異変《2》
数が必要になりそうなので、少し考えた結果、今回リルには魔境の森の守りを任せ、珍しく他のペット四匹――大蛇のオロチ、大鴉のヤタ、化け猫のビャク、水玉のセイミを連れてきた俺は、現地に向かう。
実は、以前に一度、ローガルド帝国周辺をぐるっと回ったことがあり、その際に幾つか『扉』を設置してあったので、目的であるアスカラッド地方に一番近い扉へと向かう。
普通サイズの扉の他に、幾つかデカいのも用意しておいて助かったな。
「お前ら、今回の敵は、どうやら『蟲』っぽいぞ。……俺はアイツら嫌いだから、お前ら頼むわ」
俺の言葉に、出番だと張り切るオロチとヤタに、その後ろでビャクが「張り切って怪我しないように」と言いたげな鳴き声をあげ、セイミが「久しぶりのお外~」と全然関係ないような意思を溢す。
悪いな、お前らを魔境の森から出すことは少ないから、ちょっと退屈だったか。
ウチのペット軍団だと、やっぱり突出して強いのがリルだからな。
特に、ちょっと前俺が種族進化し、それに伴ってリルも成長したことで、俺らと差が出来てしまっている。
自分らが弱い、ということを少々気にしてる――特に、正面切って戦闘する係であるオロチと、結構真面目なヤタなんかは気にしている、ということをリルから聞いていたので、しばらくはコイツらと行動を共にしようかと思う。
ちなみにビャクは、勿論実力は欲しいと思っているようだが、ただアイツはサポート方向への成長に意義を見出しているようなので、どちらかと言うと他を見てから決める部分があり、セイミはよくわからん。
喜怒哀楽がない訳ではないのだが、結構意識が希薄というか、少し俺達とは違うあり方をしているようなので、相当マイペースなのである。
指示されたことはしっかりやってくれるので、全然問題ないんだがな。
だからこの四匹は、オロチとヤタが意見を多く出し、最終調整はビャクが行う、という感じでやっているようだ。
セイミは完全お任せ――もとい、オブザーバーだ。
「今回のが終わったら、しばらくお前らと遊ぶか。外に出てってもいいな。ダンジョンの守りはリルに任せといて」
「シュ~~」
「カァ」
俺の言葉に、リル様に悪いですよ、と言いたげな鳴き声を漏らすオロチとヤタ。
「いや、実際リルとは実力差が付いちまったし、それは俺も他人事じゃないしな。もうちょいお前らと、リルがいない際の連係とか練習するには良い機会かもしれんから、そうしよう」
俺とリルを比べた際、多分強いの、リルの方だしな。
ガチでやりあったら、普通に負ける気がする。
なんてことを話しながら、先を急いでいた俺達だったが――遠くから聞こえてくる、戦闘音。
俺は三対の翼で、ヤタと共に高く飛び上がって先を確認する。
その光景は、すぐに視界に映った。
「うわぁ……キモい」
大地を埋め尽くし、あるもの全てを齧りまくっている、蟲ども。
蟻、に近しいが、もっと胴が太く、そして顔が凶悪だ。
特に顎がヤバい。
ワニみたいな、何でも噛み砕けそうな顎をしてやがる。
ただ……何だろう、どことなく人工物っぽい感じがあるな。
何本も生えた足に、歯車? ではないが、なんかそんな感じの嚙み合わせをしている構造があり、飛んでいる個体もいるのだが、翼の形状がどことなく、人の手で作られたかのような造りに見える。
種族:インセクト・リビングゴーレム
レベル:82
なかなかに強いな。
一体一体は、魔境の森で生存出来るギリギリくらいの強さしかないが、あの数だ。
数よりも質の方が重視されるのがこの世界と言えど、ある程度の質を確保した数ならば、それは当然ながら脅威だ。
特に、外のヒト種ならば、対処するのは難しいだろう。
「ゴーレム……やっぱり人工物か。遺跡を掘ったら巣に当たったっつってたし……阿修羅ゴーレムみたいな、遺跡防衛機構の一種か? ただ、リビングゴーレムってのは、聞いたことないな」
今は山と森を食っているようだが、手前に大きな城壁を持った城塞都市が一つあり、そこを拠点に兵士が展開しているらしく、あの都市まで蟲どもが辿り着くのは時間の問題だろう。
なるほど、なるべくなら自分達で解決しようとは思っていたものの、あそこへの到達が時間の問題になったからこそ、俺を呼んだのか。
と、その街へ近付くにつれ、俺の耳が、遠くからの怒鳴り声を拾い上げる。
「――! ほ、報告! 後方より、魔物の一団が出現! す、推定戦力、災害級!」
「何!? ……いや、もしや、ご領主様より連絡のあった、皇帝陛下の一団か!?」
「わ、わかりません! あ、ですが、上空に一人、魔族と思われる男性が飛んでおります!」
「……念のため警戒しろ! だが、もし本当に陛下だった場合、失礼をする訳にはいかん! 難しいが、確認が取れるまで絶対に気を抜くな!」
うん、なんか申し訳ないくらいに警戒させちゃってるわ。
「お前ら、先に行ってろ。まずは……そうだな、兵士連中でヤバそうなのがいたら、優先的に助けてやれ。ビャク、セイミ、お前らの優先は、怪我人の回復だ」
敵と誤認されても敵わないので、ペットどもだけ先行させるべくそう指示を出すと、彼らは気合の入った返事をして走っていく。
そうして一人になった俺は、急ぎつつ、かつ突撃するような恰好にならないよう少しずつ減速しながら、緊張している兵士諸君の、恐らく指揮官がいるっぽい仮テントの前に降り立つ。
「呼ばれて応援に来た、ユキだ。アンタらの中でトップは?」
すると、人間の一人が、少し顔を強張らせながら前に出る。
「私でございます。……大変失礼ながら、皇帝陛下、でよろしいでしょうか?」
「おう、そうだ。つってもお互い初対面である以上、それを証明する術は存在してないがな」
そう言うも、指揮官らしい人間は、苦笑気味に首を横に振る。
「いえ……あのような、とんでもない魔物達を従えている様子だけでも、あなた様のお力はわかります。ユキ陛下、ご助力、感謝いたします」
そう言って指揮官の男が頭を下げると、同時に周囲の兵士達も頭を下げる。
ユキ陛下。
どうしよう、吹き出しそうになるんだけど。
もしこれ笑ってしまったとしても、絶対俺悪くないよな。
ただ、真剣で深刻な様子の彼らの前でそうしようものなら、超絶感じ悪い皇帝に見られそうなので、頬の筋肉が動かないようにメッチャ意識しながら、言葉を返す。
「いや、いいよ。これは、元々俺の仕事の内だ。――よし、アンタらは下がっててくれ。あとは俺達でやろう」
「よ、よろしいのですか?」
「あぁ。というか、普通に範囲攻撃とかするつもりだから、下がってくれないと巻き込むぞ。味方の攻撃で殉職は嫌だろう」
そう言うと、彼は一瞬上に立つ者の顔で何事かを思考すると、すぐに頷く。
「ハッ、畏まりました。――お前達、聞いたな! 城壁外に出ている兵を急いで全員下げろ!」
その指示に、兵士達は一斉にキビキビと動き出し、部隊を次々に都市の城壁の内側へ撤退させていく。
うーん、こういう、指揮官の彼みたいな威厳は、俺には一生身に付かないだろうな。
求めてないから、別にいんだけどさ。
――さあ、蟲退治だ。
もう、響きからして嫌な感じだが……ぐぅぅ、これも仕事だ。
やるしかないな。
ユキと蟲。何も起きないはずがなく……。