虹の輝き
すまん、ちょい遅れた!
「――つー訳で、一足先に獣人族の里に行って、魔物どもを追っ払ってきた。マジで肝を冷やしたわ……」
ドワーフの里へと戻った俺は、ネルとリューに事の成り行きを説明する。
あの後、道中で会ったドワーフ王とドワーフの一団にもすでに事が終わったことを説明し、共に里へと引き返した。
街道等の怪我人も確認してくれたようだが、今のところ被害は確認されていないようで、心底ホッとしたものだ。
「はー、なるほどねぇ。何ともまあ、おにーさんは本当に、行く先々で問題を起こすねぇ」
「俺がとんでもない問題児みたいな言い方はやめてくれませんかね、ネルさん」
「残念ながらご主人、ご主人はまず間違いなく問題児なので。そこは認めてもらわないと困るっす」
「リューの言う通りだよ、おにーさんは現状把握から始めよう? 自分のことを見詰めて、そして自分がそういうものだって認めることから始めるべきだと思うんだ」
「いや、あの、そんなカウンセラーみたいな物言いされても」
俺は苦笑を溢し、言葉を続ける。
「だから、今の俺は気配ダダ漏れっぽくて、相当数の魔物を間引いたからこの旅の間は多分大丈夫だろうが、早いところ気配を薄める術を覚えたいんだよな」
「あー……言われてみれば、確かにダダ漏れかも。僕らはもう、おにーさんの気配に慣れ親しんでるから違和感も感じにくいけど……うん、ダダ漏れだね」
「えっ、そうなんすか? う、うーん……ウチじゃちょっとわかんないっすねぇ。ウチの大好きな、ご主人の匂いは変わってないし――あ、い、いや、何でもないっす」
思わず口から出てしまったのか、かぁっと頬を赤らめ、俺から視線を逸らすリュー。
……やめろ、そんな反応されると、こっちも照れるだろ。
「も~! リューったら、可愛いんだから!」
と、そう言ってネルが、リューへとギューッと抱き付く。
「ね、ネル、熱いっすよ! あと、前々から思ってたっすけど、ネルには抱き付き癖があるっす!」
「いいじゃん、抱き付くくらい! いーい、リュー。人はね。他の人の体温を感じることで安心する生き物なんだよ!」
「それはわかるっすけど、時と場合を考えてほしいっす! ほ、他の人の目もあるんすから!」
「残念だけど、それくらいで迸るこの感情を抑えることは出来ないんだよ! 何たって、僕は自由を守るための勇者だからね!」
「ホントに言動がご主人に似てきたっすね!?」
きゃいきゃいと元気の良いウチの嫁さん二人を見て、俺は腹を抱えて笑う。
お前ら、仲良いよなぁ。
君達の旦那は、嫁さん達が仲睦まじいようで嬉しい限りです。
何を言っても離れそうにないと判断したのか、リューは一つため息を溢し、ネルを引っ付けたまま口を開く。
「まあでも、その気配を抑えるって、結構大事なことっすよね。特に、外に出ることの多いご主人には。ネルはその辺り、どうしてるんすか?」
「ん~、僕はおにーさんとかレフィ程の力はないから、相対した魔物が逃げてくってことはないんだけどね。でも僕ら聖騎士は、おにーさんが前に話してたような、通常の軍人とは違う『特殊部隊』に当たる身だから、敵に魔力を感じさせないための訓練は幾つかしてるよ」
ネルは勇者だが、表向きの身分としては『ファルディエーヌ聖騎士団』所属の聖騎士となる。
その彼らがやっているという訓練法を幾つか聞いてみるが……うーん、やっぱりすぐにどうにかなるもんではないな。
彼らも、年単位の訓練を続けることで、気配を絶つ術を学んでいるようだ。
「ま、やっぱり一番はレフィに聞くことじゃないかな。基本的にレフィは、気配を抑え続けてるそうだから、僕らよりもそういうのには詳しいだろうし。と言っても、僕らはもう慣れちゃったから、レフィが気配を抑えてる時とそうでない時の差がほとんどわからないんだけど」
ネルの言葉に、リューがうんうんと頷く。
「いやぁ、人って慣れるもんっすよねぇ。レフィは世界最強の生物っすけど、もう今じゃあ、頼もしく思うことはあっても、怖さを感じることなんて一切ないっすもんね」
「フフ、そうだね。レフィ本人に聞かれたら、『わ、儂は世界最強の龍族じゃぞ! もっと恐れ敬わんか!』って怒りそうだけど」
「あははは、言いそうっすね。それも、照れて頬を赤くしながら。もう簡単にその様子が思い浮かぶっす」
「アイツもわかりやすいヤツだからなぁ」
そんなことを彼女らと話していた時、俺達のもとへ、エンがトテトテと歩いてやって来る。
彼女の手に握られているのは、採掘セット(子供用)と、袋。
「お、どうだ、エン。大量か?」
「……大量。お土産いっぱいゲットした」
エンは誇らしげにグイ、と袋の口を開き、中をこちらに見せる。
「……これは、イルーナの分。こっちは、シィの分。こっちは、レイスの子達の分で、こっちはお姉ちゃん達の分。最後のこれが、ペットの子達の分。色と、光り方で選んだ」
「おぉ、綺麗だね、エンちゃん! きっとみんな喜ぶよ」
「うわぁ……すごいっすねぇ、エンちゃん。こんな綺麗な形に……ウチ、掘る時割りまくっちゃったのに。何かコツでもあるんすか?」
「……ん。石の呼吸を聞けば、どう打てば綺麗に採掘出来るのか、わかる」
「い、石の呼吸っすか。うーん、それはウチには、遠い領域かもしれないっす」
――現在俺達がいるのは、ドワーフの里の火山内部にある、『宝石坑道』と呼ばれる坑道である。
少し前に、この火山の中心部、『終の祠』へ行く際に通った宝石坑道とは別のところだが、ここも同じように通路の壁一面が宝石のような光で色とりどりに輝いており、幻想的な光景が広がっている。
つっても、これらは本物の宝石ではないらしいのだが。
魔力を帯びると七色に光るという特色を持つ、希少性の低い鉱石であり、鉱山ならばどこにでもあるものらしく、通称として『虹鉱石』などと呼ばれているようだ。
ただ、やはりここくらいまで集中して存在するのは珍しいそうで、この火山に蓄えられている魔力が凄まじいため、その影響で通常の岩や土などが虹鉱石に変質していくのだそうだ。
ここの宝石坑道では、それら虹鉱石の採掘の体験をすることが可能で、掘り出した虹鉱石は内部の魔力が残っている限り発光し続け、消えても後に魔力を充填することで再度光ると聞いている。
なので、ちょっとしたお土産として人気なのだとか。
俺達も少し前まで一緒にやっていたのだが、ちょっと疲れてしまったので、エン以外の大人組三人は先に終わって休憩していたのだ。
エンはこういうの、マジで妥協しないで、延々と自身の世界に這入り込む子なので。
イルーナやシィとかはやっぱり子供なので、何かする時は俺達と一緒に物事をしたがるのだが、その辺りエンは、何かやりたいことがあれば一人だけで黙々とそれを続けるのだ。
手が掛からない子だと言えるだろうが……うん、やっぱりエンは、職人気質だよな。
ちなみに、虹鉱石じゃない別のお土産も、もう買ってあったりする。
ドワーフの里名物、背徳的なジャンク食べ物を多く買い、アイテムボックスの中に突っ込んである。
多分、イルーナとシィは喜ぶだろうが……レフィとレイラは微妙な顔をしそうだな。ぶっちゃけその顔が見たい。
レイラは勿論、レフィも、あれでいて食の好みは普通なのだ。菓子狂いなこと以外。
「……いっぱい掘って、お腹空いた」
「おう、そんじゃあ、ここらで飯にするか。時間もちょうどいいしな。エン、そっちに水道引いてあるみたいだから、採掘セットを返してきたら、手ぇ洗ってきな。あ、何食いたい?」
「……お肉!」
「オーケー、肉な。つってもこの里の料理、肉ばっかだけど。お前らは?」
「うーん、こっちに来てから濃いのばっかり食べてたから、さっぱりしたのが食べたいかな。野菜炒めとかあったら嬉しいんだけど……」
「あ、確かそういうのもここ、置いてるはずっすよ。ウチも野菜炒めと……ハムが食べたいっす、ハム! 厚切りの! あと、お酒!」
「お酒ー! それとつまめるものー!」
「了解了解。――すいませーん!」
エンが手を洗いに行っている間に、俺は忙しなく働いている給仕さんを呼び、料理を頼む。
実は俺達が今いるここ、広い空洞となっており、そこに食事処が設置されているのだ。
木で組まれた柱や足場が、そのまま利用されて酒場の二階や壁となっており、非常に雰囲気のある食事処となっている。
割とマジで、ディ〇ニーランドとかにありそうな凝った造りなのだ。ムチ使いの考古学者の先生がやって来そう。
こうして見ても、客のドワーフや観光客っぽい獣人が多くおり、賑わっているのがわかる。
……ここに来た最初に、ギョッとした感じの視線も幾つか感じられたが、今は落ち着いてそういうのもない。
多分、他者の強さを感じ取れるだけの能力を持った人物がいたんだろうな。すまんかった。
少し待ったところで料理が運ばれ、というところでエンもこちらに戻ってくる。
「……おぉ。もう料理が。美味しそう」
「おう、いっぱい食べていいからな! それじゃあお前ら、ドワーフの里に、乾杯!」
「「乾杯!」」
「……かんぱい」
カチンと俺達は、グラスを合わせた。
虹色に光り輝く世界で、わいわいと会話を紡ぐ――。
* * *
翌日。
ドワーフの里から外に繋がる正門前にて、俺はドワーフ王ドォダと向き合っていた。
「ドワーフ王、色々面倒かけたな」
「おう、儂の人生の中でも、中々にない濃さの数日じゃったぜ」
ニヤリと笑みを浮かべるドワーフ王。
「だが、お前さんがこうして訪れてくれたことで、儂らが代々伝えられてきた使命は、達成することが出来た。お前さんこそが、初代ドワーフ王が求めた存在だった。感謝するぜ、魔王」
「感謝するのはこっちだ。そんな大事なものを、俺みたいなのに見せてくれた訳だしな」
ガッチリと、握手を交わす。
「次会うとしたら、外交の場で、じゃろうな。獣人のにも、よろしく言っておいてくれ」
「おう、またその内。楽しかったぜ、ドワーフの里」
そうしてドワーフ王と別れた俺は、我が家の面々と共に、獣人族の里へ向かう馬車へと乗り込んだのだった。
さて、なんかすげー慌ただしかったが、ドワーフの里の滞在は終わり、獣人族の里だ。
覇王になった影響もあるし、あんまり長居するつもりはないのだが、そっちも楽しみだな。
獣人族の里は、多分最大でも三話くらいで終わると思います。
そろそろダンジョンでの話が書きたくなってきてな……。