レイラの変化
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――レフィがレイラの様子に気が付いたのは、協力して家事を終え、ひと休憩として、共にコーヒーを飲んでいた時だった。
イルーナとシィ、レイス娘達の幼女軍団が外へ遊びに行ったことで、静かになった部屋。
二人きりで談笑していたその時、レフィは、少し真面目な声音で問い掛ける。
「……レイラ、もしや、体調が悪いのか?」
「? いえ、そのようなことはありませんがー……」
何故そう思ったのかと、不思議そうな顔をするレイラに近付き、レフィは彼女の額に手を当てる。
「……ふむ、熱がある訳ではないの。じゃが、本調子でないならば、しかと言うんじゃぞ。無理して体調を崩されても敵わん」
「……今の私は、具合が悪いように、見えますかー?」
「うむ。日々、こうして顔を合わせ、共に暮らしておるんじゃ。顔を見て、こうして言葉を交わしておれば、本調子かそうでないかくらい、わかるわ」
実際には、レイラの変調について、幼女達は気付いていなかった。
外面にほとんど変化はなく、鋭い観察眼と、他者をよく見て意外と気を配っているレフィだからこそ、気付けたことであった。
そして、そのレイラは、別に体調が悪い訳ではなかった。
自らが本調子ではない、とすらも、思っていなかった。
だが――レフィにそう言われたことで、「あぁ、そうなのかもしれない」と、自身を分析して思い直していた。
レイラは、羊角の一族の中でもひと際頭の良い才女であり、故にその頭脳が対象へと向けば、すぐに理解するのだ。
自らが、寂しさを覚えているのだと。
少し、悩んでから、レイラはレフィへと言葉を返す。
「……体調は、問題ありませんー。ですが……はい、レフィの言う通り、精神的に少し、いつもと違う気分なのでしょうー。私は……どうやら、寂しいという感情になっているようですー」
「それは、今、四人おらんからか? それとも、ユキがおらんからか?」
「……レフィは、私自身よりも私のことをわかっていますねー。多分、後者、なのでしょうー」
誤魔化すことは出来ない。
自らの感情を分析した結果、わかることは、ユキがいないことで自身が寂しさを覚えているということである。
それは、レイラにとって驚くべき新事実であった。
他者にあまり興味がなく、知識の探求を第一として生きてきた自身が、あと数日もすれば帰ってくることがわかっている彼がいないというだけで、寂しいと感じているのである。
あまりの変化の具合に、己自身が戸惑ってしまっていた。
すると、何故かレフィは、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「……レフィ?」
「レイラ、お主は、自身の感情が薄いのではないかと、悩んでおったな? 自身の心が、他者よりも冷淡なのではないかと」
「……レフィは、本当に、皆のことをよく見ていますねー」
レイラは、困ったような、笑みを作ろうとして失敗したような苦笑を浮かべる。
「カカ、儂は世界最強の覇龍じゃからな。故に、察知する力も、世界最強じゃ。して――答えが出たのう」
「……答え、ですかー?」
レフィは、優しげな微笑みで、言葉を返す。
「うむ。確かにお主は、知識欲というものが興味の大半を占めておるのかもしれない。じゃが、お主が持つものは、決してそれが全てではなかった、ということじゃ。お主の感情は、決して薄くなどない。お主はしかと愛情深く、温かな心を持っておる」
不意に、グッ、と胸が熱くなる。
レフィの言葉が、すんなりと胸に浸透していき、目元から涙が零れ落ちそうになる。
「先程、『私自身よりも私のことをわかっている』と言うたが、自身のことは、自身ではわからんものじゃ。儂も、ユキに関して初めてそのことを認識した時、戸惑ってしもうたのは、お主も知っておるじゃろう?」
覚えている。
彼女もまた、自らの持つ感情に、戸惑っていた。
前への進み方に悩んでいた。
自らもまた……それに悩むところまで、来たということなのだろうか。
レイラは、口を開きかけ、だが言葉が出て来ず、閉じる。
もう一度開き、やはり何も言わず、閉じる。
その間、レフィは急かすこともなく、ただ微笑んだまま、待つ。
「……レフィ」
「うむ」
「私も……進んで、みようかと思いますー」
「うむ。儂は、いつでもお主を応援しておるよ」
レフィは、本当に嬉しそうに、頷いた。
* * *
「…………」
「…………」
白い肌を赤く火照らせ、恥じらうような表情で俯いているレイラ。
彼女の肌が赤いのは、湯舟で温まったから……というだけではないのだろう。
「……レイラ」
「は、はい」
「少し、座らないか?」
「……はい、わかりましたー」
風呂を上がった俺達は、居間である真・玉座の間には戻らず、旅館の縁側に並んで座る。
吹き抜ける、肌に心地良い夜風。
この辺りの造りは、純日本風だ。
別に日本家屋に思い入れがある訳ではない俺でも、やはり何となく、心休まるものがある。
俺も、もう随分と異世界に馴染んだように思うが、それでも根本は元日本人ということなのだろう。
俺は、少し緊張しながら、遠慮がちに腕を伸ばし、隣に座るレイラの手を取る。
するとレイラは、ピクっと一瞬反応してから、俺の手に、スッと指を絡める。
重なる手のひら。
そのまま俺の手を両手で大事そうに抱え、自身の頬に当てると、猫のようにすりすりと頬ずりをしてくる。
普段はのほほんとしており、それでいてクールで、カッコいい美人であるレイラ。
その彼女が見せる、親愛の情をありありと感じられる愛くるしい動きに、俺の心に抑え切れない感情が浮かび上がっていく。
「その……何だ。こういう時、いっつも上手く言葉が出て来ないんだが……あぁ、全く」
「……フフ、でも、仰りたいことは……わかりますー。多分、私も、同じことを思っていますからー」
レイラはクスリと笑うと、ゆっくりと身体を横たえ、俺の膝に頭を乗せる。
「私は……どうやら、答えを見つけることが出来たようですー。理解して、自覚してしまえば、何と簡単なことだったのでしょうー。散々悩んでいた自分自身が、馬鹿に見えますねー」
答え、というと……羊角の一族の里で、レイラが言っていたことか。
「俺達は、ヒトだからな。生きている限り、死ぬまで感情に、振り回され続けるんだろうさ」
「……なかなか、ままなりませんねー」
「あぁ、本当にな」
その時俺は、脳裏にある言葉が蘇る。
「――命を全うせよ、命を謳歌せよ。それが命ある者の、責務である」
「どなたの言葉なのでー?」
「おう、今後、俺の神様として崇め奉ろうかと思ってる、愉快な神様の言葉だ。生きるっていうのは、きっと……こういうことなんだろうな」
感情を動かす。
笑って、泣いて、怒って、喜んで。
命を全うし、命を謳歌する。
俺は、今、生きている。
命を全うし、命を謳歌しているのだ。
「レイラ」
「はい」
「俺と、死ぬまで――生きてくれ」
「――はい。私の命が、尽きるまで、共に」
俺の膝の上で、こちらを見上げるレイラ。
瞳から零れ落ちる、宝石のような涙。
指先で拭ってやると、レイラは両腕をこちらに向かって伸ばす。
俺は、彼女の腕に導かれるように、掻き抱かれながら、顔を近付け――。
――口付けを交わした。