四人目の妻
ちょっとタイミングが遅くなっちゃったけども。
「ユキさん、今、よろしいでしょうかー?」
「? あぁ、勿論だ。どうした?」
俺は、読んでいた本を閉じる。
「いえ……その……何と言いますかー。特に何かがある訳ではないのですがー……」
少し気恥ずかしそうな様子で言葉を濁しながら、俺の隣に腰を下ろす。
そして、何だか慣れていないような顔で俺にしなだれかかり、次に俺の膝の上に寝っ転がる。
……どうしたんだ?
どうやら落ち着かないようで、ちょっとすると身体を起こし、俺の手を取ったりする。
細く長い、美しい指。
キュッと軽く握ってやると、レイラはピクン、と身体を動かし、そしておずおずと握り返してくる。
照れたような相貌。赤い頬。
「おう、レイラさんや。何だか落ち着かない様子ですね?」
「いえ、その……私も、ユキさんの妻の一人、に、させてもらった訳じゃないですかー」
「ん、あ、あぁ……お前が、なってくれたんだけどな」
恥ずかしそうに、すごい照れながらそう言う彼女に、俺もまた気恥ずかしさが込み上げてくる。
とうとう、レイラとも……その、関係を持った。
四人目の、妻である。
……嫁さん四人とか、我ながらなかなかやるものだと思う。
超ハーレムだ。フハハハ。いったい今後、俺はどれだけ肩身が狭くなってしまうのか。
「だから……あまり、こういうのは慣れていないのですが、これから積極的に甘えていこうかと思いましてー。あまり慣れていないので、上手く甘えられているのか、ちょっとわからないのですがー」
「はは、あぁ、なるほど」
そうか、『甘える』、という行為を念頭に置いていたせいで、こんな挙動不審気味になっているのか。
普段二人でいたりしても、全然普通にしているのにな。
思わず少し笑ってしまうと、レイラは不満を示すために、唇を少し尖らせてみせる。
レイラも、こういう顔を見せることが本当に増えた。
いつも冷静な顔をしているレイラさんが、こうやって照れたような顔をしているの、最高に可愛いと思います。
ギャップ萌え、良いと思います。
「もー、私は本当に悩んでいるんですよー?」
「いや、すまん。如何にもお前らしい悩みだなって思ってさ」
そこを悩む辺りが、レイラさんらしいというものだ。
「……私は、他の皆さんと違って、可愛げのない女ですからー。そういう面で上手くやれているのか、ちょっと不安だというのは、ありましてー」
正直に自分の思いを話してくれる彼女に、俺は笑みを浮かべ、答える。
「お前は自分を可愛げがないって言うけどな。俺は一度もお前がそうだって思ったことはないぞ。すげー可愛いな、と思ったことは数あれど」
「……ユキさんは、すぐそうやって私達を口説くんですからー」
そう言って彼女は、指を絡ませたまま、再び俺にしなだれかかる。
最終的に、彼女にとってこの恰好が落ち着くようだ。
「俺は正直者だからな、思ったことはすぐ口から出ちまうのさ」
「まあ、嘘を吐けない人であるというのは、その通りかもしれませんねー」
「……意味合いは同じはずなのに、嘘を吐けない人って言うと、なんかちょっと情けない感じに聞こえるのは何故なんだろうな」
「フフ、安心してください、私はあなたが情けない人だと思ったことは、今まで一度もありませんからー」
「ホントか~?」
「勿論ですよー。変な人、と思ったことはそれなりにありますがー」
「正直に言ってくれて嬉しいね、絆の深まりが感じられて」
「でしょうー? これからは私も、この迷宮の住人らしく、自分の心に正直に生きていこうと決めてましてー。だからユキさん、覚悟してくださいねー?」
「おう、良いことだが、お手柔らかに頼むよ」
そんな風に冗談を交わし、二人同時に笑う。
「と、そうだ、レイラ。これは聞かなきゃって思ってたことなんだが……羊角の一族には、式をあげるっていう風習はないのか?」
「式というと、リューが行ったような婚姻の儀、ですねー?」
「あぁ。そういうの」
レイラは、首を横に振る。
「私達の一族には、そういうものはありませんー。女ばかりで、他の種族の男性と関係を結んで子を成すことが多い故、『血族』という考え方が、恐らく私達は微妙に薄いんですよー。なので、恐らくそういう身内とするための儀式が発展しなかったんだと思いますー」
……なるほどな。
レイラの一族は、男が生まれることが極端に少ないという。
となると、必然的にどんどん他の種族の血を入れていく必要があり、自然と『血族』という在り方も、重要視されなくなるのかもしれない。
実際あの里に行った際、あそこ全体で一つの『家』、みたいな雰囲気が確かにあり、個々の家族というものは、そんなに重要視されていなかったように思う。
まあ、彼女らの場合、そういうものよりも知識があるかどうかの方が大事だろうしな。
「というか、正直なところ、そういうのがある方が珍しいと思いますよー? 大体ネルのところと同じように、本人同士で納得したのならば、あとは親族に顔合わせをして、ってくらいでしょうからー」
「そうなのか?」
「えぇ、我が家はユキさんのおかげで裕福……本当に裕福ですが、そういう儀式をやるとなると、かなりの金銭が必要となりますしねー。リューは一族を呼んでしっかりと婚姻の儀を行いましたが、実際のところあの子、お嬢様ですからー」
アイツ、あれでも族長の娘だもんな。
「そうか……そうなのかもな。前世だと、結婚式を行うことで夫婦、って見なされてたから、俺の常識はこっちだとちょっとズレてるのかもな」
実際には役所に婚姻届を出して、だろうが、社会的には結婚式を行った後に、夫婦って形に見られていた、ように思う。
前世で結婚したことも、結婚した知り合いもいなかったから、詳しくはわからないけれども。
「ユキさんの世界では、違ったのでー?」
「あぁ。家柄とか関係なく、結婚するなら結婚式はほぼ確実に行われてたぞ。逆にそれをしないっていうのはほとんど聞いたことがないな。……前世はこっちの世界と比べれば、やっぱり圧倒的に裕福だったから、っていうのはあるんだろうが」
「そうなのですかー。……ユキさんの前世の話は、いつ聞いても面白いですねー」
「世界の理からして違うしな」
しかし、そうか。
レイラのところはそういうのがないのか。
んー……。
「ユキさんは、結婚式、したいですかー?」
「ん、そうだな。……いや、正直に言うと、結婚式がしたいというよりは、お前の綺麗な花嫁衣装が見たい。お前は色白で綺麗な肌してるし、その白い髪もすげー綺麗だから、絶対似合うと思うんだ」
レイラは特に肌が白いから、照れて赤くなるとすぐわかるのがね、いいですね。
「……本当に、すぐそういうことを言うんですからー」
「おう、ずっと言いたかったんだ。今なら好きなだけ言っても構わない関係になった訳だからな。嫌か?」
「……その聞き方は、ずるいですよー」
もう、嫁さんなので。
今なら面と向かってこう言っても、セクハラには当たらないので、言い放題である。
今まで抑えていた分、これからいっぱい言ってやるぜ。
「……レフィと、ネルと、リューと、って関係を持ったから、ユキさん、そういう言葉を口にするの、絶対恥ずかしさが薄れてますよねー」
「否定はしないな」
俺が笑うと、彼女はやっぱり気恥ずかしそうな様子で、誤魔化すように言葉を続ける。
「……とりあえず、ユキさんの希望はわかりましたー。なら、その……私が子を授かったら、私達の一族の里で、祝福の儀をやらせていただけませんかー? その時に……私も、ユキさんが希望する花嫁衣裳を、着ますからー」
「ん……わかった。嬉しいわ、そうしよう」
一緒に……他の三人にも着させようか。
……ヤバい、すげー楽しみだ。
と、そこでレイラは、何だか仕返しを思い付いたかのような顔をすると、先程までの気恥ずかしそうな様子とは違い、今度は妖艶な微笑みを浮かべて、間近から俺の顔を覗き込む。
色気のあるその表情を、不意打ちで向けられたことで、俺の心臓がドクンと大きく脈打つ。
「だから、ユキさん……これからいっぱい、私を愛してくださいねー?」
「おっ、おう……勿論だ。……な、何だ、急に押してくるようになったじゃねーか」
「フフ、私とて、やられるだけじゃないんですよー? これだけいっぱい、愛の言葉を囁いてもらったんですからー。妻として、そのお返しはしないとー」
そう言ってレイラは、ツー、と俺の顎下を指で撫で、そのこそばゆい感触に、思わず俺の背中がビクン、と跳ねる。
そして、豊満な胸に俺の腕をガッチリと掻き抱き、強く密着してくる。
ま、マズい……レイラが攻勢に動き出した時は、ウチの面々の中でも、とりわけ攻撃力が高めなんだよな……ウチの嫁さんらの中で、最もスタイルが良く、女性らしい肉付きをしているので。
「あら、ユキさん。どうしたんですかー? 先程までより、随分と心拍が速くなっていますよー」
心臓に手を当て、妖艶な笑みのままそう言うレイラ。
「そ、そんなことありませんよ? 俺は妻が複数人いる、勝ち組なので! 女性の扱いに長けているので!」
「ユキさん、それを自分で言っちゃうのは、ちょっとどうかと思いますし、これでタジタジになっちゃう人は、そんなに扱いには長けていないと思いますよー?」
クッ、落ち着け……ここで主導権を渡してはならない。
ま、巻き返せ、巻き返すのだ。
……よし、今がこの手札の切り時か。
俺は、ぶっちゃけ非常に名残惜しかったが、レイラの胸に固定された腕を引き抜き、彼女と正面から向き合う。
「レイラさん」
「はい、ユキさんー」
「私は、あなたに渡したいものがあります。左手を出してくれますか?」
そう言うと、彼女は何かに気付いたかのような顔となり、内側から滲み出るような、内心が隠せないような、そんな嬉しそうな様子で、俺へと左手を出してくる。
俺は、アイテムボックスを開くと、中からソレを取り出し――ほっそりとしていて、滑らかな彼女の左手の薬指に、嵌める。
それは、指輪。
他の三人と同じく、皆と意匠を揃えたシンプルなシルバーのリングで、ただ十字の真ん中に埋め込んだ宝玉のみ、それぞれで色を変えている。
再び造り始めて、この前、ようやく完成したのだ。
「どのタイミングで渡すか、っていうのは、ずっと見計らってたんだが……」
レイラは、自らの指に嵌められた指輪を前に翳し、色んな角度から眺める。
熱心に、熱い眼差しで。
「レイラ」
「……はい」
「改めて。これから、俺と一緒に、生きてくれ」
俺の言葉に、彼女は。
瞳から零れ出した涙を、指で拭い。
満面の、一点の曇りもない花のような笑みを浮かべ。
「はい!」
そう、返事をしたのだった。