嫁達の雑談
すまん、遅れた!
――戻った旅館にて。
ネル、リュー、エンの三人は部屋のテーブルに座り、ベッドで深い眠りに就くユキの様子を眺めていた。
彼は、ここに戻った瞬間にベッドに倒れ込み、「すまん、ちょっと寝る」と言った数瞬後には、寝息を立てていた。
疲れている訳ではない、なんてことを言っていたが……この様子からすると、肉体に相当な負荷があったことは間違いないのだろう。
平然とした様子を見せていたものの、実際はかなりしんどい思いをしていたのではないだろうか。
「この人が特別だっていうのは、前からもう痛い程わかっていたけれど……いったい、どこまで強くなるんだかねぇ」
ユキを起こさないよう、小さな声でネルが口を開く。
「それは勿論、レフィのいるところまで、っすよ、ネル。この人が求める強さの果ては、やっぱりそこっすから」
リューの言葉に、ネルは頷く。
「うん……それを本気で目指せるっていうの、僕は結構すごいことだと思うんだ。僕も、勇者として強くなろうとは思ってるけれど、レフィのところまで強くなりたいとは正直思えないもん」
「……主、気の抜けてる時は多いけど、強さには驕らない。ひたすらに、リルと頑張ってる」
ドワーフの里名物だという骨付きデカ肉をもきゅもきゅと頬張りながら、会話に参加するエン。
彼女の頭程はあろうかという大きな肉を豪快に焼き、塩コショウのみで味付けしたもので、非常に大雑把で濃い味であるにもかかわらず、不思議と病み付きになるジャンクな料理である。
ユキが寝た後に買ってもらったもので、その圧倒的な脂と肉汁の様子からネルとリューはやめておいたのだが、何でも美味しく食べることの出来るエンは、やはり美味しく味わっていた。
「そうっすねぇ、ちょっと不安に思っちゃう時もあるっすけど、でもそれが男の人ってことなんすよね、きっと。……あと、エンちゃん、それ、美味しいっすか?」
「……中々にジャンクで美味。この背徳的な脂と味付けが、食欲を増幅させる。でも、脂っこいことは確かだから、好き嫌いは別れる。お姉ちゃん達も、一口食べる?」
「ありがとうっす、それじゃあ一口。……んん、あれっすね、何と言うか、本当に背徳的な感じっす。ドワーフのおっちゃん達、これ毎日食べてるそうっすけど、胃がもたれないんすかね……?」
「ありがと、エンちゃん。……う、確かに脂がすごい。僕この一口でアウトかも……ドワーフはこれを肴にお酒をガブガブ飲むみたいだね。鉄の胃袋なのかな、あの人達」
「……おー、エンも鉄の胃袋ほしい」
「エンちゃんは無限の胃袋があるんだから、それで良しとしておこうね。鉄の胃袋が必要になる生活は、単純に身体に悪いから」
そのやり取りに笑った後、話は再びユキのことへと戻る。
ユキが一つ抜けているのは、彼女らの間ではもう常識だ。
つい最近はそれで大失敗し、流石に堪えたらしく、ちょっと落ち込んだ様子も見ている。
だが――今まで彼が、歩みを止める姿を見たことはない。
そう、彼は常に、前へと進み続けている。
魔境の森で日々戦い、それから外に飛び出し、国々と関わっていき、最終的に皇帝だ。
さらに今回『覇王』となったそうで、話を聞く限り、もはやヒト種を超越した能力を有しているだろうことは間違いない。
神と話したなどとも言っていたが、彼がそう言うのならば、全て本当のことなのだろう。
ユキが魔王となってから、まだ三年程であるそうだが……いったいこの世界の誰が、それだけの期間でこれだけの活躍が出来ることだろう。
ちなみに、その彼の支配領域である魔境の森のダンジョン領域だが、ダンジョンの簡易権限を持つネルとリューは、相当な防衛設備が敷かれていることをマップ機能で見て知っている。
特にネルは、よくユキと共に魔境の森へ行き、トラップの様子などを一緒に見ているため、その範囲や効果、威力等を正確に知っているのだが、恐らくアーリシア王国の全軍が突入しても、一週間で殲滅されてしまうだろうと判断している。
全滅でも壊滅でもない。殲滅だ。
根こそぎ死ぬだろう。ユキやリル達が手を下さず、設置されているトラップ群だけで、だ。
これだけの防衛設備が整っているヒト種の領土は、まず存在しない。
ネルの見立てでは、エルフ達が誇る『森の秘術』が張り合えるくらいだろうか。
ただ、それでもやはり、ユキが『西エリア』と呼ぶ魔境の森の最深部の魔物には歯が立たないことが多いらしく、よく「どうなってんだあそこは」と愚痴っているのを聞いている。
普段ダンジョンにいると忘れてしまいそうになるが、あの森は、変わらず危険な秘境なのだ。
「この人、つい最近皇帝なんてものにもなったけど、僕はなるべくしてなったように思うんだよね。いや、みんなも同じ思いかな。すごく驚きはしたけど、でも納得出来ちゃう、みたいな」
「……そうっすね。多分、『英雄』っていうのは、ご主人みたいな人のことを言うんだと思うっす。まあ、ご主人は苦笑いで『そんなんじゃない。俺はただ自分勝手なだけだ』って否定すると思うっすけど」
ユキは、よく自身のことを指して『自分勝手なだけ』と評価する。
物事の中心にあるのは自分であり、だから決してそんな褒められた存在ではなく、もっとどうしようもない男なのだと。
確かに、自分勝手ではあるのかもしれない。
それはつまり、己の中にある信念を譲らないということだ。
道を阻む何があろうが、全てを打ち砕き、己を突き通す。
それが発揮されたのが、少し前に起きた大戦での活躍なのだ。
たとえどれだけの強敵であろうが、歯を食い縛り、仲間のために意地を張って戦うのである。
「……でも、主はいっつも、みんなのこと考えてる」
「うん、僕もそう思うよ。最優先はダンジョンのみんなのことで、いっつも自分は後回し。そりゃあ、変な意地を張ってる時もあるし、変な我がままを言ってる時もよくあるけど、大事なところでは必ず僕らを優先するんだ。……ま、僕らは、彼のそういうところが大好きなんだろうね」
「フフ、そうっすね。身体を張って、自分を貫いて。だからウチらは、どこまでも突き進んでいくご主人の背中を支えられるようにならなくちゃっすね」
「ん、良いこと言ったね、リュー。僕らもここから、皇帝の妻になる訳だし、この人に付いて行けるよう、努力し続けないと」
「……今更っすけど、ウチら、皇帝の妻っすか。響きがこう、すごいっす。ウチ、ただのメイドだったんすけど」
「いや、メイドはメイドだったのかもしれないけど」
「しれないけど?」
「……いや、何でもないよ。メイドさんだね、うん」
思わず口から出かかった、「レイラなら全然違和感ないけど、リューを定義として『メイド』に位置付けるのは、ちょっと……」という言葉を飲み込み、わざとらしい仕草で他意はないと示すネル。
「含みがある感じっすねぇ? 別にいいんすよ、ウチら家族なんすから。言いたいことは言っても」
「いやいや、僕は身近にいる家族だからこそ、言葉を慎んだ方が良い時もあるって思うんだ」
「ネル、最近言動がご主人に似て来てるっすよ」
「それはお互い様だよ」
二人がじゃれている横で、全く気にせずエンは骨付きデカ肉を食べ続けながら、マイペースに口を開く。
「……そう言えば、主の三つ目の翼。かっこいい。きっと、お姉ちゃんが興奮する」
「あはは、確かに。レフィは翼フェチだから、帰ったら大騒ぎしそう。多分三日くらいおにーさんの翼を触り続けるんじゃないかな」
「面倒くさいとか何とか、口では文句を言いながら、レフィの好きにさせるご主人の姿が簡単に思い浮かぶっすね」
三人の会話は、止まらない。
いつも一緒にいるのに、それでも話題は尽きず、談笑を続ける。
――ちなみにこの時、ユキは話し声で途中から目を覚ましており、だが会話の内容から起きることも出来ず、実はベッドの中で悶えていた。