暇な一日
「レフィ」
「何じゃ」
「究極的に暇だから、何かモノマネしろ」
「おっと、来たな。我が旦那の、唐突な無茶ぶりしりーず。しかし、儂は出来る妻。旦那の無茶ぶりにも完璧に対応してみせようではないか」
「おっ、いいね。いつもよりやる気ではないか、我が妻レフィよ。よし、是非ともやって見せよ」
「うむ、とくと見よ! ――いきり立つ貝柱!」
「ぶっ」
レフィがモノマネを開始する前に、その題だけで俺は、笑ってしまっていた。
この時点で、俺の負けである。
「や、やるな、お前……いつの間に、そんなに強くなったんだ。本当に、見違えるようだぜ」
「フッ、何を言うか。妻とは進化してこそ、妻なのじゃ。お主はどうじゃ? 夫として、進化出来ておるか?」
「……そう言われたら、俺の実力を見せるしかないな! こちらの番だ、見ていろ、レフィ! ――生焼けの肉!」
俺は、生焼けの肉のモノマネをする。
「…………」
「…………」
レフィは、とても残念そうな顔をしていた。
「……何か言ったらどうだ?」
「我が夫はぎゃぐせんすが無いんじゃな」
「バカ言え、世が世なら、今頃俺は芸人として一世を風靡し、ドッカンバッコン売れて、大スターになっているはずだ」
「残念じゃが、そのような世は、世界広しと言えど、どこにも存在しておらんの」
何たることだ。
俺という才能の塊を受け入れられる世界は、存在していないというのか。
そう、一通りの冗談を言い合った後、再び俺はレフィへと言った。
「レフィ」
「何じゃ」
「マジで暇。何かないか、何か。将棋でもいいが……他のがいいな」
「そう言われると、困るのう。確かに暇じゃが……うーむ」
特に思い付かず、悩む俺とレフィ。
「ウチの子らは、よくまあ、毎日あれだけ楽しんで、一日一日を謳歌出来るよな。幼女組が暇してるところなんて、俺一度も見たことないぞ」
「そういう面は、大人よりも子供の方が、優秀なんじゃろうの。大人は、最初に頭で『暇を潰す』という行為を考えてしまうんじゃろうな」
「こんな風に議論しちまうしな。そうだな、大人はもっと、子供の純真さを学ぶべきだな」
「お主は十分子供っぽい――おっと、十分純真じゃから、今以上に学ぶことはないような気もするがの」
「今、何か誹謗中傷が聞こえた気がするんですが、気のせいですかね?」
「気のせいじゃ。それより……そうじゃな、では童女どもを見習って、今日は鬼ごっこでもしてみるか?」
「俺に絶対勝ち目ねぇじゃねぇか」
肉体を用いる遊びで、お前に勝てる訳ないだろ。
ただでさえ、もうお前に勝てるスポーツもほとんど無くなってるっつーのに。
ちなみに、今でもギリギリ俺が勝てるのは、卓球とバドミントンだ。
この二つの競技、力を込め過ぎると玉があらぬ方向へ飛んでいくので、圧倒的な力を有するが故に微妙な力の調整が苦手なレフィは、比較的不得意としているのだ。
つっても、幼女達と一緒に遊ぶようになり、全力で手加減を覚えたので、その弱点も改善されて来てるんだがな。
……そして、種族進化の影響で、逆に俺の方が力加減が下手になりつつあるので、俺とレフィにあるそういう差も、埋まりつつある。
この前も、皿をゴシゴシこすってたら力を込め過ぎてしまい、握り割っちまったし。
このままだと、我が家の不器用選手権ナンバーワンが、俺になりそうな可能性があるので、少々焦っている。
俺も、当たり前のように出来ていたはずの手加減の練習をしないとな……。
あと、不器用選手権にはリューとシィもエントリーしている。
俺達と比べたら全然マシなので、何も問題はないのだが。
逆に、最も器用選手権は、ネルかレイラだな。
イルーナとエンも器用組だが、流石に大人組のあの二人には敵わない。
エンなんかは『斬る』方向では他の追随を許さないが、それこそ達人級だが、些か限定的過ぎるし。
「では、儂が必ず手加減して、最後には負けるとしよう。それでどうじゃ」
「それ、俺はともかく、お前は楽しいのか?」
「楽しいぞ。旦那を立てるのは、妻の役目じゃしの」
「……よし、じゃあそれでいこう」
俺達は、草原エリアへと場所を移動する。
◇ ◇ ◇
「ハァ、ハァ……!」
逃げる。
息を荒らげ、膨大な汗を流し、肉体を限界まで行使し、迫り来る恐怖から逃げる。
自らの荒い息と、悲鳴をあげ、バクバクと鳴り響く心臓がうるさい。
「――いったい、どこへ行くんじゃ? ん? 儂から逃げられると思うておるのか?」
背後から聞こえてくるのは、具現化された、死の足音。
覇龍レフィシオス。
「クッ、世界に怠惰と堕落をもたらし、破滅へと導く災厄めっ……! 三食昼寝に、おやつ付きでは飽き足らず、旦那を尻に敷き、こき使う悪の化身……っ!」
「……食らえ、妻の割と本気きっく!」
「おわあっ! おまっ、危ねぇなっ!?」
蹴り飛ばす、というか、引っ掛けて蹴り投げる、といった感じで空中に吹き飛ばされた俺は、慌てて背中に三対の翼を出現させ、滞空する。
足を当ててから蹴り上げられた感じなので、別に痛くはなかったのだが、数十メートルの高さまで軽々と飛ばされ、普通にビビった。
「お、おい、鬼ごっこじゃなかったのか!?」
「予定変更じゃ! 悪いことを言う旦那は、成敗してやらねばな! ぬははは、食らえ、空中すりーぱーほーるど!」
「ぬがあああっ!」
「からの、空中こぶらついすと!」
「ぐぎぃぃぃっ!」
「そしてさらに、空中ぱいるどらいばー!」
「ぬわあああっ!?」
同じように翼を出現させ、一瞬で俺のところまで飛び上がってきたレフィは、完璧に組んで、流れるように技を行っていく。
空中なので叩き付けるリングはないが、急降下、急上昇でかなり怖い。
あと、締め技は空中とか関係ないので、普通に超痛い。骨がミシミシ言って、折れそう。
「どうじゃ、観念したか? ん?」
「ぐぐぐっ……!! ハッ、舐めるな、ゴングが鳴らされた以上、戦いはまだまだこれからだぜ、レフィ! まだ、こっちの技を見せていないのにそれは、気が早すぎるってもんだ!」
「ほう、よう言った! ならばその心意気を買って、比較的手加減は抑えめにしてやろう!」
「え、それはちょっと――ぬがあああっ!」
それから、レフィにおもちゃにされ続ける俺。
なお、当然ながらこの世界にプロレスは存在しておらず、全て俺から伝授された技なので、大体自業自得である。
まあ、何だかんだ暇を潰せたし、楽しかったので良しとしよう。