リルの変化《1》
原稿終了!
遅れてすまんな!
「んふ~」
「……何ですか、リュー」
ニコニコと嬉しそうな表情を浮かべ、だが何も言いはしない同僚に、レイラは気恥ずかしさから顔を背けつつ、そう問い掛ける。
「別に、何でもないっすよ~。ただ、なんか嬉しいなーって。一人で何となく嬉しくなってるだけっす」
「……そうですかー。あなたの気分が良いようで、何よりですー」
「いやぁ、こんなに晴れやかなのは、いつぶりっすかね! 昨日、洗濯物が綺麗に畳めて、自分の上達を感じた時ぶりっすか!」
「結構最近な上に、ささやかですねー」
「チッチッ、甘いっすよ、レイラ! 最近なのは確かっすけど、ウチにとっては、割と真面目に嬉しかったんすから!」
「そうですかー。その調子で家事が上手くなってくれると、私も友人……いえ、その、家族として嬉しいですよー」
言葉を詰まらせ、若干照れながらそう言うレイラに、耐えられなくなったリューは、思わず羊角の少女に抱き着く。
「~~! もー、何でそんな可愛いんすか、レイラは! ネルじゃないっすけど、そんなのもう、ウチだって抱き付きたくなるっすよ!」
「ちょ、ちょっと、暑いですよ、リュー」
「今ウチ、感情が迸っちゃったっすから! 今のウチは、誰にも止められないっすよ!」
「もう、ユキさんじゃないんですからー」
「ウチらはみんな、大なり小なりご主人には影響を受けてるっすからね!」
そんな冗談を一通り言い合った後、ふとリューは表情を変え、どことなく感じ入った様子で口を開く。
「でも、レイラ……ウチ、本当に嬉しくて。だから……良かったっすね、レイラ」
滲む涙を拭いながら、優しげに笑うリューに、レイラはグッと胸が熱くなる。
ここずっと、胸が熱くなりっぱなしだ。
いつから自分は、こんな感情的になってしまったのか。
思わず、レイラはリューの両手を取る。
「……リュー。私は、可愛げのない女ですー。ここに来るまで、知識の探求が第一で、他者を思いやるということを知らなかった、どうしようもない女ですー。それでも……こうして、あなた達と共にいられるのが、幸せでー……」
羊角の少女と獣耳の少女は、二人とも目尻に涙を溜めながら、見詰め合う。
「……改めて。これからも、よろしくお願いしますねー、リュー」
「はいっす!」
――と、話が一段落したところで、レイラはふと、フリフリと嬉しそうに揺れるリューの尻尾と、ピョンと動く耳に視線を向ける。
「……そう言えば、家族である以上は、リューのその耳と尻尾は、私のものという認識でいいんですよねー?」
「わひゃぁっ、な、何すか、急に!?」
突然、スッと撫でるように尻尾を触ってくるレイラに、リューは驚いて身体を逃がす。
「この家では、家族の身体部位は、他の家族のものでもあるという家訓があるじゃないですかー。だからこれも、私のものとして、これからいっぱい触らせてもらおうかな、とー」
「うひっ、ちょ、ちょっと……! くっ、れ、レイラがまさか、こういう手で出て来るとは……強くなったっすね、レイラ……!」
「うふふ、私も、あなたと同じだけ、この家にいますからねー」
二人のじゃれ合いは、まだまだ続く――。
* * *
ニヤニヤと鬱陶しい笑みを浮かべ、しきりに俺の顔を覗き込もうとするレフィから、顔を背けながら歩く。
「どうした、ユキ? お主の愛しい愛しい妻が、こうして顔を見ようとしておるのに。何故逃げる? ほれ、儂に、お主の綺麗な目を見せてくれ」
「愛しい愛しい妻だからさ。愛しいからこそ、緊張して、正面から顔を見られないんだ。妻ならわかってくれるだろ?」
「何じゃ、そんなことか。今更そのようなこと、気にせんで良いんじゃぞ? 儂はお主の全てを愛しておるからの。お主のダメなところも、照れ屋なところも、全て肯定してやろう」
「うるせぇ! わかりやすくニヤニヤしやがって……! 言葉を飾らずに言ってやろう、鬱陶しいわアホ!」
「おぉ、酷いことを言う旦那じゃ。しかし、これも惚れた弱みか。どんな暴言を吐かれようと、儂はお主を嫌うことは出来そうにない……この立場の差が、家庭内暴力を生み出す元になるんじゃろうな……」
「何言ってんだお前は!」
およよ、とわざとらしく泣き真似をするレフィに、秒でツッコむ俺。
お前に対する暴力とか、この世で最も意味のないことの一つだろう。
というか、コイツなら普通に逆襲してくるだろうし。
そして、最終的にボコボコにされるのは俺なのである。
「わかっておらぬな。たとえ、身体には何もなくとも、心には『暴力を受けた』という傷が残るもの。そこを間違えてはならんぞ」
「お前精神ゴリラだろ」
「……ふむ。儂はごりらというものは知らぬが、どういう意図の言葉かは伝わってきたの」
「いだだだだっ、ま、待て! ゴリラというのは、繊細で花のよう、という意味なんだ! レフィさん、繊細で花のようで、可憐だなーって思いまして!」
「そうか。で、ごりらの本当の意味は?」
「ゴリラは筋肉ムキムキでマッチョの動物だ」
「うむ、正直によく言うたの。そのことに免じて、この腕を破壊するだけで許してやろう」
「ぐぎぎぎっ、い、いいだろう、やるがいいさ! 不当な暴力には屈せん、我らは信念を持って、圧政者と戦うのみよ!」
「誰が圧政者じゃ、誰が」
と、レフィにアームロックを掛けられていると、目的地にたどり着く。
それは、リルの寝床だ。
「ふぅ、いてて……よう、リル。と、リル奥さん。おはようございます」
「「クゥ」」
待ってくれていたらしい二匹のフェンリルが、挨拶を返すように、一声鳴く。
うむ、モフモフとサラサラで、最強の空間だな。
あ、サラサラは、リル奥さんの毛並みだ。
彼女はモフモフというより、サラサラの毛並みなのだ。
フェンリルの個体差だな。
結構違っていて、一目で見分けがつくので、面白い。
リル奥さんの方が身体が小さいのだが、リルが『身体変化』のスキルで奥さんと同じ大きさになっても、見分けるのは簡単だろう。
「リル妻、ちょっと前ぶりじゃ。お主は相変わらず、サラサラで良い毛並みじゃのう」
「クゥウ」
「カカ、うむ、儂らは毎日湯を浴びておるからな。お主も入りに来ると良い」
「クゥ?」
「うむ、勿論構わん。女ならば、身綺麗にしたいと思うのは当たり前じゃ。その方が、リルも喜ぶじゃろうしな」
「クゥ」
「気にするな。儂らはまだ知り合うて日が浅いが、お主はリルの妻じゃ。遠慮などするな」
そう、何やら女の会話を交わし始めるレフィとリル奥さん。
俺がいない間に、顔合わせをしたとは聞いていたのだが、結構親しげな様子だ。
互いに、仲良くやろうという意思があるからだろう。
――今日は、リルの様子を見に、魔境の森へと出て来ていた。
どうやら、俺達が出ていた間にリルに変化があったらしいので、それを見に来たのだ。
レフィが付いて来たのは、リル奥さんに会いに来たようだ。
お隣さんで、しかも親戚みたいなものなので、時々話に来るつもりだと言っていた。
……どうでもいいが、我が家のお隣さん、人外ばかりだな。
魔境の森に住む土着の龍族と、狼と。
今更ながら、すげー環境に住んでいるもんである。俺ら。
「んで……ん、確かに、毛並みが前よりさらに良くなったか? 何かお前に、変化があったって聞いてきたんだが……」
彼女らの横で、俺は我がペットへと声を掛ける。
久しぶり――という程でもないが、十数日ぶりのリルは、モフモフの毛並みがもっと輝いていた。
毎日共にいるのだ、そこを見間違えることはない。
元々最高のモフモフだったが、今のモフモフはさらに一段階上の、超モフモフって感じだ。
もう、モフッモフやぞ、モフッモフ。語尾に「~モフ」って付くくらい。
いや、そんな喋り方されたら、多分ウザくて殴るが。
「クゥ」
俺の言葉に、リルは「いえ、実は……もっと大きな変化がありまして」と答える。
「へぇ……? 何があったんだ?」
「……クゥ」
すると、「……見てもらった方が、早いですね」と鳴き――リルは、俺に見せる。