女王の訪問
ナフォラーゼは、即座に礼をしようとするネルとカロッタを止め、護衛と思われる三名のエルフ兵を引き連れたまま、二人の下へとやってくる。
「久しいのぉ、ヌシら。いやはや、やはり大したものであるな。ヌシら程戦える者が、余の部隊に果たしてどれ程いるか。ヌシら、ウチに来ぬか?」
「フフ、お誘いありがとうございます。ですが、僕達はこの国に忠誠を誓っていますから」
「女王陛下にお誘いいただいたこと、誠に光栄であります。ただ、ネルの言う通り、我々は祖国に忠誠を誓っております。平にご容赦を」
「そうか? 残念であるのう。仕方あるまい、ウチので我慢するとしよう」
互いに冗談だとわかっているので、軽い笑みと共にそう言葉を交わす。
以前のあの大戦にて、ネルとカロッタはエルフの里へと向かい、そしてエルフの者達を大々的に助けた過去がある。
特にネルは、敵の大将と一騎打ちを行って退かせた上に、その際に重傷を負ったナフォラーゼを治療したため――正しくは、過保護なユキに大量に持たされていた上級ポーションの一本を譲ったのだが――、エルフ達の彼女に対する親愛の情は、なかなかに大きいものであった。
その出来事は、エルフ達の人間に対する好感度を、少なからず上げていた。
「ヌシらも、励めよ」
『ハ、ハハッ』
実際、エルフ女王ナフォラーゼは、現在のエルフ達の中で最も実力のある者であり、ネルとカロッタと比べても同じだけの実力は有しているため、劣っているのは護衛であるはずの三人のエルフ兵達である。
精鋭であることは間違いなく、十分に実力はあるのだが……という感じで、そのことを本人達も理解しているので、苦笑いを溢す。
「勇者よ、あの魔王は息災かや?」
「はい、変わらず毎日好きに生きて、好きなことをしていますよ。つい先日も、『見てろよ、草原よ。お前を草原ではなく、大自然に変えてやる!』などと言って、森や川を作っていました」
「……そうか。相変わらず、と言えるのかはわからぬが、まあ元気そうで何よりであるの」
「……随分と壮大なことをしているが、あの男はいつもそんなことをしているのか?」
「そうですね、彼は作るのが大好きなんです。武器とかも作りますが、家を建てたり、庭を作ったり、木を生やしたり、子供達用の遊び場を作ったり、もう本当に何でも作りますね」
自身の旦那のことを、それはもう嬉しそうにニコニコと語るネルの姿を見て、とりあえず夫婦仲は良いらしいと、カロッタとナフォラーゼは揃って苦笑を溢す。
と、ネルが問い掛ける。
「彼に何か、御用でしょうか? 伝えられることならば、僕から伝えておきますが……」
「うむ、まあ少しはあるのう。まだ計画段階で、ヌシらの王とその話をするため、余もこちらに来たのであるが……」
ナフォラーゼは、言った。
「――他種族合同で、一つ大きな祭でも行おうかと思うての」
◇ ◇ ◇
「――もー、最悪じゃあ、最悪ー! 最後の一個じゃったのにー!」
「いてっ、いてっ、悪かった、悪かったよ! けどお前が、いつまで経っても食べてないから、もうお腹いっぱいなんだと思ったんだよ!」
「ちょっと置いておっただけじゃ! 美味しく! 味わおうと! 楽しみに思うてたのに!」
「悪かったって、ったく、どら焼き一個取ったくらいで面倒臭いな!」
「面倒臭い!? このっ、人の楽しみを奪っておいて、何たる言い種! 反省せい! 邪悪! 邪悪の権化!」
「そう、我こそが邪悪の権化、魔王ユキ! フハハハ、残念だったな、我が妻レフィシオス!」
「お主の方が倍面倒臭いわっ!!」
と、俺達がそんな感じで言い合っていると、リューが呆れた様子で口を開く。
「もー、二人とも、それくらいにするっすよー。ほら、レフィ、ウチのあげるっすから」
「むっ……! 良いのか!?」
「もうお腹いっぱいで、どうしようかなって思ってたところっすから」
「リュー……! お主は最高の家族じゃ! 次は儂が……菓子を譲ることはないかもしれぬが、精神的にその内何か返そう!」
「精神的になんだな」
「お主は黙っておれ! この邪悪夫!」
「そう、我こそが邪悪の権化――」
「二度言うな、二度!」
俺達の様子を見て、楽しそうに笑う幼女組。
「おねえちゃんは、お菓子のこととなると、いつも本気だねぇ」
「おねえちゃん、おかしだいすきさんだネ~」
「……レイラが作ってくれるお菓子、美味しいから仕方ない」
「童女ども、良いことを教えてやろう。大人でも、好きなものは好きなのじゃ! 人生を豊かにするためには、好物や趣味を持つことじゃの」
無駄に偉そうなレフィの次に、レイラが口を開く。
「フフ、皆さんがいっぱい食べてくれるから、作り甲斐がありますねー」
「それにしても、レイラの腕は、どこまで伸びるんすかねぇ。このどら焼き一つ取っても、もうヤバヤバっすから」
「ヤバヤバだよな。レイラなら菓子職人にもなれそうだ」
「菓子職人……! 何と素晴らしい響きじゃ。えー、レイラよ。菓子というものは、まこと奥が深く、お主の好奇心も満たせるじゃろう。どうじゃ、やる気が出て来たか?」
「変な圧力をレイラに掛けんな」
そんな感じでのんびりやっていた時、通信玉・改が光る。
これに変化がある時は、相手が誰であれ大事な連絡の場合が多いので、すぐに魔力を込めて起動し――すると、声が聞こえてくる。
『あっ、繋がった。おにーさん、聞こえてる?』
相手は、ネルだった。
「おう、聞こえてるぞ、ネル。どうした、何かあったのか?」
『緊急事態とかでは全然ないから、それは全然大丈夫だよ。えっとね、時間があるなら、近い内に王都の方に来てほしいんだけど……どうかな?』
「ん、了解。急ぎか?」
『今すぐって訳じゃないけど、早めに来てくれると嬉しいかも』
「それなら、明日の午前中にそっちに行こう。それで大丈夫か?」
『うんわかった、明日の午前中ね! ありがとう』
「ん、気にすんな。国王が呼んでるのか?」
『陛下もそうだけど、今、ナフォラーゼ様が僕達の国に来てて。おにーさんとも協議したいことがあるみたい』
ナフォラーゼというと……エルフの女王様だったな。
となると、他種族の交流の関係で、何か進展があったのか?