リルの変化《2》
先に言っておくけど、今後一生、リルとリル一家が人化することはないよ笑
リルはね、モフモフな狼だから良いのよ。
モフモフに非ずんば、リルに非ず。これを標語に掲げてやっていきたいね!
突如、リルの身体が光に包まれる。
まるで空間から滲み出るかのように、空間から漏れ出た光がリルの身体に集まっていき――そして、変化は終了する。
「おぉ……」
いつの間にか、リルは、透明な甲冑のようなものを身に纏っていた。
馬鎧、というのだろうか?
リルが付けるなら狼鎧だろうが、要するにそういう感じでデザインされた、単独ではなく上に誰かが乗ることを想定されている造りになっている。
何か湯気のような、闘気のようにも見えるものがリルから昇っているが、これは魔力だな。
可視化される程の、具現化された濃密な魔力で構成されているということだ。
眼とか特に濃密だ。視覚の強化もされているのだろうか?
多分、夜に見たら、目が火の玉にも見えることだろう。
そして、鎧全体に走る、見たことのある紋様。
……鎧の形状から見ても、これは、俺の種族進化が影響を及ぼしたんだろうな。
神槍の第三形態時と、よく似た意匠だ。
なかなかスタイリッシュで、超カッコいい。
次に俺は、まだ確認していなかったリルのステータスを見る。
「……すげー上がってんな」
俺が覇王となった際に変化したのと、同じくらいリルのステータスが成長していた。
強い。
等級で言えば、恐らく大災害級に足を踏み入れたところか。
大災害級である。
災厄級の次に来る等級だ。
……まあ、災厄級と大災害級の間にはとんでもなくデカい壁がある訳だが。
そして、ステータスの中に俺が見慣れぬものが、二つ。
クラスの『覇狼』と、ユニークスキルの『荒神化』というものである。
覇狼か……まず間違いなく、俺の『覇王』に呼応して、変化したのだろう。
違いと言えば、成長幅は俺とほぼ一緒であるはずにもかかわらず、俺の方は説明欄にハッキリと『そこに至る者は、本来は、いない』と書かれているのに対し、リルの方は『だが、種の限界へは、未だ至っていない』と書かれていることか。
以前レフィが言っていたが、ポテンシャルに関して言えば、やはり龍族並のものを有しているのだろう、フェンリルは。
覇王になった俺に対し、リルの種族は変化無しのようだが、まあレベルが千に近いレフィが種族進化していない以上、百年とか二百年とか、それくらい経っても種族進化はしないんだろう。
と言っても、種族進化に関しては、ポンポン変化する魔王の方がおかしいのだろうが。
多分、ヒトの器で強さの限界を超えるためには、幾度もの種族進化が必要になるんだろうな。
そして――『荒神化』というユニークスキル。
確かに今のリルは、神々しさがある。
元々リルは凛々しいイケ狼であるが、今の輝く超モフモフに、この圧倒される鎧。
ウォーウルフ達が信仰し、そうではない獣人族でも気後れするだけの神聖さと、威圧感が、今のリルにはあった。
「荒神、か。メッチャカッコよくなったな、リル」
「クゥ……」
「ハハ、大丈夫だ、その力は俺達に害為すものじゃない。急だったかもしれんが、ただ力が増えただけだと思ってくれていい」
これは、ルィン由来の力だ。
あの神様が、何か大きなデメリットのあるものを残すとは、到底思えない。
というか、そういうのがあったらちゃんと説明する神様だろう、あの人は。
近い内、祭壇でも作って祭ろうか。
あと、俺の方は神槍がないと変化出来ないが、リルの方は違うんだな。
何か差があるんだろうか?
「クゥ?」
「おう、実は俺、種族進化してな。その関係でお前も変化したみてぇだ。今見せてやる。――レフィも、見ててくれ」
「む、わかった」
俺は、アイテムボックスから神槍を取り出すと、唱える。
「命を謳え、我が槍よ」
次の瞬間、以前と同じように槍が変化を始め、それに伴って俺の身体も変化を迎える。
リルと同じような鎧が右腕に生成され、それが肩までを覆う。
……リルを見て気付いたが、改めて見ると、俺も闘気モドキが身体を覆ってるな。
「ほう……なるほどの。そっくりじゃ」
「……クゥ」
リル奥さんの、「これは……凄まじいですね」という言葉に、レフィは頷く。
「うむ。元々あの槍は、儂を殺せる性能があったが、今はその力を十全に引き出しておるのがわかる。種族進化と合わせ、恐らく、大災害級。リルと共にあったならば……どこまでになるか、計り知れん」
「クゥウ」
レフィの言葉に続き、「大概の生物は、気配だけで周辺から逃げ出すでしょうね。何も知らなければ私も、間違いなく避けていたでしょう」と、リル奥さんが鳴く。
「実際、この森の生物も、すでに周辺から軒並み消え去っておるな。……ユキ、この後は大丈夫か? 本格的に、気配を紛らわせる方法を教えよう」
「あぁ、是非とも頼む」
ホントに、どこにも行けなくなっちまうからな。
「クゥ?」
「おう、向こうで俺は、ルィンっていうこの槍に入っていた神様に会ったんだ。もういなくなっちまったが……こうして力をくれてな。俺は種族進化を果たして、お前もまた、クラスが上のものに変化したんだろうよ」
「……クゥ」
俺の言葉に、「神、ですか。……あなたは、相変わらずですね」と、ちょっと呆れたような苦笑を溢すリル。
「クク、ほんにそうじゃな。此奴、外に出れば、必ず騒動を起こしておるからの。これから此奴に付いていく時は、互いに一層注意を払わねばな」
「い、言っておくが、俺の方から何かしたことなんて、ほとんどないからな? 巻き込まれたものがほとんどであって」
「じゃが、今回はお主が原因で起こったことじゃな」
……まあ、そうなんだが。
俺は、誤魔化すように一つ咳払いし、言葉を続ける。
「それより、他のペットどもは、お前みたいに変化したのか?」
「クゥ」
リルは、「いえ、自分だけです」と答える。
……得た力を分散させず、ダンジョンがリルのみに注ぎ込んだ、って感じか?
ウチの防衛の要は確かにリルなので、その判断は正しいだろう。
量より質、というのはこの世界における真理の一つだ。
数を揃えるよりは、圧倒的な個を用意する方がこちらの世界では強い。
そのことを、ダンジョンも理解しているのだ。
「そうか……リル、どうやら俺らは、神族にとっての後輩に当たるらしいぜ。お前も、ダンジョンから生まれた魔物だから、立場的には神様達と同じだろうし」
そういう意味では、俺とリルは同じ存在だ。
両者とも、ダンジョンによってこの世に生み出されたのだから。
「神族の後輩か。これでまた一つ、お主の肩書が増えた訳じゃな」
「……クゥ」
「クゥガウ」
リル奥さんの「何と言うか……すごい方ですね、ユキさんは」という苦笑交じりに言葉に、リルが「この人はいつもこのような感じだ。慣れた方が良い」と答える。
「カカ、ここにおれば、嫌でも思い知るじゃろうよ、リル妻よ。お主も、難儀なところへ来てしもうたな」
「……クゥウ?」
「いや、まあ……そうなのじゃが」
「クゥ」
「……言うではないか、お主も。全く、これじゃから長命種は。……リルは少々気苦労が多く、生き方が不器用じゃから、その調子で支えてやるんじゃぞ」
「クゥウ」
ちょっと気恥ずかしそうに、頬を赤くしながらそう言うレフィに、リル奥さんは楽しそうな様子で、上品に笑って頷く。
その間、俺とリルは何も言えないので、お互いの顔を見て曖昧に笑うのみである。
我が家は女が強いが……リル一家も、同じになりそうだ。




