帝都にて《3》
「――ん、随分、復興したな」
帝都を歩きながら、俺はそう溢す。
この辺りは、覚えている。
例の戦争で、俺が冥王屍龍とぶっ殺し合った場所だ。
大穴が開き、周囲一帯が崩れ落ち、瓦礫の山が出来てひどいことになっていた地域である。
それが、今や戦争跡など見られない程綺麗に街並みが続いており、活気で溢れている。爆心地みたいになっていた大穴も、完全に塞がれている。
戦争からの復興は、各国が協力して行い、特に作るのが得意なドワーフ達が率先して復興を手伝ったと聞いていたが、見事なものだ。
「何はともあれ、戦争の跡は出来る限り早く片付けないといけなかったからね。そういうのが視覚的に残ってると、人間の子達が敗戦のことを思い出しちゃうから」
『ふぅむ……戦争があった、と聞いていなければ、そうとはわからない具合であるな。他の種が入り混じった、良き光景である』
どうやらこの辺りは、市場であるらしい。
やはり多いのは人間だが、それ以外の種族も多く往来を闊歩しており、普通に交流している様子が窺える。
帝都が飛行船の中心的な中継地となり、その飛行船もまた大々的に展開され、多くの国で運用され始めたため、今では観光客が結構来るようになっているのだそうだ。
経済規模も、それに伴ってどんどん拡大しており、ぶっちゃけて言うと戦前よりも好景気になっており、そのおかげで色んなことが上手く回り始めているのだという。
他種族同士との関係も、ちょっとずつではあるが、確実に前進しているそうだ。
現金な話だが、人が生きるためには、金銭は必ず必要なものだからな。
金に余裕があれば生活に余裕が生まれ、生活に余裕が生まれれば、心に余裕が生まれる。
心に余裕が生まれれば、そうそう喧嘩もしないのである。
世の中金が全てではないが、しかしそうやって比べられるくらいには、重要なものなのだ。
飛行船の空路の中継地点を、ここに設定するというのは、本当にプラスに働いたな。
やっぱ王の連中の目は確かか。
うん、このまま安心して、彼らにこの国を任せることにしよう。
あと、それとなく、警備の者らしい人間と魔族があちこちに見られるが、まあこれくらいは仕方ないな。
仮にも一国の王とその家族に、他国の王に、何だかよくわからないが超強そうな精霊の王だ。
警備をゼロにしろ、という方が無理な話だろう。
「ほれ、レイ、ルイ、ロー。こちらではあまり飛ぶな」
と、ちょっとウズウズしているレイス娘達にレフィが声を掛け、好きに飛んでいかないように近くに留めさせる。
現在彼女らは、お出かけ用人形に憑依しているが、まあ普通の人からしたら恐怖の対象だからな。
レイラの里とは違うし、あんまり好きにフラフラとさせることは出来ないだろう。
そして同じくシィが、興味を引かれるままにフラフラと歩き出そうとしているが、その前にしっかりとレイラが手を繋ぎ、どこかに行ってしまうのを防いでいる。
うむ、変わらずダンジョン出身組は、欲望に忠実である。誰に似たのだろうか。俺か。
「……む、あれ、美味しそう」
「! エンちゃんセンサーが反応した! おにいちゃん、あのお肉とお野菜の巻いてるやつ、本物だよ! 買おう!」
「おっ、ケバブみてぇだな。いいね、人数分買おうか。魔界王、お前も食うか? 精霊王は……物は食わないんだったな」
「ん、なら、僕ももらおっかな。いいね、こういう経験は初めてだよ」
『吾輩のことは気にせず食べると良い』
「悪いな、精霊王。レイ、ルイ、ロー、お前らも悪いが、ちょっと待っててくれ。――おっちゃん、それ、九つ頼む」
「へ、へい!」
屋台の人間のおっちゃんは、得体の知れない集団に若干緊張した様子はあったが、接客業に慣れているからだろう、手つきは淀みなく、少し待っていると人数分を用意してくれる。
たっぷりと入った肉に、レタスやトマトのような野菜を挟み、生地で包んだ料理である。
アツアツで、ジュワリと肉汁が溢れ出し、良い匂いが漂っている。
これは、先に拭くものを用意しておかないとな。
「よーし、いただきます」
『いただきます!』
「お、君のところの食前の祈りかい?」
「そんなところだ」
そうして俺達は、そのケパブを食べ始める。
「……うまうま」
「うまうまー! やっぱり、エンちゃんの目利きはつよつよだね!」
「つよつよのめ! かっこいい!」
「……ん。エンのこの目は、美味しいものは決して逃さない。美食ハンター、エン参上」
「「おぉ~!!」」
「あはは、まあ実際、エンちゃんはおにーさんに連れられて、色んなところに行って、色んなものを食べてるもんね。もしかすると、僕達の中で最も舌が肥えてるのはエンちゃんかも」
「私もそう思いますねー。家でご飯を作った時も、今では使った調味料とか大体わかりますから、この子はー」
「へぇ、そんなになのか」
俺達が注目すると、エンはエッヘンと胸を張る。
「……ん。いずれは料理人マスターにもなって、料理をいっぱい作れるようになって、レイラを助ける予定」
ちなみにエンは、斬ることに掛けては達人級なので、刺身を作るのは現時点でエンが一番上手かったりする。
「むむむ! それは、負けられないね! 私も、いっぱいお料理出来るようになって、みんなを手伝う!」
「えっ、シィは~……やっぱりたべるほう、せんもんで、いいかな~」
「奇遇っすね、ウチもそっちの専門がいいっす!」
「でもリュー、お前もう料理下手じゃなくて、普通に作れるくらいにはなってる訳だし、食べる専門って言わなくてもいいんじゃないか?」
「! そうっすか? え、えへへ……ご主人がそう言うなら、作る方ももっと頑張っちゃおっかな!」
「え~、リューおねえちゃん、それは、うらぎりだヨ~」
「フフフ、シィ、女とは成長してなんぼのものっすよ!」
「そうだよ、シィ! 一緒にお料理も頑張ろうよ!」
「……ん。帰ったら、さっそく修行」
「むむぅ……しょうがない、ふたりがやるきになっちゃってるなら、つきあうしかないね!」
「カカ、頑張るんじゃの、童女どもよ。お主らよりそういうのが不得意な儂ですら、今では多少の料理が出来るんじゃ。お主らならば、慣れれば問題なく作れるはずじゃ」
「うん、頑張る、おねえちゃん!」
「がんばる!」
「……美味しいものを自分で作って、食べる。これが食の奥義」
そんな、いつも通りな我が家の面々のやり取りに、精霊王は愉快そうに笑い、その様子を魔界王は眩しそうに眺める。
「ユキ君。いいものだね、家族っていうのは。僕に伴侶はいないし、親ももうとっくにいないけれど……少し、君が羨ましくなっちゃったよ」
「……あぁ。やっぱさ、魔界王。生きるために必要なのは、これだと思うんだ。前を向いて、一歩一歩を踏み締めて、生きるためには」
人は、一人では生きていけない。
いや……知性のある生物は、一人では生きていけない。
生物は、必ず他を必要とする
生きるための力は、今、ここにある。
と、俺の次に、精霊王が口を開く。
『貴公は、まず頭で考えるタイプの者と見る。しかし、これは老骨の戯言であるが、飛び込まねば見えぬもの、というのは、この世には存外に多い。世の中とは、そういうものである』
「精霊王様。えぇ、そうかもしれません。……平和、か」
「何か、見えたか?」
「うん、僕の……僕が、王として。上に立つものとして、何を目指さなくちゃいけないのか。それが今、前よりもしっかりと見えた気がするよ。――ね、ユキ君」
「おう」
「今度、君のダンジョンに遊びに行ってもいいかい」
その言葉に、俺は笑みを浮かべて答える。
「おう、勿論いいぜ。ついでだし、他の王も呼んで、遊びに来いよ。魔王流のもてなしで、日々の疲れを飛ばしてやろう」
「あはは、いいね、それは楽しみだ。……うん、次にこの国でみんなが集まることがあれば、提案してみるよ」
「その時は是非連絡入れてくれ。言っておくが、ウチの料理は外とは比べものにならないくらい絶品だし、秘湯と呼ぶべき温泉もあるから、日々の疲れも全て吹き飛ぶぜ!」
「へぇ~、楽しみだねぇ!」
『ク、ク、各国の王が集まる迷宮か。貴公でなければ決して実現せぬであろう光景であるな」
「勿論精霊王、アンタもいつでも来てくれていいんだからな。歓迎するぞ」
『うむ、ま、折を見て、訪ねさせてもらおう』
そんなことを話しながら、俺達は帝都の街中を歩いていく。
◇ ◇ ◇
その男――カルケイドは、仕事を終えて戻ってきた城で、フゥ、と息を吐き出していた。
ユキ達に付いて、一日中案内を続けていた壮年の執事の男である。
ただ彼は、実際のところ執事ではない。
本職は、密偵であった。
元々は前皇帝シェンドラ直属の密偵組織の所属であり、故に執事としての作法も身に着けており、表の役職も城の執事の一人ということになっていた。
ただ、ローガルド帝国が敗北してしまい、皇帝も代替わりしたことで、彼の役目は変わった。
未だに表沙汰にされておらず、実質的に国の大部分を治めているフィナルですら知らないカルケイドの密偵組織は、現在は陰から国を守ることを主目的として存在していた。
何か他種族による横暴があれば、それを止めるために動き、何か不利益がもたらされることがあれば、それとなく妨害を行う、というのを新たな目的に活動していたが……今のところはそのように動くことは、一度もなかった。
他国の王達が、搾取の限りを尽くすこともなく、真剣にこの国の行く末を考えていたからだ。
敗戦国であることは間違いないため、利権の幾つかは奪われ、不利な点も幾つか抱えたことは確かだが、しかしこの国の更なる発展のために彼らが力を尽くしていることは間違いなく、故にここまでは、特に暗躍するようなこともなく、組織の者達は各々の表の職業で日々を過ごすのみであった。
いや、むしろ今は、彼らのことを知っているごく一部の人間の権力者と共に、裏から他種族の者達に協力する日々を送っていた。
その協力とは、人間至上主義、という思想に侵された、馬鹿の排除である。
あれらは理性的な思考によるものではない、ただ反発的な意思だけが作用して生まれた考えである。
ただ、気に入らないから。腹が立つから。
それだけのくだらない理由で、蔓延しているものだ。
その種族主義の浸透は、必ずこの国に災いを及ぼすと考えている彼は、残っている十数人の仲間達と共に、少しずつその思想を排除するために、陰で行動を続けていた。
――別に、他種族が気に入らない、というだけならば構わないのだ。
戦争をしていたのである、彼らが嫌いだという者が現れるのは当然の話であり、全てを受け入れるなどというのは、もっと時が経たねば不可能な話だ。
家族、友人、それらが死んだ者達は、数多くいるのだから。
しかし、残念ながらこの国は敗戦国であり、他国の者達によって治められている。
もはや、時代は変わったのである。
他種族との共存という流れを止めることは不可能であり、それらに反する行動はこの国にとって必ず不利益をもたらす。
前皇帝シェンドラに鍛えられ、先進的な思考を持つ彼らは、そのように判断したが故に、現在は同じ人間を相手に暗躍を続けていた。
そして今回、普段はほとんど姿を見せることのない、この国の皇帝である『魔帝ユキ』が現れたため、その人柄をよく見るべく執事として共にいた訳だが……何と言うか、ドッと疲れた気分である。
「全く……世界とは広いものだ」
よくわかったのは、人間では彼には絶対に敵わない、ということだ。
いや、人間でなくとも、現皇帝に敵うヒト種は存在しないことだろう。
そしてさらに、その彼よりも強い気配を放っていた、種族もよくわからない光の存在に、彼の伴侶という少女。
その二人に関しては、もはや隔絶され過ぎてその戦力が如何程のものかを測ることも不可能である。
こんな力と、対抗しようなどと考えるだけ無駄だ。
ただ……力を持つだけの化け物ではない、ということも、今日一日を共に過ごしたことで、見て取ることが出来た。
どんな言動をし、どんな人格をしているのか。
何を大事にしており、何を望んでいるのか。
それらを、知ることが出来た。
だから――。
「――カルケイド様、どうでしたか?」
そう問いかけるのは、事情を知っている、同じ密偵組織に属するメイド。
「……えぇ。執事の仕事を、もっと極めねば、と思いましたよ」
「執事の仕事を、ですか?」
苦笑気味にそう言うカルケイドに、メイドは怪訝そうな顔をする。
「私もまだまだ、精進が足りぬと思いまして。仮初とはいえ、仕事は仕事。今後もお仕えするのならば……もっと完璧に仕事を熟せるようにならなければ」
するとメイドは、今度はクスリと笑みを浮かべる。
「フフ、そうですか。あの皇帝は、隊長のお眼鏡に適ったようですね」
「……シェンドラ様が、やはりご慧眼だったことを、感じるばかりですよ。無様にも死に損なってしまった私ですが、である以上残りの命は、この国に捧げて生きねば。でなければ、国のために戦い続けたあの方に顔向けが出来ぬというものです。あなたにも、今後は協力をお願いしますよ」
「畏まりました。カルケイド様のご判断のままに」
メイドは、頭を下げる。
種の違う者達が、一つに纏まるのは、簡単ではない。
未だローガルド帝国に問題は山積み、解決には数年、数十年の時間が必要になるものも多い。
だがそれでも、各々の歩幅で、ゆっくりと、着実に、時は進んでいくのだ。