死ぬということ
「――さて、リル、エンよ。オペレーション『おかえりなさい、地上世界へ』作戦を開始する」
「クゥ」
『……ん』
「うむ、これは、我々が地底世界に埋めた阿修羅ゴーレムを、地上に戻す作戦だ。今作戦に、意味は何も存在しないが……ただ、俺がその気になった。故に行われる作戦だ」
「ク、クゥ」
正直に言いますね、と苦笑気味の鳴き声を溢すリル。
『……主、あそこ、気に入っちゃったみたいだから。仕方がない』
「クゥ」
「うむ、戦って壊れるならまだしも、地底世界で緩やかに朽ちるのを待つっていうのは、ちょっと可哀想だからな」
結局最後まで、あの阿修羅ゴーレムはDPにならなかったので、まだ生き残っているはずだ。
長年、ダンジョンを守護してきたのに、最後が地底世界で果てる、というのは……流石に少々、可哀想だろう。
わかってる。
これは、偽善だ。
この行動に、何の意味もない。
ゴーレムに魂は存在せず、意思も存在せず、ただ決められた行為を行うだけなのだから。
だが……まあ、いいじゃないか。
俺が満足すれば、それで良いのだ。
――そうして、西エリアの奥地へと、俺達は足を踏み入れる。
扉を一枚設置したので、この辺りへ来るのも、今ではすぐである。
西エリアの扱いは十分に注意しないといけないので、扉に関しても、かなり厳重に隠してある。
繋がる先も、北エリアの僻地にし、そこからちょっと歩いたところに、東エリアへと繋がる扉を設置した。
東エリアには我が家に帰るための扉が幾つか置いてあるが、そこから先は俺かリルじゃないとわからない訳だ。
リルは超賢いので、俺が設置した扉を使いこなしているし、何ならダンジョンの権限も俺の次に大きなものを有しているので、自分で扉も設置出来るしな。
もう、魔境の森はどこでもドアだらけである。
どこがどこに繋がるのか、一応今までのものは全て把握してあるが、そろそろ何かにメモとかしておかないと、忘れてしまいそうだ。
今は覚えていられても、十年後とかに覚えてる自信ないわ。
俺、長命種だし、百年とか二百年とか、当たり前に生きる訳だし、面倒くさがらず今の内にそういうことしておかないとな。
マップ機能を頼りに、先へ進んでいる内に、特に接敵することもなく、やがて見覚えのある遺跡跡が遠くに見え――。
「……静かだな」
「クゥ」
『……ん。今は、こっちに気付いてない』
以前はビーム打ちまくりだったが、今は暴れていないようだ。
よし、好都合だ。
俺は、周囲の動向をしっかり確認しながら、地面に仕掛けた『硬化』を解除していき、そして表面の土を消し飛ばすため、以前も使った爆発の罠を仕掛けていく。
一通りやり終わったところで、俺はリルとエンの準備が整っているのを確認してから、躊躇せず起爆。
ボン、と地面が爆ぜ、土埃が空高く舞い上がり――ビームの乱射!
俺達に気付いたらしく、光線が空へと打ち上がり始め、そして少しして、地上部分にゴーレムの腕がズン、と出て来る。
器用に地面に手を突き、身体が現れ始め――。
「よっしゃ、逃げるぞ!」
「クゥ!」
『……ん!』
そこまで確認したところで、俺達は即座にダンジョン帰還装置を起動し、この場から逃げる。
やがて、我が家に辿り着いたところで、何だか愉快な気分が湧き上がってきた俺は、大きく口を開けて笑い。
エンも、リルもまた、どっちも大笑いするタイプではないが、楽しそうに笑っていた。
◇ ◇ ◇
「――つー訳でさ。魔境の森を魔境の森にしたのは、始祖龍だと思うんだよな。確証は何にもないんだけどよ」
「……なるほどのう。あり得ぬ話ではないか」
俺の言葉に、レフィが相槌を打つ。
「ま、そうじゃなかったとしても、生きるだけ生き抜いて、んで死んだみたいだな。ダンジョンには、そんな遺言だけが残ってたんだ」
「……ふむ。お主が嬉しそうだったのは、それが理由か」
ちょっと前にエンにも言われたことを言われ、バレバレの感情に、俺は苦笑を溢す。
「そんなに嬉しそうだったか、俺?」
「うむ、なかなか気分が良さそうじゃとは思っておったぞ。ここ最近じゃと、一番楽しそうな感じじゃな」
俺は、何と答えるか少し考えてから、言う。
「……俺達はさ、レフィ。死に方って、大事だと思うんだよ」
俺の声音に、真面目な話だとわかったのか、こちらの顔をジッと見るレフィ。
「俺達は長命種だ。である以上、最後に生き残るのは、俺達。他のみんなは、先に死んでいく」
「……そう、じゃな。寿命の違う種である以上……それは、必然じゃ」
「あぁ。けど、俺にとっちゃ、考えたくない問題だよ。俺より先に、嫁さんらが死ぬなんて。ウチの子らよりも、俺の方が長く生きるなんて。それは確実な未来で、何か余程がない限り、いつかは必ず訪れる」
そう、いつかは必ず、その時が訪れる。
神槍ルィンや、あのダンジョンの主の言葉ではないが……命ある者が朽ちるのは、必然の理。
誰も、それこそ神と呼ばれた者達であっても、逃れることは出来ないのである。
「けど、あのダンジョンの主は……自らの生を嘆くことなく、最後まで生き抜いた。生き抜くことが出来た」
「…………」
俺は、笑みを浮かべ、レフィの顔を見る。
「それが、俺は嬉しかったんだ。きっとその彼か彼女かも、長く生きて、恐らく先に死んでいった者達が多くいる中で、愉快な生だったと、笑って死ねて。そうやって生を満喫することも、出来るんだって、示してくれたようで。だから……」
そこで言葉を止めた俺を、レフィはまじまじと見て――そして、言った。
「ユキ」
「あぁ」
「儂は、ずっと共に……おるからの」
「おう、けど、どっちかは先に死ぬことになるだろ?」
「ならば儂の方が長く生きよう。もう、意地でお主より長く生きて、お主の死にざまを看取って、『どうじゃ、儂の方が長く生きたぞ!』と墓の前で笑うてやるわ」
不敵な、だが思いやりのある彼女の笑みに、俺は少し胸が熱くなりながら、同じように笑う。
「……そっか。んじゃあ、俺達はどっちがより長く生きられるか、勝負だな。逆に俺の方が長く生きて、お前の墓の前で笑ってやるよ」
「ほう、言ったな。楽しみにしておるぞ」
俺が愛してやまない、慈しみのある笑み。
俺は、いったいどれだけレフィに、救われていることだろう。




