精霊王の生まれ
周囲を確認し、他に敵性反応がないかを見る。
まだチラホラと子蟲は残っていたが、どうやら残っているのはそれだけらしく、程なくして遺跡内部の掃除は完了した。
「フゥ……助かった。ありがとな、精霊王。アンタのおかげで、この遺跡も形を残すことが出来たよ。俺達で戦ってたら死闘になってたろうし、下手すれば遺跡ごと崩壊させちまってたかもしんないしな」
『フ、貴公と貴公の配下達は優秀であるが、特に貴公の配下達は、些か大きいからな』
愉快そうな声音で、俺のペット軍団を見る精霊王。
力ある者を目の前にしているからか、多少緊張している様子が窺える。態度が変わらんのはセイミくらいである。
そう言えばコイツらは、精霊王のことは知っていても、こんな風に直接話すのは初めてだったか。
まあ、仕方ないな。
魔物である以上、俺よりもそういう強さとかには敏感だろうし。
「お前ら、ありがとな。後は大丈夫だから……中だと狭いだろうし、外で待っててくれ」
そう言うと、ウチの連中は一声鳴いて、遺跡の外へと出て行った。
――ようやく、周囲を詳しく見る余裕が出来た俺は、遺跡の内部を見渡す。
こっちは……魔境の森の西エリアにあった遺跡とは、大分趣が違うな。
構造も形状も、全然違う。
玉座なんかもないし、少なくとも、ダンジョン関係じゃあなさそうだ。
「ここは……何の遺跡だったか、知ってるか、精霊王?」
『いや、流石に詳しくはわからぬ。しかし、この遺跡の形式等は以前に見たことがある。恐らくであるが、この国のヒト種が造ったものであろうな。この規模となると、王……ここでは、皇帝であるか? その類の権力者によって造られたのであろう』
なるほど……いつのかはわからないが、歴代ローガルド帝国皇帝の誰かがここを造ったのか。
確かに、そう言われて見ると、魔境の森にあった遺跡に比べて、風化の具合がまだ弱いな。
あっちよりも、比較的新しい遺跡なのだろう。
『しかし、一つわからぬは、このリビングゴーレムである。これは、神代の技術が用いられておる。いったいどうやって用意したのか……』
「あぁ、それは多分、ダンジョンの機能によるものだろうな。俺は出せないが……多分、この遺跡を造った皇帝が、そういうものに詳しかったんだろう」
『ふむ? この国は、迷宮が関係あるのか?』
「あぁ。この国の皇帝は、代々ダンジョンコアを継承して、魔王もやってたらしい。今は俺が継承して――というか、俺がダンジョンコアも吸収しちまったから、今後生まれる皇帝は魔王じゃなくなるだろうけどな」
……そうやって考えると、俺はいつまで皇帝をやることになるんだろうな。
約束なので、やれるだけはやるつもりだが、ずっと皇帝が変わらんっつーのも、国の在り方としちゃあ相当不健全だろうし。
ここはもう俺の領土だから、手放すつもりもないんだが……うーん、その内魔界王に相談しよう。
「とりあえず、アンタはどうしてここに?」
『うむ、南の人間の大国が、何やら様変わりしたと聞いてな。面白そうだと、見物に来てみれば、あちこちから覚えのある気配――貴公の気配が感じられ、これは、と思い、少し前から色々と見ておったのである。現在、この国は、貴公の国なのであるか?』
「ま、そうだ。一応、俺が今の皇帝だ。色々……本当に色々とあって、そうなったんだ。長い話になるが……」
『良い良い。時間はある。それこそ、有り余る程に、である。貴公に時間があるのならば、是非聞こう。――さ、座ると良い。腰を据えて、話そう』
そう言って彼は、ポ、と光を出し、暗い遺跡内を明るくし、何もないところにふわりとテーブルと椅子を生み出す。
魔法の使い方がお洒落である。
俺は彼が出してくれた椅子に腰掛け、彼もまたその対面に座る。
……肉体の存在しない彼に、座るとか座らないとか、そんな言葉が適当なのかはわからないが。
――そうして、まず俺が、精霊王にこれまでのことを話す。
最初に、ローガルド帝国のこと。
何が起こり、どういう経緯で今のこの国になっているのか。
次に、ドワーフの里でのこと。
あそこへ行き、何があり、何を知ったのか。
そして、ついこの前見つけた、魔境の森の遺跡のこと。
その場所に対する、俺の考察。
『そうか……貴公は、知ったのだな。迷宮の主が持つ使命と、神々のことを』
「あぁ。神槍ルィンに聞いてな。あの神様は、愉快な人だったよ。今後、誰かに宗教を聞かれたら、ルィン教って答えることにしようって思ったくらいには、面白い神様だった。教義は、『命を全うせよ』、だな」
命を全うせよ。
命を謳歌せよ。
それが、命ある者の責務である。
彼の言葉は、今も、胸に残っている。
生きるということを、これ以上ないまでに賛美した、神らしい言葉だ。
俺はずっと、よしんば信じるとしても、空飛ぶスパゲッティモンスター教とだけ言っていたが……とうとう改宗してしまった。
今後は、あの神様の信者として生きていく心積もりである。
『ク、ク、ルィン様は、確かにそのようなお方だった。愉快で、冗談好きで、彼はずっと生きるということを賛美しておられた』
「冗談好き……そうだな。そういう面もあった」
初対面でツッコまされたし。
そういうのが、好きな神様だったのだろう。
そして……その彼らのことを、このじーさんは、知っている。
「精霊王は、本当にそんな長い時間を生きてるんだな」
『うむ。と言うても、吾輩が生まれたのは神代の終わり間近。故に、全てを知っている訳ではない。特に、彼らが互いに争ったことの経緯に関しては、貴公と同じくらいにしか知らぬ。ただ信念を以て、各々が信じるものがため、争ったとだけ』
「……そうか」
『まあ、そんな長き生を歩んでおっても、吾輩よりも、貴公の妻のレフィシオスの方が力は上であるのだがな。龍族は、種からして非常に強力であるが……これは、長き吾輩の生の中でも、初めての事態である』
「……レフィの方は、ヒトの身体の今は、アンタとやったらほぼ確実に負けるって言ってたがな」
『ふむ? しかし、龍の姿ならば、吾輩には勝ち目はないぞ』
「いや、実はアイツ、龍に戻れなくなってるんだ。その……多分妊娠が契機で、ヒトの身体でしかいられないって言ってた」
すると精霊王は、驚くような様子で、こちらを見る。
『! ほう、そうであるか! それは、いとめでたきことである。出産の予定は?』
「本来は龍族なのに、今はヒト種の身体っていう特殊な状態のせいで、正確な予定はわからないんだが、多分あと一年半以上は後って話だ」
『そうか……そうか! とても良き報せを聞いた。日が近付いたら、是非、再び貴公の迷宮を訪ねさせてほしい』
「あぁ、嬉しいよ。アイツも、まあ何だかんだは言うだろうが、内心では絶対喜ぶだろうからさ」
照れ隠しでな。
うん、その様子が簡単に想像付くわ。
『うむ、うむ、いやはや、何と喜ばしいことか。贈り物は何が良いか……吾輩の力……いや、それは多少無粋か? となると、何か身を守る護符か、物か……』
親戚のじーちゃんが如き様子で、何やら悩み始める精霊王に、俺は苦笑を溢す。
「悩んでくれるのはありがたいが、まだ先の話だぞ」
『何を言う、一年半など、あっという間である。出産という、生物において最も偉大なる慶事に、贈り物が出来ぬなど、精霊王の名が廃るというもの。しかと準備をしておかねば』
あぁ、そ、そうか……この人からすると、一年半はすごい短い時間なのか。
「あー……すげーありがたいんだが、程々で良いというか、何なら気持ちだけで嬉しいというか。とにかく、そんな無理しないでくれていいからな。――そ、それより、何でアイツは、あんなに力があるんだ?」
贈り物をされる方の身としては、何を言ってもおかしな感じになるので、ちょっと誤魔化すようにそう問いかける。
『それは、一種の先祖返り、であろう。レフィシオスは、始祖たる龍――ルキネリアス様によく似ておる』
ルキネリアス……。
「それは……最初の八柱にいた、龍族の神様か?」
『うむ。レフィシオスとは性別も性格も違うが、似たような大いなる力を有し、似たような性質の肉体を持っておられた。そして、世界を繁栄させる、という使命を持つ他の神々と違い、ルキネリアス様は別の使命を持っておられてな。即ち――世界の守護である』
……なる、ほど。
それで、他の生物とは隔絶した強さがあるのか、龍族は。
『先程の話での、貴公の推測は当たりである。あの森を住処にしていたのは、ルキネリアス様である。龍の里を造ったのも彼であるが、後にあの場所を気に入り、終の住処にしたと聞いている。ちなみに、貴公の言うアシュラゴーレムを製作したのは、恐らくドワーフの神、ドヴェルグ様であろう』
「へぇ? そうなのか?」
精霊王は、頷く。
『経緯まではわからぬが、彼らの性格からして、恐らくルキネリアス様が「遺跡を格好良くしたい」などと言い、それをドヴェルグ様が了承し、作ったのだと思われる。何体も並んでいたのならば、きっとルキネリアス様も気に入って、ねだったのだろう。そしてドヴェルグ様も、やれやれとため息を吐きながら、作ったのだ』
経緯はわからない、と言いながらも、まるでその光景を思い出しているかのような、愉快げな様子の精霊王。
――あぁ、いいな。
俺も、同じ光景が頭に思い浮かぶ。
きっと龍神は、子供のように純粋で、無邪気な性格をしていたのではないだろうか。
何の根拠もないが、彼が書いた魔境の森の遺跡の言葉からは、そんな様子が感じられたのだ。
そしてその彼に頼まれたドワーフの神は、全くしょうがねぇ、と口では言いながらも、しかし実際のところノリノリで作ったのだろう。
何故なら、あそこにあったゴーレムは、一切の妥協なく、全て精巧に作られていたからだ。
「彼らは、仲が良かったんだな」
『うむ。良き……神々であった。しかと祭るべき、愛すべき者達であった』
それからも、精霊王とは様々な話をする。
彼が世界で見聞きしたものの話や、俺が知っていることの話。
以前イルーナが、彼女の里ではこの人が「先生」と呼ばれていた、という話をしていたが、本当に色んなことを知っていて、そして話し方が上手く、すんなり言葉が頭に入ってくるし、何より面白い。
俺は、前世ではそう真面目に勉強をしてこなかった、典型的なバカであるが……この人の授業とかあったら、もっと勉強好きになっていたかもしれない、と思わせる面白さなのである。
そんな感じで、話は大いに盛り上がり――というところで、外から俺のペット、化け猫のビャクがこちらにトコトコとやって来る。
「? どうした、ビャク?」
「にゃあ~」
彼女は「何やら兵士達が慌ただしくしているようなので、一度報告に戻られては……?」と言いたげに鳴く。
……そう言えば今俺、仕事中だったわ。
「すまん、精霊王! 悪いんだが、一回報告に戻んなきゃなんねぇ。――そうだ、街の様子に興味があるって言ってたろ? 一緒に、帝都見に行くか? 俺といたら、兵士に囲まれるってこともないだろうし。あと単純に、もっと話がしたいし」
『それはありがたい。是非、お願いしたい。吾輩だけでは、怖がらせてしまう可能性が高い故な』
◇ ◇ ◇
そうして、精霊王と共に遺跡を後にした俺は、ペットどもを連れて先程の城塞都市まで戻る。
なんか、遺跡から出て来ない俺のことを心配していたようで、助けに出るか出ないかでちょっと揉めていたらしく、少々兵が慌ただしくなっていた。
その様子を見たビャクが、気を利かせて俺を呼んでくれたらしい。
悪いことしたな。
精霊王との話が盛り上がっちゃって、こっちのことが頭から抜けていた。
「とりあえず、遺跡に関してはもう問題ない。残らず排除し切ったから、発掘作業を再開しても問題ないぞ。残ってる残骸は、悪いがそっちで処分してくれ」
「え、えぇ、勿論でございます、ありがとうございました。陛下のご助力に、感謝するばかりでありますが……そ、その、そちらのお方は?」
最初に顔合わせしていた、この城塞都市の最高指揮官の彼は、引き攣ったような顔で精霊王のことを見る。
胃が痛くなってそうな顔である。
「俺の友人の、精霊王イグ=ドラジールだ。失礼のないようにな。この人、はっきり言うけど俺の数十倍強い存在だから」
『イグ=ドラジールである。吾輩、少々貴公らの国に興味がある。見学させていただけるとありがたい』
「か、畏まりました、陛下のご友人の方ですね。……そ、その、先に帝都の方へご連絡させていただいても?」
「おう、むしろ頼むわ。悪いな」
やはりこの人の存在は、人間のみならず、他のヒト種にとっても相当に珍しいようで、この城塞都市にいた様々な国の兵士達が一様にこちらを見ている。
強さに敏感な魔族や獣人族なんかは、この人のとんでもない力がわかるのか、顔が引き攣りっ放しだ。
『随分と多様であるな。他種族の兵士も多いようであるが、これは、ここだけではないのであろう?』
「あぁ。まだやっぱり、政情が安定してないからな。ゆくゆくは減らしてくつもりだって聞いてるが、当分先になるだろうな」
『他種族の住む国を作る、というのは、大変であるぞ。吾輩も、そのような志の下に出来上がった国を幾つか見たことあるが、種の性質の違いから、それらは全て内部崩壊してしまった。習慣の違い、寿命の違い、というのは、それだけ難しいものであるのだ』
「……そうだな。その点は、俺もそう思うよ」
寿命は勿論のこと、習慣の違いなんかも、本当に大きいだろうからな。
前世でもそうだったが、例えば宗教上の理由で、何を食べられて、何を食べられないのか。
地域の差で、何が暗黙の了解になっていて、何をやったらダメなのか。
些細な、だが当人達にとっては大事な、そういう意識の差が習慣というものには存在し、それらは簡単に争いの火種となる。
種族がごっちゃになれば、それぞれ種の習慣に合わせて物事を決めなければいけなくなる訳なので、それがいったいどれだけ難しいことなのかは、語らずともわかることだろう。
『ただ、この光景は……悪くない。数多の種が肩を並べ、共に過ごすこの在り方。それこそ、神代を思い起こすような、良き在り方である。貴公らの試み、上手く行くことを願っておるぞ』
「――あぁ。出来るだけ、頑張ってみるよ」
もう物理的に返せる量じゃないので、感想返しはやらなくなって久しいんですが、本当に全て、しっかり目を通していますので!
いつも、感想ありがとう、ありがとう。