滅びの跡
とりあえず危険はなさそうなので、俺達は辺りを探索する。
と言っても、特に何か特別なものがある訳ではなさそうだ。
我が家は完全なる居間として使用しているので、キッチンがあったり、洗面所があったり、トイレや風呂があったりするが、こちらには隣接した部屋等がなく、ただ広い玉座の間があるだけ。
どこかに繋がる通路などもない。
恐らく、もっと実用的な部屋などは、表の遺跡らしきところにあったんだろうな。
物も……もしかすると、何かあったのではないか、と思われる棚が設置されてたりはしたが、長い年月が経ったことが理由か。
ただ埃や、崩れたカスのようなものが残っているだけで、書物なども一切ない。
一番に目につくのは、やはり、未だしっかりと形を残している、玉座。
……何となく、この玉座を見ると、もの悲しくなるな。
兵どもが、夢の跡。
あの、阿修羅ゴーレム軍団の様子からして、このダンジョンには相当な戦力があったはずだ。
それこそ、魔境の森の西エリアを本拠にしていても、存在出来るだけの戦力が、だ。
にもかかわらず……こうして今は滅び去り、その跡地だけが残っている。
永遠に残るものは存在せず、全ては移ろいゆく。
俺の命は非常に長いとは言え……いつかは我がダンジョンも、こうやって滅ぶのだろう。
ツー、と玉座の手すりを撫で、少し感傷的な気分になっていると、リルが「クゥ」と俺を呼ぶ。
「どうした――って、これは……」
リルの見る先にあったのは――石碑。
壁と一体化するように設置されており、暗くてわからなかった。
リルが気付いてくれなかったら、普通に見逃してたかもしれない。
何か文字が彫られているようだが……やはり暗さと、埃でよく見えない。
そして、この石碑。
見たことがある。
ドワーフの里にあった石碑と、龍の里にあった龍歴。
恐らく、それらと同じ材質だ。
「んじゃあ、ここは……神代にあったものなのか?」
『……前に、同じようなの、見たことあるね』
同じように石碑を見ていたエンもまた、そう思ったらしい。
材質が同じ、というだけの可能性も、勿論存在しているが……。
手で表面を擦り、埃を拭う。
この石は相当特殊なものなのか、周囲のものとは違い、一切朽ちておらず……読める。
書かれているのは……遺言、か?
「我は朽ちる。命長くとも、生ある者、それは必然也。然れど我が魔、やがて空となりて、大地となりて、森となりて、新たなる命を育む。故に我が生、朽ちず。あな、愉快也……」
文章は、それだけだった。
……我が魔、やがて空となりて、大地となりて、森となりて、新たなる命を育む。
つまり……魔境の森は、莫大な魔力を有していた、このダンジョンの主が死んだことで、形成されたものってことか?
――以前のレフィの言葉を思い出す。
魔境の森は、神が没した地である、と。
レフィはそれが、神と呼ばれるまでに長く生きた魔物ではないか、という推論を語っていたが……この玉座のサイズから見て、それは間違いだったのではないかと思う。
「……いや、待てよ。龍族との繋がり……」
どうやらこの森と龍族には、繋がりがあるらしい。
この森に長く住み続けている龍達がいることもそうだし、レフィが言っていたことから推測しても、それは明らかだろう。
そして――神槍ルィン。
彼が見せてくれた、神々の様子。
神は数柱が存在しているようだったが、その中には確か、龍族がいた。
始祖、と呼ぶべき龍だろう。
何も証拠のない、あくまで想像でしかないが……ここの主、もしかしてその龍だったのではないだろうか。
それならば、龍族との謎の繋がりも、説明が付く。
そんな、世界最強である龍の、さらに始祖となる者が死んだのならば、こんな森が形成される程の濃密な魔が拡散されてもおかしくない。
ただ、ここにある玉座はヒトサイズのものだが――いや、俺の嫁さんや、ドワーフの里へ行く途中で出会った老龍、シセリウスばあさんなどは、人化の術が使えていた。
ならば始祖たる龍が、人化の術が使えていた可能性も、高いはずだ。
他の神は、皆ヒトサイズだったし、そこに合わせていたんじゃないだろうか。
この部屋の、天井の広さなんかは、正しく龍族サイズだがな。
ここにある阿修羅ゴーレムどもに関しては、何もわからないが……その始祖龍は、ロボ好きだったのかもしれないな。
すっげぇバカみたいな予想だが、うん、なんかちょっと、友達になれそうな気がしてきた。
――全ては、ただの想像だ。
根拠は何もなく、事実は長命種でも追えない程の、遥かなる過去。
後世に生きる身として出来ることは、ただ推測に推測を重ねていくしかない。
それでも――。
俺は、無人の玉座を見る。
「……アンタは、満足して、死ねたんだな」
ここの主は、長い、とても長い生を……満足して、終えられたのだろう。
それが俺は、何だか無性に、嬉しかったのだ。
◇ ◇ ◇
「ただいまー」
「……ただいま」
俺と、すでに擬人化したエンがそう言うと、すぐに声が返ってくる。
「おかえりっすー! ん、今日は特に、ケガした様子もないっすね!」
「おかえりなさいー。何か、収穫はありましたかー?」
「おう、とびっきりだ」
「……遺跡の中、見て来た。面白かった」
エンの言葉に真っ先に反応したのは、やはりレイラ。
「ほほう! そうですかー。いったい、何が――」
「待つっす、レイラ。好奇心が疼くのはわかるっすけど、ご主人達は、帰ってきたばっかりっすから。多分、お風呂に入りたいと思ってるはずだし、後にするっす。謎は、逃げないっすよ」
「! 確かに、そうですねー。失礼しました、では、お風呂に入られますかー?」
いつもとは、立場が逆転したような二人のやり取りに少し笑みを浮かべながら、俺は答える。
「そうするよ。レフィは?」
「レフィは、イルーナちゃん――イルーナ達にせがまれて、草原エリアの方に行ったっすよ。もうちょっとで晩御飯なので、そろそろ帰ってくるとは思うっすけど」
最近大人組は、幼女組のことを、ちゃん付けで呼ばなくなった。
今までは特に気にした様子もなかったが、少し前に嫁会議が行われ、そこでその話が出て、以来リュー、レイラ、ネルの三人は気を付けるようにしているらしい。
――そうして俺とエンは、着替えの用意をすると、居間を後にする。
と、俺の隣をトテトテと歩いているエンが、何やら不思議そうな顔でこちらを見上げてくる。
「? どうした?」
「……んーん。何だか、主が嬉しそうだったから」
「はは、あぁ。そうかもな」
今日は……良いことが、多かった。
良い一日だった。
そして、明日も良い一日にするため、頑張るのだ。
俺は、ポンポンとエンの頭を撫でた。




