レイラとの時間
初心に帰って、しばらく一話完結型で進めていこうかな。
「…………」
「…………」
隣から聞こえる、ページをめくる音。
俺もまた、読んでいる本の、ページを進める。
肩をくっ付け、俺の隣に座っているのは――レイラ。
お互い、何も言うことはない。
ただ、手元の本を読むだけである。
レイラと二人だけになる時は、こういうことが多い。
彼女との時間は、それでいいのだと、俺は思っている。
レフィとは、くだらないことでギャアギャア言い合って。
リューとは、茶番で一緒にふざけ合って。
ネルとは、リルに乗って森で狩りをして。
そして、レイラとの時間は、ただ共にいて、静かに過ごすのである。
それが、俺達にとっては、最も心地の良い過ごし方だと思うのだ。
ちなみに、俺が読んでいるのは、こちらの世界の童話集のような本である。
内容としては、幾つかの神話が物語形式で載っている本であり、ネルが仕事から帰ってくる際に「おにーさん、いいのあったよー! これならウチの子らも読むだろうし」とお土産として買ってきてくれたものだ。
童話集なので読みやすく、普通に面白い。
大人になってから読む絵本とか、意外と面白かったりするが、そんな感じだ。
隣のレイラが読んでいるのは、もっと難しい、俺にはよくわからん技術書的なものだ。
そっちもネルが買ってきたくれたようだが、レイラの方は、結構な頻度で本を買ってきてもらっているようだ。
俺も外出した時に買ってきたりすることはあるが、最新の魔術研究などのことは、俺よりネルの方が詳しいので、レイラが所望するものはネルの方がよくわかるのである。
あと、レイラと同じくらいに我が家で本を読むのは、ネルだけだからな。
なので話が合うらしく、二人で著者やら何やらの雑談をしている様子を何度か見ている。
本棚もここには置かれているのだが、ほぼ全てがレイラとネルの蔵書で、使用者も二人が主である。
あと、イルーナもそこの本をよく読むな。
エンは時折で、シィは全くである。
シィに本を近付けると、ニコニコと笑顔で後ろに下がり、逃げていくのだ。
シィよ、勉強も、もうちょっと頑張ろう。な。
つまり、我が家で賢い組の三人が、やっぱり本もよく読むという訳だ。
エンも賢い組ではあるのだが……あの子はあまり、勉強には興味がないっぽいからな。
いや、興味がないと言うと、語弊があるか。
イルーナ達と一緒にレイラ塾の授業を受けはするし、シィみたく拒否感を示したりしないし、実験とかやると普通に興味津々だったりはするが、彼女が熱中するのは、そういうのよりも将棋とかチェスとかの、頭脳を働かせるものなのだ。
やっぱり、刀だからな。
戦術や戦略とか、そういう関連のものに興味があるようだ。
「……本か」
「? どうしましたかー?」
「いや……城の方に、図書室でも作ってみようかと思ってな。けど、図書室を作るっていう程、ウチに本ないなって」
「図書室、ですかー。あると嬉しいですが、ちょっと高いですからねー、本は」
「そうなんだよなぁ」
この世界は、意外と製本技術が進んでいる。
が、前世の現代には程遠いので、やはり相応に本は高いのだ。
そして俺は、金を持っていない。
稼ごうと思えば簡単に稼げるし、ⅮPで出してもいいが……図書室を作って埋めるだけ、となると、相当掛かると思うのだ。
本の少ない図書室なんて虚し過ぎるだけだしなぁ。
「ですが、たくさんの本が置いてあって、好きなだけ読めるなら……とても素敵ですねー」
「……そうか」
嬉しそうに微笑み、そう言うレイラさん。
……君がそういう顔するなら、本気で考えてみますかね。
「……そう言えば、ローガルド帝国の城になら多分、図書室とかもあるよな。俺、皇帝だし、本パクッてきてもいいよな!」
前皇帝シェンドラならぬシェンの国だ。
研究書とか、外では見られない禁断の書とか、そういうものも置いてあるんじゃなかろうか。
そして、こっちの図書室に『禁書』の棚とか作って、幼女達に「大きくなるまで読んじゃダメ」と言うのだ。
彼女らが大きくなった時に読んで、「これは……伝説の書!」とか言ってほしい。
ロマンである。
皇帝としての特権を、こういう時に使わないとな!
「んー、ですがユキさん、国の本は国の財産なんですよー? あなたは皇帝になったかもしれませんが、個人の財産と国の財産は違うものですからー。あまり無茶を言ってはダメですよー」
「……そうか。そうだな」
超正論に窘められ、何も言えなくなってしまうと、彼女はポンと俺の膝に手を置き、ニコッと笑う。
「フフ、読みたいものがあったら、私がユキさんにお願いして、ローガルド帝国の方に連れて行ってもらいますからー。だから、大丈夫ですよー」
「……そうか」
それからまた、二人で無言で本を読む時間が続く。
「――そうだ、レイラ。これ、読んでくれよ」
「私が、ですかー?」
「あぁ。レイラの綺麗な声で聴きたい。童話だしな、音読してもらうにはピッタリだ」
「わかりました、では――」
そうして、レイラは俺が読んでいた童話集の、読み聞かせを始める。
スッと頭に入ってくる、聴き心地の良い、リラックスの出来る声。
並んで、触れたレイラの肌から感じる体温。
心から安心が出来る、あまりにも心地の良い環境に、俺の目蓋は少しずつ、少しずつ閉じていき――。
読み聞かせをしていたレイラは、トン、と身体にもたれかかる重みで、その時気が付く。
いつの間にかユキは、目を閉じ、寝息を立てていた。
その穏やかであどけない寝顔に、レイラはクスリと笑みを浮かべ、ゆっくりと彼の頭を自身の膝の上に横たえる。
「――おやすみなさい、私の旦那様」