初エンカウントは覇龍
「へぇ、なかなか便利だな、この能力」
シェルミ草:薬草としての効能大。魔力を多く含む。
木の根っこ辺りに生えていた綺麗な花へ視線を集中させると、その者の詳細がポンと頭の中に浮かび上がる。
これが『分析』スキルの効果か。
分析はどうやら、俺の邪気眼っぽい左眼のおかげでゲット出来たスキルらしいのだが、ただの中二要素じゃなかったんやなって。やったね。
バクテングダケ:食べると爆発する。
おう、物騒なモン生えてますね。
ここまで目につく物は分析を発動して確認してきたが、異世界というだけあってか、なかなか面白いものが多い。
食糧になりそうな野草やフルーツも見つけたので、とりあえずDPに頼らない食い物は確保出来そうだ。
当初の目的だった周辺の地理確認に関しては、途中からもう気にしなくなった。
その理由は、ダンジョン外に出たことがきっかけだったのか、メニューの新たな機能、『マップ』が追加されていたからだ。
いや、マジメニューさん万能説。
視界に捉えた範囲の地理情報が更新されるという仕様らしく、俺はただフラフラして景色を堪能しているだけでマップが完成していくのだ。
敵の存在に関しては、今はダンジョン内に侵入してきた敵を感知することだけが可能のようだが、しかしこれもDPで機能の拡張が可能らしく、マップに現れた敵性存在を全て表示することが出来るようになるみたいだ。
今はまだDPが足りないが、かなり使えそうな機能だし、これも追々拡張することにしよう。
そうして辺りを探索した後、まあ、あんまり遠くまで行くともしもの時が怖いので、今日はこれぐらいにしておこうと考え、俺は踵を返した。
――ソイツは、突然現れた。
最初は、ただのでかい鳥かと思った。
遠くで羽ばたくような音が聞こえ、思わずそちらへと視線を向けると、何か大きなものが空を飛んでいる。
「何かいるな」と思ったと同時、ソイツは唐突に空から急激に滑空し、地面スレスレで減速。そして、ふわりと優雅に地面に降り立った。
「うわっ――」
羽ばたきの風圧が全身を襲い、思わず眼をつむる。
風がやみ、恐る恐ると眼を開けたその時、そこにいたのは鳥ではなく―――銀色の綺麗な鱗を持つ、流麗なフォルムの、巨大なドラゴン。
名:レフィシオス
種族:古代龍
クラス:覇龍
レベル:987
称号:覇龍
……は?
オイ。
オイオイオイ、え、ふざけてんのか。
ちょ、え、待てよおい。いや、待ってくださいよマジで。
前世とは違ってこっちの方が過酷な世界なんだろうなとは思っていたし、魔物と遭遇する可能性は覚悟してたけど、初のエンカウントがドラゴンて想定外過ぎるぞ。
しかもただのドラゴンじゃなくて種族が明らかに強そうな『古代龍』な上、クラスが『覇龍』なんすけど。どういうことだよ。クソゲーってレベルじゃねーぞ。
それに加えてレベルが987っておま、何そのカンスト間近!みたいなレベル。俺の987倍じゃねぇか。いや、そりゃそうか。俺レベル1だし。
能力値に限ってはレベル差があり過ぎるせいか、読み取ることが出来ない。
……お、落ち着け、俺。焦るな、焦るとロクなことにならないってばっちゃが言ってた。俺にばっちゃいねーけど。
もしかすると、インフレしたネトゲみたいに、レベルが基本的にかなり高いという可能性も有り得る。だとしても脅威なのには変わりないが、そう考えればまだ余裕が持てる。
と思って、クラスの方は何故か分析スキルで確認出来なかったので、同じ名前の称号の方を確認すると、その詳細が表示される。
覇龍:世に覇を打ち立てた最強の龍族。ステータス補正絶大、『覇者の威圧』取得。ユニーククラス『覇龍』取得。
うん、そっすよね。
どう見てもこの世界のてっぺん辺りに位置する生き物ですよね。知ってた。クソッタレ。
……なるほど理解した。おかしいとは思っていたのだ。
この周辺、分析スキルがあるとはいえ、素人の俺が少し探しただけでそこかしこに食べられる山菜が生えているのにもかかわらず、全くと言っていい程生物の気配がしなかった。
周囲には魔物も棲息していると知識を与えられていただけに、正直拍子抜けの部分もあったぐらいだ。
恐らく彼らは理解していたのだろう。自分達よりも圧倒的に格上の存在が、ここには住んでいると。
そりゃ、こんな超生物染みた化けモンがいたら、皆逃げていくわな。
俺がそのあまりの迫力と荘厳さに圧倒され、思わず絶句して固まっていると、ドラゴンはこちらを見ながら口を開き――。
『お主……魔族、それも高位魔族か?』
そう、話し掛けてきた。
「――――」
キエエエエエエエ、シャベッタアアアアアアアア!!
思わずそう叫びそうになった俺は慌てて口を押さえ、バレないように深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、声が引き攣りそうになるのを堪えて冷静を装い答える。
「……あ、あぁ。高位かは知らんが魔族ではあるらしい」
種族がアークデーモンだからな。魔族なのは間違いない。
ちなみにこの異世界も例に漏れず、人間以外にお馴染みエルフやドワーフなどの亜人族、ケモ耳尻尾の生えた獣人族、そして俺のような魔族がいる。
その内ケモ耳をモフモフしたい。エルフの耳を齧って赤面させたい。
……落ち着け、思考が現実逃避気味になってるぞ。
『? 珍妙な言い方じゃの。まあいい、それより高位魔族がこんなところで何をしている?』
どうでもいいが、思っていたより綺麗な声をしている。
何となく感じからして、雌なのだろうか。
ドラゴンは警戒心剥き出しの様子でこちらを見ながら、そう問い掛けて来た。
「な、何をっつわれても……探険?」
『……おかしな魔族じゃの』
龍の声音に、若干呆れの色が混ざるが、今のところ襲い掛かって来そうな雰囲気は無い。
……もしかして、あれか?この世界の魔族はあんまり周囲と敵対していないのか?
思ったよりも冷静に言葉を返され、そんな考えが脳裏に浮かぶ。
実は、ダンジョン産の記憶ではその辺りのことはわからなかったのだ。
一応、野生生物である魔物と、一定の知能を持つ人間とか亜人とかとの区別は付いているようだが、ダンジョンからの観点ではそれらはどちらにしても皆、前に述べたように自身を殺しに来る悪魔的存在としか認識しておらず、それ以外の知識がほとんどなかったのだ。
てっきり、前世の勝手な知識から魔族は敵認定されているんだとばかり思っていたんだが……。
……これは、もしかすると見逃してくれ―――。
『……まあ良い。どちらにしろここは儂の縄張り。侵入してきたのならば撃滅するまで』
全然そんなことはなかったでござる。
俺の淡い希望が簡単に打ち砕かれると同時に、ケンカすらロクにしたことのない俺でもわかる程の充満な殺気が周囲に満ち始める。
頬に、冷や汗が浮かぶ。
マズい。
率直に言って非常にマズい。
一応、魔物と遭遇した時のことも考えてはあったが、初っ端からドラゴン戦は流石に想定外だ。
どうする?どうすればいい?
普段ゲームの攻略知識を頭に入れるぐらいしか使わない脳味噌をフル回転させ、状況の打開策を模索していると―――この身体になったおかげか、人間の頃と比べてかなり鋭敏になったように感じる五感の一つ、嗅覚が、ふとドラゴンの口から漂って来る、甘い香りを捉える。
―――この匂いは……ッ!
「―――待て!!」
臨戦態勢に入り、こちらへと襲い掛かろうとしていたドラゴンへ、バッと掌を向ける。
『……なんじゃ?』
出鼻を挫かれた様子のドラゴンは、一応話を聞いてはくれるらしい。動きを止める。
よかった、問答無用とか言って殺しに来なくて。
「俺は、アンタと戦えるような力は無い。でも死にたくもない。……そこで、取引をしよう」
『ほう?取り引きじゃと?』
「そうだ。お前、甘いモノ好きだろ」
そう言うとドラゴンは、面白いぐらいに狼狽える。
『ッ、な、なんのことかわからんな。わ、儂は別に、昼飯がてらに蜂の巣を襲ったりなどしておらんぞ!』
あ、コイツ、嘘吐けないタイプだ。
つか、何で狼狽えてるんだ?このドラゴン。別に甘い物好きなら好きで堂々としてりゃいいのに。
「いや、口からはちみつの匂いがぷんぷんしてるぞ。そりゃもうどこかの赤いシャツを着た黄色いクマの如く」
『そ、そんなクマがおるのか……?』
「おるんですよ。―――で、だ。そんな甘味好きのアナタにぴったり!オススメしたい商品が、これだ」
そう言って俺が、出現させた虚空の裂け目、アイテムボックスから取り出したのは――板チョコ。
実はこれ、一応の保存食として、玉座の間を出る前ちょっとした装備を整えていた時に、一緒にDPと交換して持って来ていたのだ。
チョコレートは腹持ちがいいからな。こういう登山の時とかには優れているって何かで聞いた。
『な、なんじゃそれは……?なかなか良い香りがしておるが……』
「これはチョコレートという菓子だ。とりあえず一個食ってみろ」
そう言って俺が、板チョコの銀紙を破いてドラゴンの口に向かって放ると、ドラゴンは器用にキャッチしてそのままパクリと食べる。
『―――ッ!!なんたるまろやかな甘さ……ッ!!こ、これ程の甘味が世にあったとは……ッ!!』
雷に打たれたかのような驚愕の表情を浮かべ、カッと目を見開くドラゴン。
……どうでもいいがコイツ、ドラゴンのくせにエラく表情豊かだな。
なんか最初はすんげー威厳があったくせに、チョコでこんな喜んでいる様子を見て一瞬気が抜けてしまったが……ただ圧倒的という言葉を三回通り越したぐらいのステータス格差があるのは間違いないし、このドラゴンがその気になれば俺なんて文字通り掠っただけで死んじゃうので、意識して緊張感を忘れずに交渉を続ける。
「さて、ここからが本題だ。俺はこの菓子を作り出すことが出来る。そして恐らくだが、この世界でこの菓子を作れるのは俺だけだ。見たこと無いだろう?これ」
『う、うむ、そうじゃな。初めて見た』
この世界に俺のようなヤツが他にもいるんなら話は別だがな。
そうだとしても、それが圧倒的少数だというのは間違いない。
ましてや、異世界人でダンジョンマスターである魔王になってるヤツなんて皆無に等しいだろう。
「つまり、俺をこのまま殺してしまうとこのチョコを食べることは二度と出来ない。だが俺をここで見逃せば、アンタは好きな時にやって来て好きな時にチョコを食うことが出来る」
DPは掛かるようになるが、まあそれでもこの場でかみ殺されたりするよかマシだろう。
それに、この周辺の生物は一様にしてこのドラゴンを怖がっているようだし、コイツがうちのダンジョンにチョコ食いたさに訪れるようになれば、魔物避けにもなるかもしれない。あくまで予想だが。
「俺が掲示する条件は二つ。俺を殺さないこと。それとあっちの、ちょっとここから見えてる洞窟、あれ俺の住処なんだけど、それを認めることだ」
『……むうぅぅ』
葛藤した表情を浮かべ、悩むドラゴン。
心揺れてくれているようだ。
これは、いけそうか……?
「別にそんな難しいことは言ってないだろ?お前は俺を見逃すだけでこれを食べることが出来る。俺は死にたくないからそれで助かる。お互いwin-winだ」
『うぃん……何じゃて?』
「お互い得をするってことだ。どうだ?」
するとドラゴンはジイッと俺を眺め、何度か口を開いたり閉じたりしてから、やがて決心したようで言葉を放った。
『……まあ良いだろう。あいわかった。お主のことは見逃してやろう』
よっしゃぁ!
と、思わずガッツポーズを取りそうになったが、まだ話は終わってないので気分を落ち着かせる。
『その代わり、ワシにもっとちょこれーととやらを食わせてくれるんだろうな?』
「あぁ。流石に大量には無理だけどな。お前の図体はデカいからな。満足させられるだけってのは無理がある」
『……確かにそうだな。ふむ、わかった』
そう言ってドラゴンは一つ頷くと、突然その身体が発光し始め――。
――やがて輝きが消えた頃、そこには一人の銀髪の少女が立っていた。
「……え?」
見惚れるような美しい銀髪を持つ、まるで職人の手により精巧に造り上げられた人形のような美少女。
外見的には十三か十四、といったところ。
ただ――人間と決定的に違うのは、頭から伸びる二本の美しい角と、腰の辺りから生えている長い尻尾があることだ。
……コイツ、やっぱり雌だったのか。
「どうした?そんなゴブリンのようなマヌケな顔して」
「……あ、い、いや……お前そんな姿にもなれたんだな」
「儂も長く生きとるからな。人化の術ぐらい覚えるわ。この姿だったらそんなに食わなくとも済むしのう」
分析では、種族名が『古代龍』のままになっている。
……なるほど、この世界じゃそんなことも出来るのか……。
「ほれ、魔族、約束じゃ!もっとちょこれーとをよこさんかい!」
駄々っ子の如く両腕を上に振り上げてそう言うドラゴン少女。
もはや威厳もへったくれもあったもんじゃない。
「ちょ、ちょっと待て、とりあえずこれを着ろ」
そう言って俺は、上のTシャツを脱いでドラゴンへと放り投げる。
「ん?何じゃ?お主の肌着か?」
「その恰好はこっちには目に毒だ」
少女に変身したドラゴンは、全裸だった。
まあ、そりゃそうだよな。ドラゴン形態の時服なんて着てなかったもんな。
外見的には、妹って言えるぐらいの背丈だし、身体の起伏も乏しいから大丈夫だったが、もう少し成長した姿だったらヤバかったかもしれない。
何がとは言わないが、きっと俺の色んな部分が反応してしまったことだろう。
するとドラゴンは、見た目は少女でも本人が長く生きていると言うだけあって、どこか妖艶な仕草でこちらを挑発するようにニヤッと笑みを浮かべる。
「まあ、そう言うならいいじゃろう。儂の艶姿に欲情して、どこかの誰かに襲い掛かられてもたまらんしの。その代わり、儂にさっきの茶色いのを――」
「わかったわかった!食わせてやるから早く着ろ!」