リューとリルと息抜き
「……何やってんだ、リュー?」
玉座の間から、ドアノブを回して直接洞窟へと出ると、その先の洞窟の出入り口で、リューが顔だけ出して洞窟の外の様子を覗いていた。
「あっ、ご主人。いえ、今日リル様に会いに外へ行かれるんすよね?」
「おう。最近会ってないからな。ちょっと顔を見に行こうかと思って」
まあ、正直なところは、最近土魔法使い過ぎて飽きてしまったから、という理由が大きいのだが。
魔物相手にぶっ放してストレス解消――もとい、俺の魔法がどれだけ上達したか確認しようと外へと出て来た訳だ。
「でしたら、ここで待ってたらリル様がお姿を見せないかなーと思いまして」
「……アイツは、もうそこに来てるぞ。お前がそこに陣取ってるから姿を見せてないだけでな」
マップに、味方の反応が一つ、近くに映っているし。
「えぇっ!?何でっすか!?」
愕然とした様子を顔に浮かべるリュー。
「いや、単純に気持ち悪いからだろ」
「そっ、そんなはっきり言わなくてもいいじゃないっすか!?」
だってねぇ。
「いや、そうやって付き纏われたら誰だって嫌だろ。お前のところじゃ神聖視されてるのか知らんが、そんな風にされたら俺だって逃げるぞ」
「うぅ……だ、だって、ホントに凄いんすよ!?フェンリル様は!!」
そう言って彼女は、フェンリル伝説を語り出した。
曰く、一匹で人間の軍勢を壊滅させ、都市を滅ぼしただとか。
曰く、万の魔物を相手に数年もの間を戦い続け、そして生き残っただとか。
曰く、フェンリルが没した地は花が咲き乱れ、森が茂り、未来永劫その自然の豊かさが尽きることがないだとか。
曰く、自分達の祖先がフェンリルで、自分もその血を受け継いでいる訳だから、そんな尊い存在を敬うのは当然であり、全くこれっぽっちも自分におかしなところはないだとか。
瞳に熱を浮かべてリューが語るのは、何だか胡散臭いと思ってしまうような話ばかりだが、考えてみればレフィと同じ伝説級の生物だったな、フェンリルは。
昔戦った時すごく苦労したとかアイツ言っていたし、かなりの強さを誇ったのは間違いなさそうだ。
というか、フェンリルが祖先て、何が起きたら人型に――って、あぁ、よく考えたら人化の術ってもんがあったな。それを考えるとあんまりおかしなことでもないのか?
そうか、じゃあ例えば俺とレフィで子を為した場合、生まれて来る子には――。
……何考えてんだ、俺は。
「ご主人?どうしたんすか?顔赤くして。そんなにフェンリル様の伝説に感じ入るところがあったんすか?」
「うるせぇ、違ぇ、何でもねぇ」
まあいい、わかった。コイツはつまり、あれだ。アイドルの追っかけみたいなもんだ。
今までテレビの先でしか見たことのなかった存在が、いきなり身近に現れ、テンションの上がってしまったファン、といったところだろう。
まあ、その気持ちはわからなくもないが。俺も、好きだった声優がいきなり目の前に現れたら、否応無しにテンション上がる自信がある。
「……なら、一回付いて来るか?」
「えっ!?いいんすか!?」
「けど、大人しくしてろよ?迷子になりでもしたら死ぬぞ、お前」
「ウッ、わ、わかったっす。お、大人しくしてるんで、是非ともご一緒させていただきたいっす!」
* * *
「うひゃあああぁぁああぁっ!?」
「うるさいぞ、リュー」
俺の後ろで耳障りな叫び声をあげるリューに、顰め面で文句を言う。
「だっ、だってええええぇぇっ!!は、早過ぎっすよおおお!?」
必死とリルの背中にしがみ付き、言葉に尾を引かせながら叫ぶリュー。
「言っとくけどお前、リルの本気はこんなもんじゃねえからな。――あ、リル、そこ止まれ」
そう俺が言うと、リルは全身を使ってスピードを落とし、すぐにその場で動きを止める。
「ふべっ――」
と、同時、急激な停止に耐えられずリルの背中から手を放してしまい、そのまま投げ出されて地面に顔からごっつんこするリュー。
「おい、そんな身体を張って笑い取らなくていいから、大人しくしてろって」
「別に好きでやってるんじゃないっすからね!?」
ガバッと起き上がり、顔に土を貼り付けながら思わずと言った様子でツッコむリュー。
意外と元気そうだな。
「くぅ……さ、流石リル様っす……というか、あの速さに余裕綽々の表情を浮かべているご主人は絶対頭おかしいっす」
失礼な。ちょっと絶叫好きが高じているだけだ。
「それよりリュー、早くこっち戻って来た方がいいぞ。そこ敵来るから」
「へっ?――ってうわぁっ!?」
恐る恐ると背後を振り返り、そしてその先に一匹の魔物がいることに気付いて、慌ててこちらへと戻って来るリュー。
「ゲルグアギャギャ!!」
そこにいたのは、からあげにすると美味しい魔物、『ロックバード』
俺達に気付くと、警戒心満々の、デスボイス染みた鳴き声を上げる。
「おっと、お前の鳴き声はうるさいからな。大人しく食材になってくれ」
そう言うと同時、俺はリルの上に乗ったまま瞬時に魔力を練り上げ、パシンと両手を合わせる。
「ゲグッ――」
すると、鳥野郎の頭部の真下にある地面が突如グッ、と盛り上がったと思いきや、見るからに痛々しそうなギザギザの剣山が内側に生えた、丸みを帯びた鉄板のようなものが二枚向き合って出現し――そして、バクンと口を閉じるようにして開いていたその二枚が閉じ、鳥の頭を剣山で刺し貫いた。
ザシュ、と血飛沫が舞い、ロックバード――頭部を失ったロックバードは、そのまま倒れ、地に伏した。
この魔法は、名付けて『アイアンメイデン』。名前の通りの攻撃方法を持っており、殺傷能力は非常に高い。
ただ、発動までに一クッション置くため、察知能力の高い敵や、足の早い敵などが相手だと発動しても避けられてしまう可能性があるので、一長一短の攻撃魔法ではある。この前思い付いた。
まあでも、初めて魔物相手に使ってみたが、そんなに悪くないな。足の遅い敵相手だと結構ダメージ与えられそうだ。
「うわぁ……ロックバードがホントに一撃っすね……」
ちょっと引き攣った笑みを浮かべて、リューがそう呟く。
「まあ、コイツ程度じゃな。――さ、次行くぞ、リュー。早く乗れ」
ロックバードの死体をアイテムボックスに放り込みながら、リューを促す。
「えっ!?ま、まだ行くんすか!?」
「何言ってんだ、外出て来たばかりだろ」
「い、いや、あの、リル様に乗せていただくのはもうメチャクチャ嬉しいんすけど……その、もう少しスピードを落としていただけるともっと嬉しいかなぁって」
「そんなこと言って、ホントは速いのが嬉しいんだろ?」
「グルゥ」
「ほら、リルも遠慮するなって言ってるからさ。早く乗れって」
「ひぃっ!?あ、悪意を感じるっす!!」
ニヤリと笑って俺は、戦々恐々とするリューをリルの上に引っ張り上げ、後ろに乗せた。
「さあ行くぞ!!」
「うひいいいいぃぃいいぃいぃ!?」
――その後、リューの叫びが森の中にどこまでも響き渡って行った。
芸人と化しつつあるリュー。