帝都にて《1》
確かに精霊王って、普通の人も見えてんなって今更ながら思ったので、理由付けしておきました。
あと、受験生は頑張ってな!
城塞都市から移動し、俺達が行きで使用した扉に向かう。
ウチのペット連中は、その扉に辿り着いた時点で、魔境の森へ返した。
もう、戦いはないからな。
しっかり者のビャクに、「もしかしたら今日は帰らないかもしれん、ってウチのに伝えといてくれ」と伝言を残しておいたので、遅くなっても大丈夫である。
「――よし、着いたぞ! ここがローガルド帝国の帝都、ガリアだ」
『ふぅむ、魔王とは便利な魔法が使えるのであるな。この扉は、無尽蔵に置けるのか?』
今しがた通ってきた扉をまじまじと見ながら、そう問い掛けてくる精霊王。
「自らの領域内のみ、っていう制限はあるが、その限りなら好きにおけるぞ。さっきウチの連中を帰したように、今から魔境の森へ帰ることも出来る。ただ、逆に言えば、その気になれば一瞬でウチに来られるようになっちまう訳だから、俺以外は誰も使えないようにしてるんだ」
そう言うと、彼はコクリと頷く。
『それが良かろう。「他人」と「身内」の線引きは、上に立つ者であるならば、確実にやらねばならぬものである。そこが曖昧になると、自身が危険に晒されることになる。家族がいる貴公ならば、そういう対策をしておくのは重要であろうな。まあ、レフィシオスの目を誤魔化すのはこの世の生物には不可能故、踏み込んだら最後、何者も戻っては来れぬであろうが』
そりゃな。
近付く気配は、ダンジョンを持つ俺より先に感付くヤツだし。
「まあな。けど、なるべくその面では、アイツに頼らないでいたいんだ。その……まだまだ俺の方が弱いが、出来ればアイツのことも守りたいからな」
『……そうであるか。真に愛しておるのだな』
どことなく微笑ましそうな声音の精霊王に、何だか気恥ずかしくなり、俺は頬をポリポリと掻きながら、誤魔化すように言葉を続ける。
「そ、それより! ほら、帝城だ。まずはここからでいいか?」
『うむ、お願いする』
そう話しながら、俺は現在いる帝城内部を紹介していく。
城塞都市の指揮官が先に連絡を入れておいてくれたおかげか、あちこちに執事やらメイドやらが待機しており、行き来もスムーズだ。
――まあ、俺も「案内する」とか息巻いておきながら、この城のことは全然詳しくないので、途中からその人らに城内案内を代わってもらったんだがな!
よく考えたら、この城で俺が知っている場所なんて、玉座の間と、前皇帝の研究室と、会議室くらいだったので、色々と手配に動いてくれていた、城の執事らしき壮年の人間に案内を頼み、俺もまた帝城観光を楽しんだ。
いや、その執事のプロ加減と来たら、もうすごかったね。
俺と精霊王なんていう、まあ客観的に見てとんでもないであろう二人組を相手に、顔色一つ変えず、一切の緊張を見せず、終始にこやかで丁寧に案内してみせた手腕は、称賛すべきものだろう。
プロとは何たるか、というのを教えられた気分である。普通に城の説明も、面白かったし。
俺、皇帝だし、この国のトップだし、あの執事の人は昇進させるか、昇給させるかしよう。絶対だ。
『こうも近くで、人間の建造物を見るのは、吾輩も初めての経験である。なかなかに興味深きものよ』
色んなところを旅し続けているだけあって、やはりこういうものが好きなのか、置かれている調度や、壁や柱、その建築様式などを、細かく見ていく精霊王。
こうやって、この人が興味を引くものを見せられると、何だか嬉しくなるな。
まあ、俺は一切関与していない城な訳ですけれども。
「な。こうやって見ると面白いよな」
『? 貴公、この城の主なのでは?』
「そうだけど、お飾りだからな。よく知らんのよ。ここが俺の領土で、俺が最高責任者なのは間違いないし、何かあったら守りもするが、そんくらいなんだよな。ここを治めてるのか、って聞かれたら、『いやぁ』としか答えられんし」
なので、面白そうだからと色々見たくとも、仕事中だったりするとなんか申し訳ないので、好き勝手に歩き回るのはやめていたのだ。
要するに、『自分ん家』っていう感覚がないんだよな、この城には。
他人の家で、ズケズケ奥まで見る奴がいるか? いないだろう。
『ク、ク、そうか。君臨すれども統治せず、か。良き統治者ではないか』
「いや、面倒くさがってるだけなんすけどね」
確実にそんな、大層なものじゃないです。
――そう言えば、そろそろ一回、ウチの子らに見せてあげてもいいかもしれないな。
実はこっちには、我が家の面々を連れて来たことが一度もない。
単純にまだ危険だというのもあるが、政情が安定していないのに、皇帝の俺だけ呑気に家族と城探険とかしてても、良い顔はされないだろうと思っていたからだ。
俺に反感が集まるのは、マジでクソ程どうでもいいが、ウチの家族、特に幼女組に嫌な思いはさせたくないからな。
ただ、まだ『人間至上主義』関連のことは収まっていないものの、だんだんと国内に落ち着きも出て来ているようで、少しずつだが確実に他種族同士での交流も増えているそうなのだ。
ローガルド帝国に興味があるのは、幼女組のみならず大人組もそうみたいなので、今なら城周辺くらいは遊びに来ても大丈夫じゃないだろうか。
……うん、精霊王もいるしな。
この人の今後の予定がわからないが、そこを聞いてから、明日辺り我が家の面々を呼んで来て、こっちで一緒に飯を食ってもいいかもしれない。
――なんてことを考えていると、俺達の案内をしてくれていた執事のところに、一人の兵士が走り寄り、何事かを耳打ちする。
何だ? と思っていると、執事はコクリと頷き、それから俺へと向かって口を開く。
「陛下、よろしいでしょうか? 一つ、お耳に入れたきことが」
「どうした?」
「はい、実はフィナル様が、もう一時間程で帝都にご到着なされるとのご連絡が」
◇ ◇ ◇
「――魔界王!」
「やぁ、ユキ君。何やら大変な仕事をやってもらっちゃったようだね」
いつもの如く、腹の見えないニコニコとした顔の優男――魔界王フィナル。
何だ、今日はよく人に会うな。
「それは、元々俺の仕事だから別にいいが……お前はどうしたんだ? そっちも仕事か?」
「うん、実はそろそろ遺跡が発掘出来そうだって連絡を受けて、様子見がてら、こっちに来ようと以前から計画を立ててたんだ」
「遺跡ってのは……」
「そう、君が救援要請を受けて向かったところ。実はそこ、シェン君曰く、ちょっと面白い記録のある場所らしくて、今後に繋がるかなって思って、彼の事業を引き継いで発掘を続けさせてたんだ。いやぁ、飛行船でこっちに向かってたら、そこの防衛機構が動いて、城塞都市が危ないっていう報告を受けたんだけど、その時は流石にちょっと焦ったね」
シェン、というのは、前皇帝シェンドラ=ガンドル=ローガルドの現在の名だ。
表向きは処刑されたことになっているため、名前も変えている訳だ。
……なるほど。
その流れだと、コイツとの再会は偶然であっても、半ば当然の流れではあったのか。
「それで……」
と、そこで魔界王は、精霊王へと顔を向け、一礼する。
「初めまして。フィナル=レギネリス=サタルニアと言います。あなたが、かの有名な精霊王様ですね」
『有名かどうかは知らぬがな。如何にも、精霊王イグ=ドラジールである。貴公が、今代の魔界の王であるか』
「えぇ、分不相応にも、王を務めさせていただいております。世界を股にかけ、歴史の節々にて姿を現す大賢者様と、まさかこのようなところでお会い出来るとは思いもしませんでした。ユキ君とお知り合いで?」
『うむ、この者の家族に、幾らか縁があってな。その関係で魔境の森を訪れ、知り合ったのである。ただ、今日出会ったのは、偶然であるな。吾輩、南に面白き国が起こったと聞き、興味を惹かれ、近くに来ていたのである』
「なるほど、それで……いやぁ、ユキ君の人脈は、凄まじいねぇ」
「自分でもそう思うよ」
いつの間にか、この大陸に存在する大国の王とは、半分以上顔見知りになってしまったし、なんか物凄い実力者も結構知り合いにいるし。
成り行き任せで辿り着いたらここである。
「? 何だい、ユキ君。その顔?」
「いや、お前ってそんな、畏まった口も利けるんだなって思って」
「おっと、君が僕に対して、どんな印象を抱いているのかが気になる言葉だね」
「俺の中のお前は、腹黒胡散臭金髪魔族だ」
「正直に言ってくれてありがとう。君との友情が感じられて、僕は嬉しいよ」
にこやかな顔を崩さず、しれっとそう返してくる魔界王。
おう、そういうとこやぞ。
「で……何だか君の方も、随分力が伸びてるみたいだね?」
「あぁ。ちょっとあって種族進化して、『覇王』になった」
「ふーん……種族進化って、ヒト種にはそうそう起きないはずだけど、まあそこは君だからいいか。だんだん、ユキ君を何と呼ぶのが正解なのか、わからなくなってきたね」
それも、自分でも同じように思う。
俺の種族は、現在『覇王』である。
が、対外的には今、『魔帝』と呼ばれており、そしてダンジョンの主という立場から言うと、『魔王』でもある。
あと、『龍王』なんていうのもあったな。そっちはほとんど、名誉職じゃないが、そんな感じの役割しかないけども。
我ながら、自分を何と言うべきか悩むような肩書の多さである。
個人的には、やっぱり変わらず『魔王』か、ローガルド帝国なら『魔帝』で通そうかな、と思ってるんだが……いや、今なら、対外的には『覇帝』が正しいのか?
何ともまあ、俺には似合わない響きであることか。
つっても、魔帝の時点で相当アレなんだけども。
「……とりあえず、公的な場面なら今まで通り『魔帝』でやっていこうと思う。『覇王』ってのは種族名だが、『魔王』と『皇帝』っていうのは仕事の役柄だから、外で名乗るならそっちの方が適当だろうしな」
「僕が、君が『覇王』になったから『覇帝』って呼ぶように周知させてもいいけど」
「やめてくれ、現時点ですでに似合わねぇって自分で思ってるんだ。これ以上大層な肩書になってほしくない」
「そう? ……僕は、結構似合ってると思うんだけどな。そりゃあ確かに、『王!』とか、『皇帝!』みたいな雰囲気はあんまりないけれど、でも君がその立場であることに、こう……違和感はないというか。不思議と、しっくり来る感じがあるんだよね」
「何じゃそりゃ」
『ク、ク、貴公の言いたいことはわかるぞ。この男には、力とは関係なしに、そういうものがある。上手く言葉には出来んがな』
「精霊王様も、やはりそう思われますか」
そんな二人の言葉に、若干むず痒くなりながら、ふと思う。
……そう言えば、今更だが精霊王って、精霊なのに普通の人にも見えてるんだな。
いや、それとも、独りでに浮いているローブと杖で他の人は認識しているのだろうか――と思ったが、精霊の力が特にない俺でも、精霊王の姿は最初から見えていたな。
これだけ力が凝縮されていれば、特に能力がなくとも見えるのだろうか?
うん、そんな気がする。災厄級だし。
災厄級。
何と説得力のある言葉か。
「……んで、魔界王。一応仕事でこっち来たんだよな? 結構のんびりしてるが、いいのか?」
「え? そりゃ勿論。遺跡よりも精霊王様の方が重要さ! こんな機会、僕の一生に一度あるかないかのものだからね。公務なんて、ハハ、知らないよ」
「最近気付いたんだが、アンタ結構やりたい放題やるよな」
「自由人と言ってほしいね。魂は自由で不滅なり。長く楽しく生きるなら、必要なことさ」
腹の読めない笑みのまま、肩を竦めてみせる魔界王。
まあ、精霊王がウルトラレアキャラっていうのは事実だろうし、こっちが優先というのもわかるが。
スーパーウルトラレア、って言っても良いかもしれない。
しかし、そうか、精霊王に加えて、コイツもいるのか。
……いい機会だな。
「……つまり、魔界王。アンタは今日時間が出来たって考えていいんだな?」
「? うん、元の予定は後に回すつもり。だから……精霊王様、この場にご一緒させていただいても、よろしいでしょうか?」
『無論、構わぬ。新たに出会い、言葉を交わすのは、老骨の楽しみの一つである』
コクリと頷く精霊王。
「わかった、じゃあ――いい機会だから、ウチの連中、連れて来ていいか?」
「! ユキ君の家族? いいよいいよ、是非呼んでおいで!」
『ほほう、それは楽しみであるな』