少し時間が経って
――エルフ女王と、アーリシア王国王レイドとの会談の日から、一か月程が経った。
今のところ、まだ王達からの連絡はない。
彼らも早めに次の行動に移りたいのだそうだが、やはり新しい試みであるため、思っていた以上に競技決めやルール決めが難航しているようで、時間が掛かっていると連絡係になっているネルが進捗を教えてくれた。
ただ、大まかなところ自体は決まってきているようで、もう近い内にローガルド帝国で次の話し合いを行う予定だとのことだ。
この間、俺はのんびりしていたかと言うと、実はそうでもなく、毎日割と精力的に動いていた。
ダンジョン領域の、拡張作業で、である。
と言っても、今行っている拡張はDPの確保が目的ではないため、かなり範囲は狭く、道一本分をどんどん先へと伸ばし続けているだけなので、面積的に言うと大して広くはなっていないのだが。
ただ、今回は道を伸ばすことが目的であるため、これで良いのだ。
俺のダンジョン領域にさえなっていれば、扉が設置出来るようになるので、これでも大きな意味があるのである。
この道の最終的な目的地は、魔界王都『レージギヘッグ』。
レフィに何かあった際、すぐに医者を連れて来られるように、その準備を行っているのだ。
アイツのお腹も、少しだが、大きくなった。
レフィは元々スタイルが良いので、変化があればすぐに見て取れる。
体調の変化も時折見られるようになり、多分今は、男の俺にはわからない辛さも感じていることだろう。
本人は『そういうもの』だと思っているからか、体調が悪くても平然としているというか、特に辛さを訴えたりしないし、むしろ正常にお腹の子供が成長しているのだと感じられて、嬉しそうにしているのだが……全く、アイツは。
レフィの強さ、というのを感じたことは今まで幾度もあるが、『母』という立場になり、それが以前よりもさらに感じられるようになったように思う。
女は強し。
何度も何度も思ったことだが、我々男という生命体は、女という生命体には、絶対に敵わないのだ。
あと、俺はそういう知識がないのでわからないのだが……急速に知識を付けているレイラによると、レフィの変化の具合には、通常のヒト種の妊娠よりも二か月程の遅れが見られるらしい。
そして、レイラの見立てによると今後さらに遅れが伸びていくのではないか、とのことだ。
やはり、龍族としての側面が、妊娠の期間に表れているようだ。
今更ながら、レフィの肉体って、なかなか神秘だな。
まあ、男にとって女性の身体とは、神秘そのもの――発想が気持ち悪いからこれくらいでやめておこう。
産まれる子供の名前は、色々と考え続けているものの……まだ、これ、といったものは思い浮かんでいない。
その人生において、一生、それこそ死ぬまで背負い続けるものなので、そう簡単に決める訳にもいかない。
漢字で書けて、ただ響きはこちらの世界風に聞こえる名前を模索しているのもあるな。なかなか、難しい。
……リュー、ネル、レイラとの子供が産まれた時のことも考えて、名前の候補をもっと考えておかないと。
その……ネルとはまだだが、リューとレイラとの子供は、場合によってはレフィとの子供より早く産まれる可能性もあるので、あんまりのんびり構えていると、すぐにその日がやって来ることだろう。
やばい、考えると緊張してくる。
もう覚悟は決めているが……改めて、頑張らないとな。
思考が逸れたが、そういう訳で今、俺は日がな道を拡張し続け、DPが足りなくなってきたら魔物狩りを行い、再び道を延伸する、という日々を送っているのだ。
現在はもう、魔界内部にまでは道を伸ばしており、リルに乗っていけば一日で魔界王都に届く、という距離までは来ている。
……ここらで一回、フィナルに会って許可取っておくか。
もう近いところにいるし、例の競技会の件についても聞いてみたいし。
「よし、リル、明日は拡張作業やめて、魔界王都の方まで行くぞ。お前も付いてこい」
「クゥ?」
「あぁ、フィナルに会っとく。流石に無断でアイツの領土を俺んところに組み込むのは、ちょっと悪い気がするしな。ここまではもう広げちゃったけど」
そう言えば、最近気付いたことなのだが、俺が百年DPを貯め続けてもまだまだ届かないであろう、莫大なDPを要求して行えるようになる項目、『ドミ?ス?の??』。
改めて、『ドミヌスへの昇格』。
ふと見た際に「あれ……?」と思ったのだが……これに要求されるDPが、減っていた。
と言っても、下一桁がちょっと変化していただけなので、今のところ全く影響はないのだが……恐らくだがこれ、俺がダンジョン領域を拡張すればする程、桁が減っていくのではないだろうか。
ダンジョンは、広がれば広がる程力を増す。
である以上、そう的を外した推測ではないはずだ。
「クゥ」
「そうだな、フハハハ、我が領域はいつの間にか世界を覆っているのだ!」
そうしてリルと冗談を言い合いながら、その日の作業を進めていく――。
◇ ◇ ◇
翌日。
リルとエンを連れ、朝早くから我が家を出た俺は、今最も魔界王都に近い位置に設置した扉を潜り、そこからリルに乗って先へとひた走る。
道中は特に何事もなく、すれ違った馬車や旅人、冒険者っぽいヤツらなどに、ギョッとしたような顔をされ続けたが、気にせず進んでいき――深夜。
一緒に雑談していたエンは、アイテムボックスの中で眠りに入り、俺も流石に若干疲れてきた、というところで、ようやく奥に、見覚えのあるデカい都市が見えてくる。
まるで迷路のように入り組み、ちょっとでも奥に入り込んでしまえば、簡単に迷子になるであろう、魔界の首都。
……いや、マジで迷いそうだな。
ここに来るのは、通算四度目となるが、俺達だけで歩くっつーのは、初めてだ。何だかんだ、今までは頼れる随伴人がいたし。
そう言う面では俺、自分のことを信用出来ないので……うん、リルの感覚に頼ろう。
「着いたか。……こうやって体感してわかるが、やっぱ種族進化してスタミナなんかもすげー上がってんな。この調子なら、パフォーマンスはともかく、その気になれば二日くらいまでなら活動し続けていられそうだ」
「クゥ」
「確かに。ダンジョン帰還装置があるのに、そんな極限状態に陥ったのなら、そもそも戦い方が悪い……いや、けど、前にレフィが、数日間ぶっ続けでフェンリルと戦い続けるハメになった経験があるって言ってたぜ。相手によってはそういうこともあるんじゃねぇか?」
話を聞く限り、フェンリルって種が特別タフなようだがな。
それは、今こうしてリルを見ていてもわかる。
多少疲労を覚えている俺に対し、コイツの方はまだまだ、余裕が感じられるのだ。
ただ乗って揺られていた俺と違い、一日中走り続けていて、だ。ホント、無尽蔵のスタミナしてやがるぜ。
恐らくだが、肉体の燃費が、他の生物と比べて抜群に良いのだと思われる。
エンジンの部分からして、他と比べものにならないような高性能さをしているのだろう。
こうして一緒にいるからこそ実感しているが、やはりフェンリルは、龍族と同じく、生物としての格においてこの世界の頂点に位置しているのだ。
だから、ダンジョンによって俺と同じタイミングで能力を格段に伸ばしながらも、俺みたいに種族がコロコロ変わったりもしていないのである。
「ったく、お前の肉体の強さが羨ましいぜ。俺なんて、幼女軍団に付き合って遊んだ日にゃあ、もうクッタクタになっちまうぞ」
「クゥ」
それは私もですが、と笑うリル。
「そうか? まあ、お前も無尽蔵のスタミナしてやがるが、あの子らも無尽蔵のスタミナしてるよな。ということはつまり、幼女という生物も、この世界の頂点に君臨している訳か」
「クゥ、ガゥ」
間違いありませんね、と相槌を打つリル。
うん、間違いない。これを『幼女最強理論』と名付け、学会にて発表しようと思う。
そんな話をしながら、開け放たれた魔界王都の正面門へとゆっくり進んでいく。
なんか兵士がメッチャこっち見てるので、多分これ止められるな、と思いながらも、まあいつものことなので甘んじて職質されるか――なんて考えていたのだが。
その時、一人の男が彼らの下へ現れ、緊張していた魔族の兵士達に手をヒラヒラさせて解散させた後、こちらへ向き直って頭を下げる。
「――お待ちしておりましたよぉ、魔帝陛下」
暗くてよく顔が見えていなかったが、俺は、その声で誰なのかを理解する。
「あれ、ルノーギル?」
それは、俺もよく知っている魔界王の部下、近衛隠密兵ルノーギルだった。
例の戦争で皇帝シェンドラを捕らえ、その時の後遺症で一切の魔力が肉体から消え去ってしまった男だ。
この様子からして、どうやら俺を待ってくれていたらしい。
「何でこんなところに?」
「本日、王都へ続く街道を、物凄い速度で進む狼と、それに乗った男性の姿の報告がありましてねぇ。その特徴が、どうもよく見知っている方のものでしたので」
あぁ……なるほど、そういう経緯で事前に連絡が入ったのか。
「そうか。なら悪いな、面倒掛けたか。少しフィナルと話がしたくてさ。アイツ、今、ここにいるか?」
「えぇ、いらっしゃいますよぉ。緊急であれば、この後すぐにでもお話出来るように準備いたしますが……」
「いや、全然緊急じゃない。ちょっとした用だから、そこまでしなくていいぞ。あと……これも甘えるようで悪いんだが、どこか泊まれるところ、ないか? 俺としては、この後探そうと考えてたところなんだ」
「お任せください、すぐに手配いたしましょう」
「助かる」
ルノーギルの案内に従い、俺とリルは夜の魔界王都を歩く。
あと、迷わないで済みそうで、ちょっとホッとした。




