鉄の神
――俺が寝込んだ翌日。
再び訪れたドワーフの領主館にて、ドワーフ王ドォダは話を始めた。
「あの祠を作ったのは、儂らが崇める神、ドヴェルグ神じゃと伝えられておる」
鉄の神、ドヴェルグ。
俺の神槍を分析スキルで見た時にも名前が出て来た、神々の一柱。
ルィンが見せてくれたものから察するに、ドワーフを生み出したのが、その神なのだろう。
「元々あそこは、ドヴェルグ神の鍛冶場じゃったらしいが、自らの命が尽きる前にあの形に作り替えたと伝わっておる。そして、あの神域の使い方を一人のドワーフに伝えた。――それが、初代ドワーフ王じゃ」
初代ドワーフ王。
俺と同じ『武器錬成』スキルを操ったというドワーフ。
「へぇ……ドワーフには、そんなに前の歴史も残ってるのか」
神々の存在した時代は――神代は、命の非常に長い龍族ですら追うことの難しい、遥かなる過去の時代だ。
龍族で学者肌であり、世界中を飛び回っているらしいシセリウス婆さんですら、神代について持っている知識は限られたものだった。
それを、ヒト種という短い命しかない者達が保ち続け、今にまで残す。
そこにはやはり、秘密があるのだ。
「うむ。面白いモンじゃがのう。儂らは他種族に比べ、然して寿命が長い訳ではなく、学術を生業としている訳でもない、山の一族。じゃが――同時に、鉄の一族でもある。鉄は、つまり『金属』は、儂らよりも遥かに長く在る」
ドワーフ王は膝を突いて立ち上がり、ソレの前に立つ。
俺もまた胡坐から立ち上がり、彼の隣に行く。
「金属とは、生き物じゃ。儂らと同じように命があり、呼吸をし、脈動する。その命を正しく知ることが出来れば、こうして残すことが出来る」
そこにあるのは――俺の身長よりもデカい、石碑。
恐らく、昨日行った祠にあったものと同じ材質……というか、改めて見て気付いたが、俺はこれ、前に見たことがあるな。
龍の里で見た、俺が名前を刻んだ『龍歴』と同じものではないだろうか。
表面には、ビッシリと文字が刻まれており――ん、問題なく読めるな。
俺が初めてこの世界に来た際得た、『言語翻訳』スキルのおかげだ。
どうやらここには、左側と右側で、同じ文章が二つ刻まれているようだ。
字体が微妙に違っているので、片方が翻訳文とか、そんな感じか?
前世にあった、エジプトのロゼッタストーンみたいだな。
「左側に書かれているのが、神代文字。右側に書かれているのが、古代ドワーフ語。恐らく内容は同じもので、失伝せんよう後の時代に右の文章を彫ったんじゃろう。儂らは、ギリギリ右側のを読むことが出来るが……お前さんはどうじゃ?」
「……あぁ、読める。けど、これ、相当に貴重なものだろ? いいのか、部外者に見せちまって」
「ガッハッハッ、今更じゃな。ま、お前さんならいいと判断したまで。それが、儂らに課せられた使命の一つじゃて」
代々ドワーフの長となる者には、初代ドワーフ王から伝えられている使命があるそうだ。
それは、神について尋ねる者がいたならば、その者を見極め、残された伝承を伝えろ、というもの。
つまりは、俺みたいな者が来たら、ソイツがバカなら知らぬ存ぜぬで誤魔化し、信を置けると判断したならあの祠を見せろ、ということだ。
こうして色々話してくれた以上、俺のことは信用してくれているのだろう。
ありがたい限りである。
「ん……助かる。なら、遠慮なく見せてもらうよ」
俺は、古めかしい碑文を上から読んでいく。
内容は……半分くらいは、ドワーフ達に対する訓示か。
鉄と共に在る生き方を、そして鍛冶の心得を説いているようだ。
ドヴェルグ神が自らの眷属に求める、種族の方向性って感じだろう。
こちらは、俺にはあまり関係のないものだな。
そして、もう半分は……主語がぼかされていてわかり辛いが、恐らく神々の争いに関しての、ドヴェルグ神の思いが綴られているようだ。
神の名の付く武器は、やはりドヴェルグ神が協力することでその形を成したようだ。
二つの陣営に分かれて争った神々だが、ドヴェルグ神は敵も味方も関係なく武器作りに手を貸したようで、そうして互いを殺し合う武器を作ったことに対する、多少の後悔の思いが綴られている。
だが同時に、後悔はあっても全てをやり切ったという自負もまた、ここに彫られた文章からは感じられる。
それは為すべきを為すために必要なことであり、もう一度同じことが起こっても、全く同じようにするだろうと。
互いを殺し合うことに悲しみはあっても、そこには確かな信念と誇りがあったのだと。
――この抽象的な書き方から見て、神々は争いに関しての詳しい記録を、後世に残すつもりがなかったのかもしれない。
あの時見せてもらった映像から察するに、神々はそれなりに仲が良かったんじゃないかと思う。
ドヴェルグ神が、対立した神の武器も作ったらしいことから、そこは間違いないだろう。
敵に武器作りの手伝いを頼むことも、敵の武器を真心込めて作り出すことも、普通はしないのだから。
互いに恨み辛みなどがあった訳ではなく、ただ思想に埋められない大きな差異が出来てしまったから、武器を向け合うことになってしまったのだ。
敵だが、仲間でもある者同士。
仲間の誰々と殺し合った、誰々を倒した、なんて記録は、残したくなかったんじゃないだろうか。
……これは、あの白い空間でルィンが見せてくれた、神々に対する前提知識を持っていないと、ほとんどわからないだろうな。
彼らの間で争いがあったと、教えてもらったからこそ理解出来る内容だ。
そして……この文章の中で目立つところに書かれている、恐らく最も後世に残したかったのであろう一文が、これだ。
『神ノ座ニ届ク者、終ノ祠ヘ』
「終の祠ってのは……昨日の?」
「うむ。あの場所で、ドヴェルグ神は亡くなられたそうじゃ。故に、そう名付けられたと伝承で残っておる」
「なるほど……そう言われると確かに、あそこは墓っぽい雰囲気はあったな。よくまあ、火口のど真ん中っつー、文字通り燃え上がる熱さの場所を、安眠の地に選んだもんだ」
「ガッハッハッ、まあ儂らの神さんだ。きっと生前は頑固で暑苦しかったろうし、マグマなんざぁ、風呂の湯みてぇなモンなのかもな」
そんな冗談を交わしながら、碑文に目を通していた俺は、その時、右側の文章にはない文章が、左側にあることに気が付く。
つまり、古代ドワーフ語では訳されていない、神代文字のみで書かれている文章だ。
『我ラ、役目ヲ全ウス。
未ダ発展ノ余地数多アレド、始神ガ求ムル世界ノ形、而シテ完成ス。
ダカラ――次ハ、オ前サンノ番ダ。後ハ、頼ンダゼ』
ゾク、と走るものがあった。
「…………」
「これの材質は、儂らでもわかっておらん。少なくともオリハルコンを用いた合金なんじゃろうが、鉱石の成分が緻密に絡み合い過ぎて、何をどういう比率で使用しているのか全く――って、あん? ここ、空白だったと思ったが……」
俺が見ているものと同じものを見て、怪訝そうな表情になるドワーフ王。
「……条件が揃って、新しく表示されたみたいだ。これは、俺に宛てたメッセージだな」
全く、神々というのは……彼らは総じていたずら好きなのだろうか。
ルィンと一緒に、この鉄の神ドヴェルグが、ニヤリとほくそ笑んでいるような気がする。
「……なるほど。昨日のもそうじゃったが、ここにもそういう仕掛けが施されていた訳か。儂も、お前さんが知っていることを聞いてもええか?」
「あぁ。つっても、俺の方もそんな、詳しくわかってる訳じゃない。確実なのは、『ダンジョン』というものが神々と深い関わりのある存在ってことだな。俺がダンジョンを支配する『魔王』であるから、あの祠は反応を示し、この石碑もこうして反応した」
そう答えると、考え込むような素振りを見せるドワーフ王。
「ふむ……まさか、魔王にそんな秘密が……」
「後は……悪い、これは、言えない。こんなに色々教えてもらったし、見せてもらったが、この情報は多分、外に出しちゃいけないものだ。俺が、一生胸に秘めておくべきであろうものだ。だから、言えない」
ダンジョンは、言わば『ドミヌス』の子供のようなものなのだ。
世界の種子であり、そしてその管理者である『魔王』は――立場的には、あの神々と似たようなものなのだろう。
自らだけでは動けない世界を、その手足となって発展させる存在だ。
この情報は、外には漏らせない。
ウチの家族以外には、漏らすべきではない。
……今すぐ帰って、レフィに相談したいところだな。
とんでもない秘密を、抱えちまったもんだ。
いったい俺は、どこに向かって進んでいるのだろうか。
どんどん魔王っつー枠から外れているような気がするんだが。現時点で『覇王』だし。
俺の言葉に、ドワーフ王はジッとこちらを見ながら、神妙な顔でコクリと頷く。
「……うむ、わかった。ならば儂も、これ以上は聞かんでおこう」
「助かる。今回の恩は忘れない。今後、困ったことがあったら言ってくれ。俺は、俺の力が及ぶ限りで、アンタの力になろう。というか、今回の件で何か不利益とかが起きてたら言ってくれ」
これは今日の今朝聞いたことなのだが、俺がルィンから力を分けてもらい、種族進化を果たした時、あの火山全体が鳴動していたらしい。
グラグラと揺れ、幾つかの地点からはマグマと大地の魔力が同時に吹き出し、すわ噴火かと、実は結構な騒ぎになっていたそうだ。
元々活火山なのはドワーフ達もわかっており、故に都市にも魔法による防御手段が備わっていると聞いているが、その防衛魔法の燃料である火山の魔力を俺が終の祠にて吸収していたため、常ならば異変があった時点で発動していた防衛魔法が機能しておらず、それが混乱を助長したそうだ。
俺が寝込んでいた時に、ドワーフ王がその辺りを上手く収めてくれたようだが、微妙に申し訳ない気分である。
と、ドワーフ王は、愉快そうに笑って答える。
「何、大して儂らに影響のない秘密を打ち明けただけで、お前さんと懇意に出来るのならば、万々歳というモンじゃぜ。火山の件に関しても、多少混乱があっただけで、もう日常に戻っておるから、気にせんでいい」
……こういう時、腹黒い魔界王なんかと違って、本当に裏表がないことがよくわかるため、ドワーフは付き合いやすい。
良くも悪くも真っ直ぐな性格なのだと、戦争からの短い付き合いだが、俺も理解している。
ありがたい友人が増えたことだ。
いや、まあ、魔界王もそんな、年がら年中悪だくみしている訳ではないのだろうが。
けどアイツ、話していてもやっぱりどこか胡散臭いので、油断ならないんだよなぁ。
「それより、お前さんらは、こっちにはまだ滞在するのか?」
「おう、せっかくだから、数日は滞在させてもらおうと思ってるよ。特に、ウチの子がドワーフの里の豪快な料理を気に入ったっぽくてさ。あの子、肉が好きなんだ、肉が」
「ガッハッハッ、ザイエン嬢ちゃんか。やっぱり、見所がある嬢ちゃんじゃぜ。んじゃあ、この後ウチの里一番の料理人を連れて来てやろうか。良い肉料理を作るドワーフなんじゃ」
「おぉ、ありがてぇ。是非頼む」
そう話しながら、待ってくれている我が家の面々と合流するため、領主館を後にし――それから数時間後のことだった。
――ドワーフの里から程近いという、獣人族の里から、救援要請が届いたのは。
観光……? 知らない子ですね。