そうだね……形としては、『ローガルド帝国大使館』として利用――いや、それだと君に、都合が悪いかな?」
少し、考える。
俺の屋敷、というより、ローガルド帝国の大使館、か。
維持することとか考えると、そうしてもらった方がありがたいかもな。
「……わかった、そうしてくれ。助かる」
「よし、じゃ、そういうことで。今日のこの後にでも、確認してもらおっか」
そこでこの話は終わりかと思ったが、フィナルは言葉を続ける。
「あ、君の頼みを聞く代わり、って言っちゃなんだけど、ちょっと話を聞いてくれない?」
にこやかな顔で放たれるその言葉に、俺は警戒する。
「お前、さては最初からそのつもりだったな?」
「フフフ、ま、そう身構えないでいいよ。すごく個人的な話だからさ。――実は僕、結婚することにしたんだ」
「へぇ、結婚か……結婚!?」
思わず固まり、マヌケ面を晒してしまうと、楽しそうにフィナルが笑う。
「あはは、良い反応だね。うん、前に君達を見て、家族って良いもんだなって心から思ってさ」
そこで、ただ黙ってお菓子をポリポリしていたエンが、口を開く。
「……フィナルおじちゃん、おめでとう。家族は、とても良いもの」
「ありがとう、エンちゃん。うん、僕も君の家族を見て、奥さん欲しいなって思ったんだ」
「……ん。毎日とっても楽しい。おじちゃんもきっと、毎日ニコニコになれる」
「フフ、羨ましいよ。僕もそういう家庭が築けるよう、頑張らないとね」
のんびり会話する二人の様子に、俺も我に返り、言葉を返す。
「そ、そうか……何と言うか、決断から行動までの速さが、流石って感じだな」
前回コイツとローガルド帝国王都を歩いてから、まだ二月くらいなんだが。
その時は相手いないって言っていたはずだが、そこから話を進め、結婚まで至るとは……これが、各国の権力者達が常に気にする、王の実力、か。
「まあ僕、王様だからね。その気になれば、相手は幾らでもいるよ」
爽やかな顔で言い切るフィナルである。
と、俺は感心していたのだが、それに対してコイツは、何故か珍しく苦みの強い苦笑を浮かべる。
「ただねー、その、何と言うか……僕、こういう経験、全然なくてさぁ。実は相手の子に、すでに数回、呆れられちゃってるんだよねぇ。けど、何を失敗したのか、あんまりわからなくて」
……何となく、想像出来そうな場面だな。
何事にも如才ないフィナルだが、コイツは頭の回転が速く、見ている限りだと『効率的』なものを好むように思う。
つまり、中心に位置するのは『理性』だ。
これに関しては、フィナルのことについて誰に聞いても、同じように答えることだろう。
それに対して、女性関係というものは効率などというもので考えるものではなく、もっと感情的に、感性に沿って考えねばならないものである。
そこには、無駄や非効率的なものも含まれ、多分フィナルはそれに慣れていないのだ。
感性で考えねばならないものを理性で考えてしまえば、上手く行くものが行かないのも、道理だろう。
「だから、そういう面で先輩のユキ君に、色々教えてもらいたいなって思っててさ。いやホント、良いタイミングで今回来てくれたよ」
「部下とかには聞かなかったのか?」
「聞きはしたよ。でもほら、僕これでも一国の王だからさ。みんな、発言にちょっと遠慮が入っちゃうんだよねぇ」
あぁ、なるほど……王の恋愛事情なんて、恐れ多くて首突っ込みたくなんざないか。
その点では、確かに俺の方が適しているのかもしれない。
つっても、フィナルの悩みの点は、俺も日々悩んでいるものなのだが。
ありがたいのは、ウチの女性陣は俺がやらかすと、ちゃんと呆れた顔で注意してくれる、というところだろう。
だから、自分が何を失敗して、どうすれば良かったのか、というのを考えることが出来るのだ。
そういや、最近自分を改めて分析して思ったのだが……俺は長命種になったことで、性欲、というものが弱くなっている、のかもしれない。
命が短い種程、子供の数が多いというのはよく聞く話で、逆に寿命が長いと、勿論要因は色々とあるのだろうが、その数は減る。
そして俺は、千年を超えて生きる種であり、その分人間であった頃と比べると『種の存続』という本能の働きが弱いのだろう。
勿論、その……何だ、ウチの大人組のそういう姿を見た時にはグッと来るし、両手を合わせて拝んで感謝したくもなるのだが、特に何もなければ、性欲が溜まることもない感じがするのだ。
もう、大分俺も、『自身が人間であった』という意識が無くなっているのだが、こういう時に種族が変わったことを実感するものである。
「そうだな……話は出来るが、俺も毎日失敗しまくりで、呆れられまくりだぞ」
「でも、あのローガルド帝国での様子を見る限り、とても仲睦まじそうだったじゃない。間違いなく、僕よりは上手くやってるよ。その君の、女の子と上手くやっていく秘訣を教えてほしいね」
それは俺が教えてほしいまであるが。
「……わかった。偉そうなことは言えないが、ま、俺が経験して気を付けなきゃなって思ったことは話してやるよ」
「それが一番聞きたいんだ」
何となくだが……こういうことを聞いてくれるということは、この王も、立場に関係なく、俺を対等の友人として見てくれているのだろうか。
それを、少し、嬉しく感じる俺がいた。




