命を紡ぐ《2》
ひとしきり愉快そうに笑った後、満足したのか、ルィンは言葉を続ける。
――始原ノ神、求ムルハ混沌也。混沌ニヨリ、万物ハ発展ス。
混沌……つまりは、多様性のことか。
それが、発展のために必要な力、と。
そうなのかもしれない。
全てが全て、同じ方向を向いているだけでは、何も前には進まない。
他者と違うことが、発展のための力なのだろう。
この世界そのものであるドミヌス自身が、それを望んだのか。
――ソレ故ニ、愛ハ在リ、争イハ在ル。混沌タル生物ノ性デアル。
性か。
そうだな。
この世に同じ存在など一人もおらず、だからこそ他者を愛するし、争うこともある。
俺がレフィと日々喧嘩し、それで愛し……ん、まあ、そういうことだ。
神様らしい、本質を突いた良い言葉だ。
「……つまり、アンタにも思うところがあったからこそ、魔族の神に協力したってことか」
さっきは反抗期だなどと冗談を言っていたが、やはりそれだけではなかったのだろう。
この神様にも、自らの命を賭す程の、信念がそこには存在していたのだ。
ルィンは、笑う。
――フ、全テハ遥カナル過去。終ワッタ事也。ソレヨリモ今ハ、未来ノ話ダ。
「未来の話?」
ルィンは、頷く。
――貴様ハ、選バレタ。命ノ継承者ニ。
「……どういう、ことだ?」
――貴様ハ、箱庭ノ権限ヲ有シテイル。箱庭ヲ操作シ、発展サセルタメの権限ヲ。
「箱庭ってのは……」
――ン、アァ、今ハ、ダンジョント呼ブノダッタカ。
彼の言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねる。
鼓動が早くなる。
現実かもわからないこの空間でも、ジワリと、身体が汗を掻く。
……緊張、しているのだろうか。
――箱庭トハ、卵。始原ノ神モマタ、吾ラト同ジ。吾ラト同ジ生キトシ者デアリ、故ニ自ラノ証ヲ刻マントスル。
世界が、自らの証を残す。
彼の言葉に、前世にあったある考えを思い出す。
確か……ガイア理論、だったか。
地球とは、地球という一個の生命体である、といった感じの考え方である。
この星もまた、一個の生命体であるため、生命体らしく子孫を残そうとするということか。
つまり、それが――。
「…………」
次に思い出すのは、ローガルド帝国前皇帝、シェンドラならぬシェンの話。
『この世界は、全てが一つのダンジョンなのではないか』
『神を解き明かすならば、ダンジョンの研究をすることが最も近道であるように思えてならないのだ』
まさに、その通りだったのだ。
ドミヌスが、ダンジョンを生み出したのだ。
ダンジョンを辿った先に、神はいたのである。
この世界を生み出した神が。
「俺は……継承者になった俺は、何かしなきゃいけないことがあるのか?」
――否。確カニ貴様ハ選バレタ。然レド、ソノ後ハ貴様ガ定メレバ良イ。命ハ、自由也。吾ラガ望ムハ、貴様ガ箱庭ト共ニ自由ニ生キルコト。
命は、自由。
好きにしろということか。
「……何で、俺だったんだ」
掠れた声の俺に、骸骨は、笑う。
――サテ、偶然カ、神ノ導キカ。
……すべては神のみぞ知る、か。
精神を整えるために大きく息を吐き出し、深呼吸を行っていると、ルィンは言葉を続ける。
――モウ一ツ。貴様ノ武器。アノ小サキ娘。
「エンが、どうした?」
――ソノ一振リハ、吾ラニ通ズル。
ルィンは、空間にエンらしき影を投影する。
次に、彼女の前に真っ直ぐ道を伸ばし、終着点に八つの武器が現れる。
あれは……神の名が付く武器か。
エンをこのまま鍛えていけば、最終的にはそこまでの能力になると言いたいようだ。
――大切ニセヨ。ソノ娘ハ、非常ニ稀有ナ存在デアル。
「俺の娘みたいなもんだ。アンタに言われずともそうするさ」
そもそも、そんな大層な存在でなかったとしても、大事にするに決まってる。
俺が、自らの命よりも大事にしている、家族の一人なのだから。
……それにしても、さっきから思っていたことだが、この神さんのジェスチャーというか、影の映像の表現が上手いな。
言葉にしていないのに、何が伝えたいのかしっかり伝わってくる。
と、俺の言いたいことでも理解したのか、ルィンはコクリと頷く。
――練習シタ故ナ。
「練習したんかい!」
再びそうツッコんでしまうも、やはりルィンは愉快げに肩を揺らす。
おい、この神様、小ボケを挟んでくるんだけど。
神様って、もっとこう……いや、堅苦しいよりはいいんだけどさ。
なおも愉快そうなルィンは、楽しそうな様子のまま、口を開く。
――フフ……良キ時間デアッタ。名残惜シイガ、吾ガ話ヲ出来ルノハ、ココマデダ。
彼の言葉に、俺はピクリと反応する。
「もしかして、槍からいなくなるのか?」
ルィンは頷く。
――吾ハ、残リ火。既ニ、死シタル者。現世ニ残ルハ、摂理ニ外レル。
「待ってくれ、まだまだ聞きたいことは――」
が、俺の言葉は、こちらに手のひらを向けたルィンに遮られる。
――ソレハ、貴様自身ガ解キ明カスト良イ。貴様ハ、生キテイルノダカラ。
「……そう、か。そうだな。……俺も、アンタとこうして話せて、良かった」
ルィンは、優しげに笑う。
骨であるにもかかわらずわかる、慈愛に満ちた眼差し。
刹那、空間が揺らぐ。
白の全てが崩壊していき、視界の焦点が定まらなくなっていく。
そして最後に、彼の言葉だけが俺の耳に残った。
――命ヲ全ウセヨ。命ヲ謳歌セヨ。ソレガ、命アル者ノ責務デアル。
* * *
「何つー愉快な神様だ……あの神様の宗教なら入信しよう」
思わずそんなことを言いながら、俺は、ゆっくりと閉じていた瞼を開く。
熱く、煮え滾るマグマ。
目の前にある、もう何も記していない、空白の石碑。
白く広がる空間は、すでに消え去っていた。
『……主?』
握ったままの我が愛娘から、ちょっと心配そうな意思が伝わってくる。
「ん、エン、俺が喋らなくなってから、どれだけ経った?」
『……多分、一分くらい。何も言わないで、ジッとしてた。様子が、ちょっと変だった』
「そうか……それくらいしか経ってないのか」
体感じゃあ、三十分くらいは彼と話していたと思うんだがな。
右手に握っていたエンから、次に左手に握っていた神槍へと視線を向ける。
神槍。
もうここには、何もいない。
体感として、俺にはそのことがわかる。
別れ際、ルィンは俺に、この槍の使い方を教えてきた。
直接、知識として埋め込まれた、というのが一番近い表現だろうか。
今ならば、わかる。
散々悩ませてくれた、この槍の使い方が。
俺は、槍を前に掲げ、言った。
「『命を謳え、我が槍よ』」
その瞬間だった。
武骨な見た目の神槍が変化を開始し、グングンと大きくなる。
数秒で俺のよく知っている第二形態に到達し、さらにその先へ。
いつもは俺の魔力を極限まで吸っていたが、今は一切、俺には触れて来ない。
ルィンが俺を、槍の所有者として認めたからだ。
ゴウ、とマグマが唸り、目の前の祠が淡く発光を始める。
空間に存在する魔力が激しく猛り、それら全てを神槍が吸収し、そこからさらに俺へと流し込んでくる。
そうか。
この武器は、戦いの役目を終えた後に、『鍵』になったんだな。
いつかここに来る、俺のようなヤツを助け、扉を開かせるための鍵に。
「な、何じゃ!?」
「う、うわ!」
「ご、ご主人!」
背後から聞こえる三人の声。
『……主?』
「大丈夫だ。これは、俺達を拒絶するものじゃない」
この世界に来て、初めてレフィに魔力を流し込まれた時と同じような、圧倒的な力が身体へと流れ込んでくるが、今は倒れそうにもなっていない。
間に、槍が入ってくれているからだろうか。
やがて、変化は終了する。
ルィンが吸った、莫大な魔力は全てが俺の内側に。
借り物ではない、俺の肉体の一部と化す。
そこで俺は、自身のステータスを確認する。
名:ユキ
種族:覇王
ん……種族進化したか。
ルィンが、俺に力を与えてくれたんだな。