山の民《1》
ドゥ、と、濃い赤色が、流れていく。
「おぉっ、すげぇ……初めて見た」
「……とっても暑そう」
「ウチは、何回か見たことあるっすねぇ。ここから獣人族の里が近いんで、こっちにも訪れたことが数回あるんすよ。と言っても、小さい頃の話っすけど」
「よくあんなところに、里を……でも、良い湯が沸きそうだね!」
「おう、もうちょっとだけ我慢してくれたまえ、風呂過激派よ」
飛行船の窓から覗くのは――マグマ。
ドロドロで、グツグツと煮え滾ったマグマが山から流れ落ち、火を噴いている。
屹然と聳え立つあの山は、活火山なのだろう。
そして――その山の麓に、ドワーフの里は存在していた。
里というか、規模的には普通に街だな。
あの街を表す言葉は……『熱』と、『鉄』だろう。
至るところに煙突があり、煙が昇っており、すぐ近くに坑道があるのも窺える。
全体的に工業的な雰囲気があり、鍛冶を生業としているという種族特性がよくわかる街の様相だ。
流れ続けるマグマからは、そう離れてはいない位置に街が形成されているのだが……何か魔法で街を守っているのだろうか。
「ハハハ、えぇ、良い湯は沸きますよ。火山特有の臭気がありまして、観光にいらっしゃる方の中には、それが苦手という方がいるのですが、湯の効能は保障いたしますよ」
物腰柔らかな様子でそう話すのは、飛行船内で仲良くなった、ラァダという名の商人ドワーフである。
ただ、以前戦争で見た、髭面強面のこれぞドワーフ! といった見た目ではなく、かなりこざっぱりとした身綺麗な恰好をしている。
色々な国へ行って商談をしているそうなので、身なりには相当に気を遣っているのだろう。
どうも、以前に知り合ったドワーフ族の王、ドォダの親類であるらしく、その関係でローガルド帝国に赴いており、たまたま俺達と同じ便で帰宅する予定であったようだ。
「へぇ、ネルじゃないが、俺も楽しみだな。やっぱりこういう旅路には、温泉は不可欠だし」
「……ん。湯に浸かるという行為は、日常の切り替えにおいて非常に重要なもの。そこで疲れを取り、一日の終わりを感じて、明日にワクワクして眠る」
「お、良いこと言うじゃないか、エン。その通りだな」
「ラァダさん、『宝石坑道』は変わらずっすか? 出来ればご主人達に見せてあげたいと思ってるんすけど……」
「えぇ、勿論何ら変わりなく。……あぁ、リューイン奥様は、ギロル氏族の出身でいらしましたね。ご親族の方と一緒に、訪れたことが?」
「はいっす、父の仕事の関係で来たことがありまして、一緒に観光もしたんすよ」
ラァダとそう会話を交わすリューを見て、俺は意外な思いで口を開く。
「リュー、お前……本当にお嬢様だったんだな?」
「そ、そう言われると恥ずかしいっすけど、まあそうっすね。一般的に言ってそういう立場でした。えへへ、どうっすか? 見る目が変わったっすか?」
「見る目が変わったというか、お嬢様の概念の方が俺の中で崩れた」
「どういう意味っすか!?」
むー、と怒り、頬を引っ張ってくるリューに笑っていると、ネルがパンパンと手を叩く。
「ほらほら、じゃれるのは後にして、部屋に戻って下船の準備だよ! すぐに降りれるようにしておかないと!」
「……急に活き活きし出したな、お前」
思わず生暖かい目をしてしまった後、気を取り直して俺は、ラァダへと言葉を掛ける。
「ラァダ、そういう訳で俺達、降りたらいの一番に温泉に浸かりに行きたいんだが……どこか良いところ知ってたりしないか?」
「わかりました、では里一番の湯にご案内しましょう。宿付き、でよろしいでしょうか?」
「あぁ、そうだな、その方がいい。悪いな、助かるよ。特に段取りも整えず急にこっち来ることにしたもんだからさ」
「この人、いつもこうなんですよ、ラァダさん」
「行き当たりばったりな人なんすよ。迷惑をお掛けするっす」
嫁さんらの言葉に、ラァダはニコニコしながら答える。
「いえいえ、こうしてあなた方と出会え、顔を売ることが出来たのは、商人にとって千金を費やす価値のあることでしょうから。我々にとって、むしろこうして頼っていただけたことは、光栄なばかりですよ。お気になさらず」
そう彼と話している内に、飛行船は里への発着場へと降り立ち――俺達はドワーフの里へ到着した。
* * *
その後、ラァダの手配のおかげで、俺達は特に待たされることもなく、スムーズに宿の一つにチェックインし、そのままネル念願の温泉へと直行した。
ドォダの親戚だとは言っていたが……ドワーフ達の中では、ラァダも結構な権力者であるのだろう。
本当に、彼が顔を見せて一言二言受付に伝えただけで、俺達のチェックインが終わったからな。
また、俺の護衛兵士達なのだが、彼らは二人だけこちらに残り、後はそのまま飛行船と共にローガルド帝国へと戻るようだ。
例の、やらかしたバカな男の移送と、ローガルド帝国への連絡をしてくれるらしい。
どうも、ここからは俺達の護衛をドワーフ側が受け持ってくれることになったらしく、到着して俺達が温泉を堪能している内に、ラァダがその辺りの話も付けてくれたのだと。
彼は俺達と知り合えて良かったと言っていたが、こっちとしても彼と知り合うことが出来たのは良かったと言えるだろう。
人脈は、力だ。
この世界に来てから、そのことを強く感じている。
そうして、よく休んだ――翌日。
「よく来てくれた、魔王! ラァダから聞いたが、何やら道中大変だったようじゃな」
そう話すのは、ドワーフ王、ドォダ。
今朝、朝食を取っている内に案内のドワーフが現れ、俺だけこのドワーフ王の館を訪れていた。
ウチの嫁さんらは、現在別行動をしてもらっており、里の観光を楽しんでもらっている。
「あぁ、なかなか面倒はあったが、ここの温泉に入って、疲れは吹っ飛んだよ。良い湯だった」
「おう、そいつぁ、何よりじゃ。この地の売りじゃからな。この里にいる間、存分に堪能してくれ」
「あと、ラァダには世話になった。こっちでの手配を色々してくれて、本当に助かった。感謝してるよ」
「ガッハッハッ、ウチのモンが助けになったのなら、何よりってもんじゃぜ。アイツはドワーフにしちゃあ細やかな気遣いの出来る奴でな。本業は商売人なんだが、儂らにとっても重宝する人材でよ」
豪快に笑う、ドワーフ王。
そう、一通りの挨拶を交わしたところで――俺は、問い掛ける。
「……それで、ドワーフ王。このドワーフさん方は?」
現在この場所には、俺とドワーフ王以外にも多数のドワーフ達がおり、こちらの会話を静かに聞いている。
ただ、なんかすげー見られており、ちょっと、いや大分落ち着かない。
「あぁ、お前さんが鍛冶の腕が一流って話を以前にしたんだが、今日ここに来ると聞いて、こうして集まりやがってな。悪いんだが……その鍛冶の腕、見せてやっちゃあくれねぇか?」
そう言う本人の目が一番好奇心に輝いているんだが……まあ、急に来て世話になる訳だしな。
何か、作ってみるか。