奥地へ《2》
イービルアイが送ってくる映像を確認しながら先を進んでいた俺は、その時映像に、何か変なものが映り込んだことに気が付く。
「ん……?」
「クゥ?」
「いや……イービルアイに何か映った。映像だけだとよくわからん、そっち見に行きてぇ」
「クゥ」
了解です、というリルの言葉を聞き、俺は先へと進む。
魔物どもを警戒し、若干の遠回りをし、川を越え――辿り着く。
「あった、これだ」
そこにあったのは、岩。
無論、ただの岩ではない。
自然による形成だけではこうはならないであろう、ピラミッドのような形をした岩だ。
……あぁ、いや、ちょっと違うか。
近くに来て分かったが、どうやらこれは半分地面に埋まっているようで、露出している部分の形状から推測するに、元は長方形をしていたのだと思われる。
恐らく、崩れた柱、的なものではなかろうか。
長い年月で風化したようで、本当に微かで識別すら困難だが、何か紋様のような、文字のようなものが表面に彫られているのがわかる。
間違いない、人工物だ。
「へぇ……流石にこの森の魔物でも、こんなんは作らんだろうし、大昔この森にも文明があったんだな。いや、龍族が昔、この辺りに住んでたのかね?」
俺のお隣さんである、魔境の森土着の龍族。
彼らは相当長い年月この森に住んでいるようだし、彼らの住処もここからそう遠くない――と言っても、数十キロは向こうだが――ので、その可能性も有り得るだろう。
いや、ただこの岩に彫られている文字の大きさは、龍族サイズじゃないな。
やっぱり、ヒト種の社会がこの森にも――本当に?
そこで俺は、その想像がおかしいということに気付く。
大昔なら、この森に文明があってもおかしくないだろう、なんて思ったが、ここがヒトの住める森ではないことは明白だ。
そのことは、己が身をもって散々に理解している。
大昔のヒト種が、俺以上に強い力を持っており、森の魔物どもとタメ張れるくらいの実力があったのか?
それとも、その文明があった時は、この森の魔物にそこまでの強さはなかったのか?
だがここは、長い生を持つ龍族が辿れぬ程の遥か昔から、ずっと変わらず魔境の森だと聞いている。
ではここにあったと思われる文明は、どれだけ昔のものだ?
「……面白くなってきた。よし、エン、リル、目標変更だ。とりあえず西エリアをテキトーに探索するだけのつもりだったが、この文明の跡、もっとないか探してみるぞ」
『……冒険の始まり。とてもワクワクしてきた』
「クゥ!」
◇ ◇ ◇
そうして俺達は、柱を発見したところを中心に、辺りの探索を開始したのだが……。
「無いなぁ」
『……無いね』
「クゥ」
柱っぽいものの風化具合を見た時にも思ったことだが、ここにあったと思われる文明は本当に遥か昔のものだったらしく、残念ながら次が全然見つからない。
イービルアイを増量して、さらに広範囲を詳細に確認していっているものの……それらしいものは、今のところ一切見つかっていない。
仕方がないので、少し休憩がてら、俺達は足を止めていた。
「クゥ?」
『……ん、大丈夫。冒険とは険しく、そして忍耐を要するもの。これくらいの苦労は範疇の内』
エンを気遣って「疲れは大丈夫ですか?」といった感じに聞くリルに、エンはまだまだやる気な感じで、むふんと気合いっぱいに答える。
「…………」
そんなやり取りの横で、俺は開いたマップを注視していた。
「柱があったのは、この地点。魔境の森は、東西南北で魔素の濃さが違うように、同心円状の構造にはなっていないが……それでも、西エリアが魔境の森の心臓部である以上、この中に中心点は存在すると思われる」
となると……安易な想像だが、西エリアのマップにおける中心付近に、やっぱり俺達が探すものはあるんじゃなかろうか。
「……この辺り、だな。よし、リル、エン、次はこっち行ってみよう」
場所を絞って、俺達は探索を再開。
……絞ったといっても、魔境の森は広大なので、一日かけて回れるか、といったぐらいの範囲はあるのだが。
やはりネックなのは、魔物どもだ。
ヤツらを回避する手間のせいで、無駄に時間を取られている。
戦闘になるより圧倒的にマシではあるので、必要な手間ではあるのだが――と、お?
山の麓。
鬱蒼と茂る木々に隠れ、よく見えないが……何かある。
――ビンゴか?
遺跡、らしきもの。
風化し、ほぼただの岩山と化しているが、かろうじて何か、形があったのだろうと認識出来る程度が残っている。
どことなく、人の手が入っているのでは、と思わせる形状をしているのだ。
その遺跡と思しきものの中心には、洞窟みたいなものがあり……奥へと続いているな。
是非とも、あの奥へ行ってみたいところだが――一つ、障害があった。
「……ゴーレム、だな」
「クゥ」
無生物魔物、ゴーレム。
数多の種類があるが、あそこにあるのはヒト種に似た二足歩行型で、しかし腕が数本あり、それぞれの手に剣や槍らしきものが握られている。
苔や草が身体から生え、木々と半ば同化しているが、ソイツだけは一切形が崩れておらず、今もまだ確かな存在感を感じさせていた。
アレがあったからこそ、ほぼ岩山と化しているあそこが、ただの洞窟ではないのだろうと気付くことが出来た節もある。
太古の遺跡を守護する番人としちゃあ、ピッタリの存在かもしれんが――なんて感想を抱いた、次の瞬間。
ギギギ、と首が動き、こちらを向いたかと思いきや。
顔の中心に据えられた、目を表していると思われる一つだけの宝玉が、キラッと光った。
――あ、やばい。
「リ、リルッ!! 逃げるぞッ!!」
「ク、クゥ!!」
全身を貫く強烈な危機感に従い、俺達は予め用意しておいた、ダンジョン帰還装置を起動。
しかし、俺達の身体が消える前に、ゴーレムは攻撃を開始。
あの光った目から、光線らしきものが放たれる。
俺は、ほぼ反射的に水壁、土壁の両方を原初魔法で目の前に形成し、だが全く意味がないかのように穴が穿たれ、貫通し――。
「――うわぁっ!? ハッ、ハァ……び、ビビッた……!」
――気付いた時には、俺達は我が家に戻っていた。
「む? おかえり――大丈夫か、お主ら?」
俺達の帰還に気付いたレフィが、そう声を掛けてくる。
「あ、あぁ……大分危なかったが、大丈夫だ」
「ク、クゥ……」
まだ心臓がバクバク言っている。
危なかった。
久しぶりに、目の前に死を感じた。
……今日は一切油断していなかったし、最大限で警戒し続けていたが、これである。
いや、そのおかげで、無事に生還出来た、とも言えるか。
これだから、魔境の森は。
ただ――収穫は、あった。
「あの洞窟、どうにかして先に行ってみたいが……問題は、ヤツだな。アレにバレずに、っていうのは……無理だろうなぁ」
「クゥ……」
「……ん。距離を取って、気配も消してて、でもあのゴーレム、しっかりこっちを見てきた」
我が家に戻ったので、擬人化したエンもまた会話に参加する。
俺達は今回、出来る限りの準備をし、森に出た。
にもかかわらず、あのゴーレムは簡単に俺達の姿を捕捉し、攻撃を仕掛けてきた。
というか、まだ近付いてもいなかったし。
一キロちょいは、離れていたはずだ。
となると気付かれずに進む、というのは限りなく難しく、故にあそこより先に行きたいのならば、倒す必要が出て来る訳だが……。
「……アレ、倒せると思う?」
「……クゥ」
死力を尽くせばどうにか、と答えるリル。
うん、やっぱそのレベルの相手だよな。
とんだ門番がいたものである。