草原エリアの冒険《1》
イルーナは、いつものように一緒にいたシィとエンに言った。
「ねえねえ、おにいちゃんが草原エリア、広くしたんだって! 見に行こうよ!」
「! ぼうけんのかおり!」
「……ワクワクの香り。主なら、絶対何か、ロマンのあるものも一緒に作ってる」
「エン、鋭い! おにいちゃんにちょっと聞いたら、『フフフ……それは、お前達の目で確かめることだ』って言ってたから、何か作ったのは確定だと思う」
イルーナは、シィだけそのまま「シィ」と呼び捨てで呼んでいたが、エンやレイス娘達のことは「ちゃん」付けで呼んでいた。
しかし、大人達が彼女らを呼び捨てで呼ぶようになってからは、彼女もまた幼女組の皆を呼び捨てで呼ぶようになっていた。
「おー! それならきっと、もうすごいのが、できてるんだろうネ! あるじ、こりしょーだから!」
「……ん。間違いない」
ちなみにシィは、『凝り性』の意味を本当に何となくでしか理解していない。
彼女はいつも、結構フワフワとした知識の下に喋っているのである。
満場一致で今日の予定が決定した彼女らは、冒険の準備を始める。
◇ ◇ ◇
動きやすい恰好に着替え、リュックサックを背負った彼女らは、まず旅の仲間――レイス娘達を冒険隊に加えるべく、魔王城へと向かう。
彼女らの名を呼ぶと、城の壁を突き抜け、どこからともなくふよふよと現れるレイ、ルイ、ローの三人姉妹。
それぞれ、「なになに~?」「冒険!? 行くー!」「いい天気だから、楽しいだろうね~。まあ、ここはいつもいい天気だけど」と言葉を溢し、すぐにお気に入りの『冒険用高性能人形』に憑依し、戻ってくる。
関節が人体と大体同じ構造で、五指も有している、かなりのⅮPを使用してユキが特別に用意した人形である。
メンバー六人。
いつもの面々が揃い、幼女冒険隊を発足した彼女らは、意気揚々と歩き出した。
目指すは、新たなる地。
ただ、いつも草原エリアを遊び場にし、ユキの次に隅々までを知っている彼女らは、行くべき場所はすでにわかっており――やがてすぐに、見慣れぬ地へと辿り着く。
それは、外の魔境の森を思わせるような、鬱蒼と生い茂る大森林であった。
あの森をユキがよく知っているため、ヒトによって造られたとは到底思えないような原生林具合であり、普段怖いもの知らずな彼女らでも、少し飲まれるような迫力があった。
古来より、ヒトの手の届かぬ大自然を、ヒトは本能によって恐れる。
実際魔境の森も、魔物が強いから、という理由だけではなく、根源的な恐怖を覚える場所であるが故に、世人からは恐れられているのである。
だから、『魔境』なのだ。
ユキはその特徴をよく捉え、ここに再現していた。
「……行こう! これこそが、わたし達の求めた冒険だよ!」
「う、うん! ……よーし、ぼうけんのかいし!」
「……大丈夫。こんな感じのところ、エンはいつも主と行ってる」
二人を元気づけるように、そう言うエン。
「そっか……そうだね! エンがいれば、百人力だね!」
「……ん。どんと任せて」
「おー、かっこいー!」
勇気を出し、森の中へと彼女らは足を踏み入れる。
ちなみにレイス娘達に関しては、恐怖心なんてものは存在していないので、その様子を不思議そうに上から見ていた。
ただ、鬱蒼と生い茂る森であるが、やはり幼女達の遊び場として意識して造られているからか、要所要所に手は加えられていた。
道なき道に見えて、それとなく歩きやすいような道が一本通っており、それとなく安全になるようにされており、故に恐らくここを進ませたいのだろうと彼女らは判断し、色々と見ながら先へと進んでいく。
森の中は、大自然の宝庫であった。
木々。
草々。
恐らく意図してのものだろう、わざと物陰になっていたり、ちょっとした窪みだったり、そういう場所が非常に多く存在しており、彼女らのワクワクドキドキを増幅させる様相となっていた。
「ねーねー、つぎは、こっちに『だいにきょてん』、つくりたいね! こう、きのうえ、とかにさ!」
「! ツリーハウス秘密基地ね! 最高の案だよ、シィ! 戻ったら、おにいちゃんに相談しなきゃ!」
「……とても良き。秘密基地は何個あっても良いし、ツリーハウスもロマン」
三人の次に、まずレイが「木にぶらさげる、ブランコ作ろうよ、ブランコ~」といった感じの思いを伝え、ルイが「しんにゅーしゃを、すぐに発見出来るように、ちょっと隠した見張り台作ろう! 見張り台!」といった感じの思いを伝え、ローが「二つの木を、橋で繋げて行き来出来るようにしたーい」といった感じの思いを伝える。
ロマンを追い求める、というのが思考回路にすっかり染み込んでいる彼女らは、冒険から微妙に意識が逸れ、結構真面目にツリーハウスの構想を話し合う。
もう作るところは確定事項になっている辺りが、魔王ファミリーたる所以なのである。
――と、その時、森の木々の奥に、何かおかしなものが見えてくる。
興味が引かれるまま、進んだ先にあったのは、三つの扉と、その前に置かれた石碑。
古びた、長い年月を感じさせるような造りで――勿論、作られたのはつい先日のことだが――そこには、短く何か文章が彫られていた。
「おにいちゃんが造った仕掛け、絶対これだね!」
「……ん。ちょっと前に見た遺跡の雰囲気と、とても似てる」
「えっトー、かかれているのは~……」
石碑の文章は、どうやらなぞなぞであるようで……。
『あんまりだらけていると、やってくる鬼。なーんだ』
幼女用のものであるため、どれだけ厳めしい石碑でも、文体は軽いのである。
その文の下には、三つの選択肢。
1、やかん
2、まくら
3、妻
書かれた三択を見た瞬間、彼女らは顔を見合わせ。
「「さーん!」」
「……三番!」
声を揃える三人と同時に、レイス娘達もまた、人形の指を三つ立てる。
「こんなの、かんたんだヨ~」
「……主が考えた問題ということを知っていれば、答えは自ずと導き出される」
「まあ、まだ序盤だからね! これ、つまり三番の扉を潜れってことかな?」
彼女らは、真ん中に大きく「3」と彫られた扉を開いて中へと進んでいく。
――ちなみに、後程書いていたなぞなぞの内容がバレ、ユキは嫁軍団全員に怒られた。