ヒト種の祭り《2》
「――俺が知っているのは、この辺りだ。やれば面白いのは間違いない。が、ぶっちゃけこれらは、人間用のゲームだ。ヒト種全体でやるなら、もっとルールに手を加える必要があるな」
「ほう……レイド、人間には、数多の競技が伝わっておるのじゃな」
「い、いや、私はよく知らぬが……どこの国でやっている競技なのだ?」
「俺もわからん。知識の出所は、ウチのレイラ……羊角の一族ってことにしといてくれ」
誤魔化すようにそう言うと、エルフ女王が感心したような顔になる。
「ほう! 余らもよく知っておるぞ、エルフの中で賢人と呼ばれる者達の内、幾人かが羊角の里で知識を学んできておる。なるほど、あそこの……」
「ふむ、それは、魔族か?」
「あぁ、学者ばかりの一族で、好奇心の塊みたいな種だ。んで、ウチにいるのは、俺の嫁さんの一人だ。人間も、見込みがあるようなヤツは、一回あそこへ送ってみるといい。得るものは絶対あるだろうからな。基本来る者拒まず、だったし」
それに、単純に面白いしな、あそこ。
博物館とか、マジで前世の現代レベルだったし、物によって前世以上に進んでいたように思う。
それを観光業として活用してるのもあって、見せ方も上手かったし。
また遊びに行きたいもんだ。
「ヒト種の中で、最も進んだ知識を持っているのは、間違いなくあの一族であろうな。今ならば魔族の国に行くのもそう難しくない、魔王の言う通り、国政の一つとして、見込みのある者を送るのは有りじゃと思うぞ」
「お二人方がそう言うのならば……うむ、本当に検討しておかねばな」
そんなことを一通り話した後、ちょっとズレた話を元に戻す。
「話が逸れたな。とりあえず、そういう感じだが……どうだ?」
「聞いている限りだと、ラグビーやらアメフトやら、という競技が良さそうだ。説明を聞いているだけでも、迫力があり、取っつきやすそうだな。競技会で、代理戦争という趣旨にもよく合っているように思う」
「うむ、余も同感であるの。盛り上がりそうじゃ」
「あぁ、俺もそうじゃないかと思う。盛り上がるのは間違いない。……あとは、身体能力の差だけど、これはもう、魔法で補うしかないと思うんだ。一定の制限を設けて魔法を使用可にして、その中でどう強い種族と戦うか、っていう感じで。ただ、どう制限して、どう工夫すれば良いのか、っていうのは俺は何にもわからん。そういうのは、多分アンタらの方が知恵があるだろう」
何をするにしても、とにかく大事なのは『フェアなこと』だろう。
特定の種族が有利にならないよう、これに関しては徹底して話し合い、実際に競技を行い、問題点を洗い出していく必要があると思われる。一番難しい部分だな。
あと、とりあえずどの競技でも、防具に関しては使用を検討した方がいいだろう。ぶっちゃけ、前世よりも過激になる気がするし。
回復魔法なんて存在があるから、重症さえ負わなければ、その場ですぐ回復可能だしな。
「……難しいところだが、うむ、細かなルール決めは、各国の識者を集って行うべきだろう。そこは今後の課題だな」
「どの競技を行うにしても、実際にやってみてからでないと、わからんしの。――おい、今の会話、記録しておるな? 資料として見られるようにしかと纏めておくんじゃ」
「畏まりました」
「ウチのも、頼むぞ」
「えぇ、お任せください」
壁際に控え、この会議の記録を取っているらしいエルフと人間が、それぞれ返事をする。
「気になる点があったら、遠慮せず聞いてくれな。俺もその道のプロじゃないから、説明に抜けがあるかもしれん」
彼らにそう声を掛け、こちらに頭を下げるのを横目に、俺は話に戻る。
「それと、その競技を行わせるヤツだけど、最初にルールを覚えさせるのは、各国の近衛兵辺りにするのが良いと思うんだ。身体能力は一級品だろうし、頭も良いだろうし、十数人規模で戦術的に動く、つーのも兵士だったら感覚的にやりやすいだろうし」
「そうじゃな、それが良いじゃろう。余も、最初に競技をやらせるならば、兵士になるじゃろうとは思っておった」
「私も同感だ。――どうせだ、大きな祭りとするからには、競技は一つではなく、日を分けて幾つも行った方が盛り上がるだろう。多くの者を集め、多くの者達に注目してもらうため……最低でも一週間は開催出来るようにしたい」
「良いのう、出来る限り派手にやりたいしの。開催地は……やはり、ローガルド帝国が良いか。協力してもらうぞ、魔王」
「おうよ。……よーし、計画を計画する段階だが、すでに楽しくなってきた。やるなら、国同士で分かれてチーム組むことになんだろ?」
「そうだな、そうなるだろう」
「なら、俺はお飾りの皇帝だが……ウチのローガルド帝国人達でチーム組ませて、お前らんところ全部をごぼう抜きにしてやるぜ!」
ニヤリと笑ってそう言うと、王と女王は、同じように不敵に笑う。
「ほう、言ったな、魔王。エルフの代表として、受けて立とうではないか!」
「アーリシア王国の王としても、負けてられぬな。人間にも、人間以外の種族にも、我が国の者達の強さを知らしめよう」
「よっしゃ、勝負だな!」
俺は、自分自身のことを一国を治める皇帝だなんて、全く思えていないが……こういう『遊び』ならば、話は別だ。
皇帝たる俺が直々に鍛えに鍛えて、我が国の名を世界に知らしめようではないか!
◇ ◇ ◇
「いいね、おにーさん! さっきの競技会の話……とても良いものだと思う!」
王達との会談を終え、帰路に就く俺の横で、少し興奮したような様子を見せるネル。
あの後、幾つか雑談を交えながら話は進み、一時間程で会談は終わった。
俺は暇人も暇人だが、あの二人はそんなことないだろうしな。
結局何をやるのか、という点については、これから他の王も交えて話すということで、特にこういうのはフィナルがいた方が話が先に進むので、また後日ということになった。
とりあえず方向性だけ決まった感じである。
のんびりしていると、開催が数年先、ということになる可能性があるので、一か月後くらいにローガルド帝国で王達の会議をやるつもりだそうだ。
そして、この機会に、そういう顔合わせの会議が一定間隔で行えるようになれば、とも考えているようだ。
つまりは、国際会議である。
着々と、種族全体で前に進む枠組みが出来始めているようで、ワクワクする。
当然、色々と問題も起こるだろうが……ま、それを乗り越えて行ってこそ、世界には先があるのだろう。
この競技会に関しては、俺も超やる気が出ているので、全面的に協力するつもりだ。
今後しばらくは、恐らくそっちに掛かり切りに――いや、待て、その前に一回、医者をウチに連れて来ないとな。
レフィの件で、だ。
今は、里に行った際に関連する書物を持って帰り、そっちの知識を急速に高めているレイラが見てくれているが、それでもいつまでも任せ切りにする訳にはいかない。
俺の方でも、そのためにやっていることはあり、そちらも結構進んでいるので……競技会の件も合わせて、今後しばらく忙しくなりそうだ。
「あぁ、先がすげぇ楽しみになる話だよな。俺も、こういうのは良いと思う。こういう形で、種族の交流と相互理解が進めば、世界全体で一歩前に前進出来ると思うんだよな。時代を一つ先へ進めるために、こういう競技会は、重要なものだと思うんだ」
俺の言葉に、ネルは嬉しそうな顔をし、こちらを見る。
「? 何だ?」
「んーん、何でも。おにーさんって、実はインテリだよねって思って」
「実はってなんだ、実はって。俺は外見からして、知性が滲み出てるだろう?」
「え、いや、外見はおバカな感じが滲み出てるけど」
「ネルさん、それなかなか酷い悪口ですね?」
「あはは、ごめん」
笑うネル。
「……まあ、真面目に言うと、俺は別に、頭良くないぞ。インテリなんて程遠い。よっぽどイルーナの方が賢いな」
俺は、ただ、知ってるだけだ。
それを活用出来るような知能も、経験もない。
「でも、おにーさんは結構頭の回転が速い方だと思うよ? 機転が利くっていうのは、確実にあると思うな。おにーさん、そういうところ、自己評価低いけど」
「そうか? 俺、色んなもので失敗しまくりだけど。機転が利くなら、もっと上手くやるんじゃないか?」
「あー、まあ、確かにおにーさんが調子に乗って失敗するのは、もう様式美だね」
「様式美言うな」
俺の抗議にクスリと笑い、可愛い我が妻は言葉を続ける。
「そこは気を付けて欲しいと、妻の一人としては思うけどねー。ただ、おにーさんはそうやっていっぱい失敗するけど、一度した失敗は繰り返してないと思うんだ。学んで、経験を生かして、次を気を付けてると思う。その姿勢は僕、結構良いと思うよ?」
「……そうか」
子供を褒める親のような、母性溢れる表情に、俺は何にも言えなくなり、ただそれだけを返す。
「……ね、おにーさん。今日は、暇?」
「ん、あぁ。この後は何にもないぞ」
「そう。それなら……二人で、えっと、この後遊ばない? その、僕は今日一日、おにーさんの接待係になってて……つまり、陛下が気を遣ってくださって、もう仕事がないんだ。それで、久しぶりに二人だけ、だからさ」
少しはにかみながらそう言うネルの顔を、俺は見る。
「ネル」
「な、何?」
「お前は何でそんなに可愛いんだ?」
「えっ、な、何さ、急に……」
「いや、俺の嫁さんが可愛過ぎて、倒れるかと思った。この感情を今、大声で叫びたい気分だ」
「やめてね」
ネルは苦笑を溢し、そして、俺の手を取る。
キュッと指を絡め、手を繋ぐ。
「じゃ、いいんだね?」
「当たり前だ。お前にそう言われたのなら、たとえ今戦争が勃発するって言われても、無視してお前とデートする」
「それは僕の方が無視出来ないけどね」
そうしてその後、俺はネルと共に、街を散策し、二人の時間を過ごす。
ちなみにこの時、リルのことを忘れて完全に放置しており、後程「あの、ずっと待っていたのですが……」と苦笑する我がペットに、二人で平謝りした。
ペットに謝る飼い主、という構図がそうおかしくない辺りが、やっぱり我が家って感じである。




