帝都にて《2》
「――よーし、お前ら挨拶しろー。俺の友人の、フィナルおじさんだ」
「「フィナルおじちゃん、こんにちわー!」」
俺の言葉に、イルーナとシィが声を揃えて挨拶し、同じようにレイス娘達が手振りで挨拶する。
エンは、さっき擬人化して挨拶したので、参加していない。
「はい、こんにちは。いやぁ、可愛いお嬢さん達だね。珍しい種族の子が多いけれど……ま、ユキ君のところの子だしね」
珍しく、腹黒さの少ないにこやかな顔で、幼女組にそう言葉を返す魔界王。
おじさんと言ったのは冗談のつもりだったのだが……なんか、普通に嬉しそうだな、コイツ。
普段は王の立場として、敬われてばかりだから、やっぱりこうやって普通の扱いをされるのが、嬉しいのかもしれない。
「んで、精霊王のことはわかるな? この人にも挨拶しろー」
「精霊せんせー! お久しぶりです!」
「せいれいのおじいちゃん! きょうも、フヨフヨしてるね!」
「……ん。今日ずっと、フヨフヨしてた。とても強かった」
『変わらず元気そうであるな、幼子達よ。良きことである』
そうして幼女組が挨拶を交わした後に、大人組もまた、それぞれ二人に挨拶をしていく。
「ここで、お二人と会えるとは思いませんでしたねー」
「ちょ、ちょっと緊張するっすね。その、ウチ、あんまり上品な話し方は出来ないんすけど……」
「一応リューって、お嬢様だったはずだよね?」
「うっ、それを言われると、痛いっす……」
リューが気後れしている相手は、魔界王だ。
まあコイツ、普通に王だからな。
レイラは言わずもがなだし、勇者として権力者の相手を常日頃からしているらしいネルも、こういう対応には慣れているだろうが、逆に結構普通の少女であるリューが、この場面で緊張してしまうというのは、無理のない話だろう。
すると、魔界王は愉快そうに笑って言葉を返す。
「そんな畏まらないでくれていいよ。ユキ君も言ったように、僕のことは、王とかそういうの関係なしに、近所のおじさんくらいの距離感でいてくれると嬉しいね」
「おう、そうだぞ、お前ら。この腹黒王は、腹黒だから、敬うだけムダだぞ」
「いえいえ、ユキさん、私達の旦那様がよくお世話になっている方ですからー。である以上、礼儀を尽くすのは当たり前のことですー」
「そうだよ、おにーさん! 職種がどうの、っていうのに関係なく、おにーさんの仲の良い友人なのは間違いないんだから、僕達が妻として魔界王様にしっかり挨拶するのは、当たり前だよ!」
「そ、そうっすね! 妻として、重要なことっすよね!」
「……お、おう、そうか」
リューのみ若干合わせた様子だったが、尤もな反論をされ、それだけを返す俺。
あとリュー、お前のそういうところ、ホント可愛いな。
そんな俺達の隣で話すのは、レフィと精霊王。
「まだくたばっておらんかったか、爺」
『ク、ク、まだまだくたばらぬよ。聞いたぞ、レフィシオス。非常に、めでたいことがあったようであるな』
「ユキから聞いたか。うむ、儂はここまで成長したぞ。今、儂は最も生きておる。どうじゃ、羨ましいじゃろう?」
『うむ……うむ。異論の余地なき、非常に素晴らしき生き方である。其方の子が生まれたら、吾輩にも一度、抱かせてくれぬか?』
「仕方があるまいの。昔の好じゃ、その時に我が家に来たのならば、抱かせてやろうではないか」
「精霊せんせー、私、おねえちゃんになるの! すごいでしょ!」
『姉か、そうであるな。しかと下の子を愛し、良き姉となるのだぞ』
「うん! とってもとっても、良いお姉ちゃんになれるように、頑張る!」
「シィもなる!」
「……エンも」
彼女らの言葉の後に、同じ思いだと示すために、レイス娘達が気合一杯、といった顔で、張り切っているのがわかるような動きをする。
「あはは、ユキ君のところの子達は、良い子ばかりだねぇ」
『うむ、うむ。同感である。貴公、伴侶は?』
「僕にはいません、そう簡単に決められる立場ではありませんし、魔界において、血筋というものはそこまで重要視されませんから。魔族の王に求められるのは、やはり『力』が第一ですので」
「……そういや、聞いてなかったが、魔界は今どんな感じになってるんだ? その……ゴジムがいなくなって、対抗勢力はなくなった訳だろ?」
フィナルの敵対勢力であり、あの戦争で死んだ男。
信念を貫き、自らの命を賭し、戦った男。
「うん、今は大分落ち着いたよ。上手く残党を吸収することが出来たのもあってね。あの戦争で勝てたおかげで、僕の『強さ』という点もある程度納得してくれたようでね。魔族は、そこさえクリア出来れば、従順に従ってくれるからさ」
「そうか……なら、良かった。安心して、この国のことも任せておけるしな!」
「相変わらず君は、政治とか権力とか、そういうのに興味がないみたいだねぇ」
「んなのある訳ないだろ。こちとら、元を正せば、なんか気付いたら魔王になってた一般人だぞ。まともに王とかやろうとしたら、胃に穴が開くね」
『ク、ク、貴公がそこまで、柔な胃をしているようには見えぬがな』
と、そんなことを話していると、レフィが俺の服の裾を引っ張る。
「ほれ、ユキ。話が盛り上がるのは良いが、とりあえず移動せぬか。こちらに儂らを呼んだのは、何も顔合わせのためだけではないんじゃろ?」
「そうだった! いい機会だから、今日は帝都観光しようと思ってな」
「観光!? いいね~!」
「おー! ここ、あるじのくになんだよね? たのしみー!」
「……美味しいもの、あるかな」
そこで俺は、傍らに控えていた例の執事に声をかける。
「そういう訳だから、悪いんだが、案内を手配してくれないか?」
「……観光、でありますね?」
「あぁ。急で悪いな。近所だけでもいいから、ちょっと街の様子とかを見たい。あ、大仰な護衛とかはいらないぞ」
突然の無茶ぶりに、一瞬、本当に一瞬だけ頬が引き攣りかけたが、しかし意志の力でそれを抑え、全く変わらぬにこやかな顔で「すぐに手配致しましょう」と一礼する。
すごい、やはり本物だ。
尊敬するぜ、アンタ。
このまま、帝城における俺の専属として働いてもらおう。