湯と、熱
――これは、マズい。
「では、お背中流させてもらいますねー」
耳を溶かされそうな、柔らかで聞き心地の良い声。
少女の甘い香り。
レイラの、細く滑らかな指。
それが、一生懸命、献身的に俺の背中を、腕を這う。
少し気恥ずかしそうに、赤くなっているレイラの表情が……もう、ヤバい。
身体にタオルは巻いているが、濡れて肌に張り付いているせいで、身体のラインをむしろ際立たせ、彼女の色気を増している。
レイラは我が家で一番胸が大きいが、腰は細く、くびれており、臀部や太ももなどは、男が好むちょうど良い肉付きをしている。
ぶっちゃけて言うとエロい。太ももが最高です。
レフィやネル、リューの三人も、余分な脂肪などはなく、非常にスタイルが良いことは間違いないが、女性らしさという点では、正直レイラが一番グッと来るものをしているのである。
そんな、とんでもない美少女に身体を洗われているという今の状況は、もう本当にヤバいという感想しか出て来ない。
ちなみに、レフィはいない。
直前で「おっと、そういえば儂は、やらねばならんことがあるんじゃった! お主ら、先に入っておれ」と白々しく言い放ち、別れたのである。
レフィのヤツめ……気を遣ってくれたのは確かなのだろうが、後で涙目になるまで尻尾を弄り倒してやるとしよう。
「……まだ湯に浸かってないのに、もう湯あたりしちまいそうだよ」
「フフ、私もですよー。……ん、とても大きくて、格好良い背中ですー」
ツー、と背中を撫でるレイラの指に、思わず声が漏れる。
「いひっ? お、おい、くすぐったいって」
「ユキさん、本当に良い身体付きをしてらっしゃいますねー。程良く引き締まっていて、男性らしさがあって。かといって筋肉が厚過ぎるということもなく……レフィもそうですが、もしや肉体において余分なエネルギー等は、全て魔力に変換されるようになっているのでしょうかー? 二人の魔力量を考えると、それくらいの魔力変換効率をしていても、おかしくないでしょうしー……」
「あー、レイラさん?」
「高い魔力を有する方は見目の整っていることが多いですが、これは、余分な栄養等が全て魔力に変換されるため、他者と比べ物にならない程代謝が良いという可能性が……レフィも、あれだけ食べて、そこまで運動をしている訳でもないのに、一切体形が変化していないですしー……」
「うん、レイラ、お前はやっぱりレイラだな」
途中から、だんだんと研究者の顔つきになっていったレイラさんである。
この子、意外とこういう時、独り言が多くなるのよね。
高速でしている思考を、言語化することで形にしているのかもしれない。
「! 失礼しましたー。いけませんね、すぐに考え込んでしまうのは、私の悪癖ですー」
「いいよ、俺、そんなレイラさんが好きだから」
「フフ、そうですかー? そんなことを言ってしまうと、今後私は、思考を止めなくなってしまいますよー?」
「おう、やりたいように生きればいいさ。マズい時は俺達が止めるよ」
――そうして、とりあえず身体を洗い終えた俺達は、並んで湯船に身を沈める。
ピトッと身体を並べ、肩をくっ付けて。
「フゥ……いつも思うが、この滝温泉はマジで最高だな。ネルの勇者の豪運には感謝しかねぇ」
「あぁ、このお風呂は、あの子のおかげで出来たんでしたかー」
と、そう言いながらレイラは、こちらに腕を伸ばしてくる。
俺の腹筋に。
「うひっ、お、おい、何だ、急に」
「ネルで思い出しましたが、彼女が『おにーさんの腹筋はとても良いものだよ!』と言っていましたけど、その通りですねー。これは、良いものですよー」
妖しい笑みで、こちらの反応を楽しむかのように、湯の下でさわさわと俺の腹筋を触り始めるレイラ。
「ちょっ、ま、待てって、あひひ」
「やりたいように生きればいいんですよねー? なので私は、いっぱい好きなだけ、ユキさんの身体を触ろうと思いますー」
「い、言い方が卑猥ですよ、あなた。それに、いいんですかね? 我が家では、触る者は、触られる運命にあるんですよ?」
「構いませんよー? 私はもう、あなた以外の男性のものにはなり得ませんからー」
何でもないような声音で、そう答えるレイラ。
……お前は俺を殺す気か。
「……オホン、そうか。なら、遠慮なく触らせてもらおうかな!」
俺が手を伸ばしたのは、レイラの角。
彼女の髪を梳くように、指を絡ませるようにして、角を撫でる。
「んっ……」
艶のある声。
硬く、だが同時に柔らかさもある、太い羊の角。
不思議なもので、同じ角でもレフィのものとは、触り心地が全然違う。
うむ、これはこれで良いものだ。
「ユキさんは、本当に人間にない器官がお好きですねー」
「けど、お前らも俺の翼とか腹筋とか触りたがるだろ? お互い様だ」
「腹筋は、私にもありますけどねー」
レイラはクスリと笑うと、気持ち良さそうな表情で、俺の手に頭を預けてくる。
目を閉じ、なされるがままに。
俺の腕に掛かる、美しい白髪。
ウチの面々は、皆こういうところに気を遣っているのを知っているが、レイラの髪もまた美しく、滑らかだ。
しばし、そうして彼女に触れていると、ポツリとレイラは呟く。
「……不思議なものですー」
「うん?」
「あなたが、こうして共にいて。こうして、私に触れてくれて。そんなことだけで、私は今……心が、満たされている」
こちらにしなだれかかり、頭を俺の肩に預ける。
緊張など欠片の無い、安心し切った顔。
「肌と肌の接触。他者の鼓動の感触。私とあなたの、構成する物質要素はそこまで変わらないはずなのに、『私』と『あなた』という差異により、こうも精神が安らいでいる。そしてこの感覚は、あなたでないと得られないということを、私は自らを分析して理解している」
俺は、彼女の頭をゆっくりと撫でながら、その独白を聞く。
普段、あまり自分のことを語ろうとはしない、レイラの思いを。
ともすれば、俺に聞かせてすらいないのかもしれない、自らの心の内を。
「恐らく、私の精神は、決定的に変容してしまったのだろう。二度と戻りはしない、不可逆の形に。個では決して完成し得ない、パズルのような形に。だから……」
そこでレイラは、言葉を止める。
――触れた肌から感じる、彼女の体温。
無言。
チャプ、チャプ、と揺れる湯の音。
二人分の吐息。
鼓動。
「ユキさん」
「あぁ」
すると、レイラは、俺の耳元で。
俺の脳髄を震わせるように、小さく、甘く、ゆっくりと。
囁く。
――あなたを、お慕いしております。




