覇王の力《2》
「フー……な、何とかなったか」
獣人族の里周辺を本気で飛び回り、魔物どもを排除し続けた俺は、『マップ』に敵性反応が映らなくなったところで安堵の息を吐き出す。
時間は……三十分くらい戦い続けていただろうか。
俺一人だともっと時間が掛かっただろうが、精霊魔法があったおかげで早々にどうにかなったな。
魔境の森にいる時とは違って、こういう味方も入り混じった細々とした戦況の時、自律して移動出来る精霊魔法はピッタリだ。
俺は、良くも悪くも一撃に特化しているから、今のような状況で下手にエンを振り抜こうものなら、獣人族諸共やっちまう可能性が高いしな。
多分この感じ、今の俺の魔力があれば、精霊魔法で一人軍隊も結成可能だろう。
「ありがとな、精霊達。お前らがいてくれたおかげで、本当に助かった」
俺が『イフリータ』と名付けたフォームのまま、フヨフヨとこちらに漂ってきた精霊達に礼を言うと、彼らは無邪気にクルクルと回って、そのまま空間に消えていった。
「エンも、いつもありがとな」
「……ん、エンは主の剣だから、当たり前」
仕事が終わったので、すでに擬人化したエンの頭をワシャワシャと撫でていると、次にノシノシと魔物の一匹がこちらへと寄って来る。
獣王に、守り神と呼ばれていた亜龍だ。
「ん、お前も、手伝ってくれて助かったぜ。巻き込んで悪かったな、俺は別に何もしないから、安心して元の住処に戻ってくれ。達者で暮らせよ」
そう言葉を掛けると、亜龍は一声俺に向かって鳴き、ドシドシと来た道を帰っていった。
「……主はきっと、魔物使いの才能がある」
「ハハ、まあ、今の俺なら、大概の魔物は屈服させられるだろうな」
……そう、今の俺なら、恐らく可能だ。
――この異変のきっかけが、火山から噴き出した、言わば『魔力噴火』だったのは間違いない。
だが、多分、それだけではない。
その後に、俺が現れたのが、決定的だったのだろう。
この様子からすると、魔物どもは多分、俺の気配を感じて住処から逃げ出したのだ。
……レフィが現れれば、野生生物は軒並み周囲から姿を消す。
圧倒的な超存在を前に、ビビッて逃げ出すのだ。
だからレフィは、普段自身の気配をなるべく抑えているのだ。影響を少なくするために。
アイツの場合は、それでも逃げられる場合があるが……俺もまた、野生生物から逃げられるレベルの気配を放つようになった、ということなのだろう。
「気配の消し方か……」
「……忍者ごっこ?」
俺の呟きに、コテンと首を傾げ、そう問い掛けてくるエン。
「え? ……あぁ。そうなんだ。エン、今俺の気配が、どんなもんかわかるか?」
「……ん。火山の時からずっと、メラメラ、かも」
「メラメラか。じゃあダメだな。俺、一流の忍者になって、隠れ身の術を覚えたくなってさ」
俺には『隠密』のスキルがあるが……アレはちょっと、別物だろう。気配を消すどころか、他者から見えなくなるし。
いや、それこそまさに隠れ身の術ではあるのだが。
そもそもレフィは、そういうスキルを使わずとも、常に気配を抑えることが出来ている。
アイツの様子を見る限り、それは腕を振ったり足を動かしたり、そんな当たり前の動作と同じような感覚でやっていることなのだろう。
だから多分、スキルなんざなくとも、俺にも出来るはずなのだ。
「……むむ、隠れ身の術。出来ればエンも覚えたい。かくれんぼできっと、一番になれる。レイスの子達がいるから、かくれんぼで一番は難しい」
「そうだなぁ、あの子ら空中に浮けるから、色んな隠れ方出来るもんな」
レイス娘達がかくれんぼをする際は、人形に憑依して物体的な身体を得てやるのだが、彼女らは単純に宙に浮けるので、隠れ場所は無限大である。
木のてっぺんとか、庭のオブジェの上とか、三次元空間でやるのが我が家のかくれんぼなのだ。
「……でも、実はイルーナも、とても隠れるのが上手い。シィみたいに変化出来る訳じゃないのに、魔力を風景に溶け込ませて、気配を薄く出来る。見えてるはずなのに、気付けない時がある。だから対抗して、魔力を見る特訓もしてる」
「へぇ……」
イルーナは、実は魔力の扱いがとても上手い。
精霊王のじーさんに、精霊魔法の手解きを受けた過去があるためか、恐らく繊細な操作は俺やレフィよりも上だ。
俺はともかく、レフィも大分大雑把な面があるし。
非常に器用に魔法が扱える、レイラに迫るような精度なのである。
というかこの子ら、かくれんぼでそんな高度なことまでやっているのか。
流石、ハイスペック幼女軍団である。
――いや、ウチの娘らの優秀さは置いておいて。
魔力を、風景に溶け込ませる。
それは多分……魔力の質を変化させる、ということだな。
……レフィは、他者の魔力の波長に合わせ、自身の魔力を『貸す』ことが出来る。
魔法に慣れ親しんできた今の俺は、実はそれが結構やべぇ技術というか、誰もが出来る訳ではない離れ業なのだと知っているのだが……ということは、自身の魔力を空間に存在する魔力の波長に合わすことが出来れば、気配を抑えることが可能なのか?
気配、という言葉はいたく感覚的なものだが、こちらの世界では、それは実際に存在するものだ。
通常の生物であれば、必ずその体内には魔力が存在し、そしてその魔力を感じ取る力も備わっているからである。
つまり、他者の魔力を『気配』として知覚しているのだ。
この魔力の質を、自然の中に存在する魔力――いわゆる『魔素』と同化させることが出来れば、他者の知覚を誤魔化せるようになるかもしれない、と。
……うーん、要求される技術が高いが、ちょっとやってみるか。
俺が今のままでは、結局魔物どもが落ち着かないだろうしな。
「……よし」
目を閉じ、集中する。
周囲の魔力を、感じ取る。
空間に存在している、大自然の魔力。
体内の魔力を動かし、これを変質させて……。
これを変質させて……。
…………。
………………。
……………………。
うん、無理。
これじゃあ、気配を抑えるどころか、闇雲に魔力を発散させてるせいで、むしろ逆効果だろう。
というか俺、元々器用な方じゃないし、そんな一朝一夕で出来たら、無理ねぇわ。
ステータスに現れる、『器用値』の値は高いはずなのにな。
最近確信しているが、特殊であるHPとMPは除き、それ以外のステータスにおける数値とは、あくまで補正値なのだ。
仮の話だが、俺と、我が家で最も器用なネルの『器用値』の値が全く同じだったとしても、まず間違いなく俺の方が不器用なのである。
その条件で折り紙でも折ろうものなら、結果は一目瞭然だ。
……まあ、この身体が魔王の肉体であるおかげで、元々の肉体強度が相当に高く、大きな恩恵を受けていることも間違いないんだがな。
「うーん……俺の魔力操作は、今後の課題だな」
「……じゃあ、帰ったら一緒に、忍者ごっこしよう?」
「そうだな、お前らに交じって、俺も忍者の何たるかを学ばせてもらうとしようか。ニンニン」
「……ニンニン」
――っと、こんなことを話している場合じゃなかったか。
俺は、事が終わったと報告するべく、エンを連れて歩き出し――というところで、向こうもこちらに向かっていたらしく、遠くから獣人族の一団が駆け寄ってくる。
獣王ヴァルドロイ達だ。
「獣王! 来てくれたか。怪我人は? 死んだヤツとかいないか?」
「いや、大丈夫だ。怪我人は数人いたが、あのポーションはありがたく使わせてもらった。周辺の街道もすでに確認させているが、今のところ被害はない。今回は、来てくれて助かった」
謝意を示す獣王に、俺は首を横に振る。
「あー、違うんだ。実はその、今回の件はほとんど俺のせいな部分があってな。むしろ、迷惑かけて悪かった」
「む? どういうことだ?」
謝る俺に、怪訝な表情を浮かべる獣王。
「ドワーフの里で少し用事を済ませたんだが、その関係で火山が魔力を吹き出して、俺も影響を浴びて、んでそれにビビった魔物達が逃げ出したんだ。だから、アンタらを助けるためにこっちに来たというよりは、もっと単純に自分の尻拭いって感じなんだよ」
「……なかなかの説明だが、もしや、数時間前にあった地震は?」
「多分その時の影響だ。そういう訳だから、被害があったら遠慮なく言ってくれ。その方が、俺の心の平穏が保たれるから」
いや、マジで。
「……なるほど。それで、以前とは見違える程の魔力をその身に宿している訳か。ふむ……気にするな、と言いたいところだが、そうか……ならば、今回で討伐した魔物の死骸は、こちらで使わせてもらっても?」
考えながらの獣王の言葉に、俺はコクコクと頷く。
「おう、勿論いいぞ。全部、遠慮なく素材とか肉とかにしてくれ」
「では、それを今回の被害分の補填とさせてもらおう。……それと、もう一つ頼みでも聞いてもらおうか」
「あぁ、迷惑掛けたんだ、それくらい聞こう」
すると獣王は、ニヤリと男前な笑みを浮かべた。
「こんな形ではなく、後程もっとちゃんとした形で、訪問してきてくれ。奥方らがいないところを見るに、緊急で一人飛んできたのだろう? 後片付けもせねばならんし、こんな慌ただしい形で出迎えるのは、我々としても不本意だ」
彼の言葉に、俺は一瞬面食らってから、笑って言葉を返す。
「わかった、そうさせてもらうよ。確かに、嫁さんらはドワーフの里に置いて来ちまってるからな。んじゃあ……三日後か、四日後辺りに、またこっちに来させてもらおう。今日はこのまま、俺は帰るよ」
「了解した。楽しみに待っているぞ」
そうして俺は、ひとまず獣人族の里を後にしたのだった。
……それにしても、覇王、か。
何が出来て何が出来ないのか、マジで確認しておかないとな。




