閑話:獣人族の里《2》
そうして団らんしていたところで、獣王の部下の一人が、ここへの来客を告げる。
「獣王様、ウォーウルフの方々が到着致しました」
「うむ、通せ」
ウォーウルフ、って、もしや……。
その後に室内へと入ってきたのは、俺もよく知っている二人。
「父さま! 母さま!」
「フフ、リュー、思ったよりも早い再会になったわね」
「獣王様、この度は我々までお呼びいただき、妻ともども感謝しております」
「良い、お前のところの娘夫婦が遠くから遥々来たのだ。これでお前を呼ばんようでは、俺の方が不義理というものだろう」
入ってきたのは、リューの両親だった。
そうか……わざわざ呼んでくれたのか。
「ありがとう、獣王。気を遣ってくれたみたいだな」
「何、私がしたのはここに呼んだだけのこと。これくらいは構わんよ。それに、ウォーウルフのを厚遇しているとわかってもらえれば、そちらの覚えも良くなるだろう?」
明け透けに話す獣王に俺は苦笑を溢し、それからリューの親御さん二人に声を掛ける。
「お二人さん、元気そうで」
「フフ、ユキさんも、いっぱいご活躍してらっしゃるようで。つい数日前も、この街を救っていただいたそうで、獣人族の一人として感謝していますよ」
「あー……いえ、実は違うんですよ、それ。どちらかというと、俺が起こしてしまった騒動だったんです。なので、むしろ迷惑掛けてしまって申し訳ない思いです」
リューの母親、ロシエラ=ギロルにそう言葉を返すと、リューの父親、ベルギルス=ギロルが何とも言えないような顔で問い掛けてくる。
「……もしや、その馬鹿げた気配が理由か?」
ん、親父さんの方はやっぱりわかるか。
「あぁ、詳細は言えないんだが、ドワーフの里でちょっと大きな用事を済ませたら、その関係で種族進化したんだ。なんで、正直に言うと俺は今、種族が魔王じゃなくなってる」
俺の言葉に、親父さんではなく獣王が興味を引かれたような声を漏らす。
「ほう? では、今の種族は?」
「『覇王』だ。つっても、今後も対外的には魔王でやっていくつもりだし、俺もそれが気に入ってるから、今まで通り魔王って呼んでくれていい。元々、ダンジョンの主のことを魔王って呼んでるんだし、そのこと自体は変わってないからさ」
と、次に親父さんが、呆れた様子で口を開く。
「……お前はいったい、どこを目指しているんだ」
「強いて言えば、ウチの娘らが大手を振って歩ける世界、かな? もうちょっと大きくなったら学校に通わせてやりたいと思ってるんだが、種族の問題は根深いからな。それをどうにかするための力は欲しい」
今の俺の目的は、それだ。
力があれば全てが解決する訳ではないが、結局この世界は、物理的な力を持つ強者が、権力もまた有する。
魔物という危険な敵性生物が存在し、それは政治で排除出来るものではない以上、どうしても力が信奉されるのだ。
「ふむ……種族の問題か。今、世界は一歩前へと踏み出しているが、確かにまだまだ安全とは言えんからな。難しいものだが、そこは我ら王が、どうにかせねばならん。魔王の治める新生ローガルド帝国が、他種族との友好を深める場になってほしいものだ」
「飛行船が生まれたのは、大きな追い風になったな。アレのおかげで、国々の距離が確実に狭まった」
「飛行船か……獣王様は、アレにはすでにお乗りになられているのでしょうか?」
「あぁ、ドワーフのと共にな。これが翼ある者の見る世界なのかと、この歳ながら魅入ってしまったものだ」
その時のことを思い出しているのか、楽しげな表情になる獣王に、俺は笑う。
「俺も初めて空を飛べた時は、それはもう感動したもんだ。これからもっと飛行船が普及して、航路が増えればありがたいんだがな。俺は自前で飛べるが、ウチの家族も一緒に、ってなると、やっぱり移動が難しい面があるし」
「やはり、一本航路がこの里にもほしいところだ。この辺りは魔物が多く、森も深い故、発着場を造るのも難しいが……まあ、ドワーフのところに通ってくれた故、現状はそれで事足りているのだがな」
「ドワーフのは、本当に器用なものですよ。仕様を聞いただけで、よくもまあこんな短期間で発着場兼整備場を造れるものかと。あと一年もすれば、自分達で飛行船を製造出来るのではないでしょうか」
「あり得るな。彼奴らの『技術』に対する執念は本物だ、すでに改良型の案すらあるかもしれん。……ただ、あまりやり過ぎると、エルレーン協商連合が持つ権益とぶつかり、いらん軋轢を生みかねんか。うむ、一度ドワーフのとその辺りの話をせねばならんな」
「……確かに、彼らは直接的で、そういう機微に疎い面がありますからなぁ」
「はは、やっぱりドワーフって、そんな感じなのか。……うん、獣人とドワーフは、本当に良い関係なんだな」
なんて、そんなことを男性陣で話していると、獣王の奥さんがススス、とこちらにやって来る。
「あなた、お客様も揃ったことですし、先にお夕食の準備を。あなたが『内輪でやった方が、向こうも楽しめるだろう』と仰ったから、部下の方ではなく私達で進めないといけないんですよ。男の方がそういうものだというのはわかっていますが、政治の話はあとでお願いします」
「ん、あ、あぁ、そうだったな。わかった」
絶妙に頭が上がらない様子の獣王は、コホンと一つ咳払いすると、俺達全員に向き直る。
「では――お客人の方々。本日はお越しいただき、感謝する。ささやかながら、夕食を用意させていただいた。と言っても、あまり堅苦しくないよう、庭でのバーベキューの形とさせていただいた。ベルギルス、ロシエラ殿の二人も、今日は客人だ。そのつもりでいてくれると、こちらとしても嬉しい」
獣王の言葉に、リューの両親が感謝するように小さく頭を下げる。
バーベキューか、いいねぇ。
これは、俺達に気を遣ってくれたんだろうな。
一応俺は、対外的には『皇帝』の地位があるが、それを基準に歓待されてもマジで困るし、みんなでワイワイしながら食べる方が好きだしな。
王とかそういう外の立場に関係なく、普通に家族ぐるみとして付き合える方が、楽しめる。
もしかすると、事前にリューの両親からそういう話を聞いていたのかもしれない。
「わぁ、やったぁ、バーベキューかぁ!」
「……ん。バーベキューは良いもの。アニのパパは、わかってる」
「えへへ、わたしのパパですから!」
訳知り顔でうんうん、と頷くエンに、へへん、とちょっと自慢げな表情になるアニ。
獣王は小さく笑い、そして言った。
「――さあ、晩餐を楽しんでくれ!」
* * *
迎賓館の中庭で行われたバーベキューは、三時間くらい続いただろうか。
楽しかった。
同じ卓を囲み、美味しいものを食べ、笑う。
それぞれ立場のある身だが、今この時にそれは存在せず、ただ善き友人達がいるだけだ。
こういう時に飲む酒の、何と美味いことか。
「フー、美味しかったね……やっぱりこうやって、みんなでワイワイしながら食べるごはんは最高だよ」
「そうっすねぇ……ウチ、そんなにお酒飲む方じゃないっすけど、今日のお酒はとっても美味しかったっす」
声に幸福感を滲ませているネルとリューを、俺は両側に抱き、歩く。
二人もまた、酔いからか顔を多少赤らめ、こちらに身体を預けている。
現在は、すでに夜遅く。
星々が空を彩り、どこからか虫の鳴く声が聞こえてくる。
晩餐は終わり、獣王夫妻は自宅に帰り、リューの両親は俺達より一足先に、彼ら用に用意された一室に引き上げていった。
立地的には迎賓館と同じ敷地内にあるのだが、宿泊施設がすぐ近くの別館にあるため、俺達もこうして中庭を通って移動しているところだ。
エンは、すでに疲れて大太刀へと戻り、アイテムボックスの中で眠っている。
だから今、ここにいるのは、俺と嫁さん二人だけ。
ニコニコと心からの笑みを浮かべ、上機嫌な様子で頭を俺の肩に預けてくるネル。
フリフリと尻尾を揺らし、俺の手にギュッと指を絡ませてくるリュー。
――良い時間だ。
楽しかった晩餐の余韻と、俺の大事なものが、すぐ隣にあることと。
言葉に表すことなど出来ない……至福だ。
幸せ、なんて一言では、俺の全身を包むコレは、表現出来ないのだ。
「おにーさん、機嫌が良さそうだね」
「楽しかったっすね、ご主人」
「あぁ、お前らと過ごすのは……本当に、最高だよ。こうして、一緒に時間を刻めるのが。これからも、今日みたいな良い時間をさ。いっぱい、一緒に刻んでいこうな」
「……もう、ずるいよ、そんな真っ直ぐ言葉を返してくるのは」
「……それは不意打ちっす」
両側の二人は照れくさそうに笑い、部屋に行くまでの間、決して離れることはなかった――。
今章終了!
フゥ、長かった……。
次章は、しばらくダンジョンの日常ですね。
久しぶりに、魔境の森の探索とかも進めてもらおうか。