思想の伝播《3》
――あの男は、龍族と話す俺を見て、「今ならば……」と思ったのだそうだ。
万が一に備えてバリスタ整備を任されていたらしく、弾を装填したところで、という訳だ。
……俺は、ついこの前失敗したばかりだ。
今の情勢が少し危ないものというのも理解しており、しかも今回はエンに加えて、ネルもリューもいる。
だから、流石に危険がないよう、事前に乗員は全て確認した。
分析スキルを使用し、ダンジョンの『マップ』機能及び危機察知スキルに意識を働かせ、おかしな者が這入りこんでいないか見ていた。
だからこそ、ローガルド帝国にて、まだ到着もしていない時から飛行船の発着場で待機していたのである。
面倒ながらも、わざわざ他の乗客や船長らに挨拶を受けていたのだ。
その時は敵対的な存在は一切なかったので、あの男は本当に衝動的に撃ちやがったのだろう。
「俺は、何もしない。アンタらの国には世話になっているし、事を大きくしたいとも思わないからな。だから、後は任せるぞ。俺を殺そうとし、何より俺の嫁さんに刃を向けたヤツのことは。もう一度言うぞ。俺の嫁さんを斬ろうとしたボケを、任せたからな」
「か、畏まりました。然るべき裁きは、必ず受けさせます。この度は、大変なご迷惑を……」
事態が収拾した後、大慌てでこちらに飛んできた船長は、焦りからか汗をダラダラと流しながら、頭を下げる。
「……いいよ。アンタが悪い訳じゃないのはわかってる。アンタが、船長としての責任を自分で果たす限りは、何も言わないでおこう。お互い、こんなことで国際問題にしたくないのも確かだ」
全く、こんなことなら俺も、一隻くらい個人用の飛行船買っちまおうか。
皇帝だしな、プライベートジェットならぬ、プライベート飛行船くらい持っていても良いのではなかろうか。
……いや、極端に使用頻度は低いだろうし、維持する人員にちょっと申し訳ないから、やめておこうか。普通に持て余しそう。
――今回の件は、根本にはやはり例のヤツらがある。
俺が遭遇した、人間至上主義者どもだ。
あの一件は、アーリシア王国に対する復讐から始まったものだったが……その思想自体は、遅効毒のように人間の間でジワジワと広まってしまっているのかもしれない。
事を起こしたアホが、エルレーン協商連合の出身だったことが良い例であろう。
あの国は戦勝国であり、さらには飛行船売買、つまり他種族と繋がることで大儲けをしており、今は好景気に沸いていると聞いているが、それでもこういう男が出て来ているのだ。
突然現れた他種族が、交流を増やすという国の政策のために仕事を奪って行った。
他種族が国にやって来て、他種族による犯罪が起こり始めた。
戦いで他種族に家族を殺され、恨みが募っている。
現在の世界の変革で、この辺りの負の感情は噴出していることだろう。
それは別に、人間に限ったことではないだろうが……個が弱く、故に集団の力を重視してきた人間に、大きくその兆候が表れるのだと思われる。
あの男がどんな不満を溜め込んでいたかは知らないし、興味もないが、他種族に対するヘイトを溜め込むような、何かは確かにあったのだろう。
それに、見方によっては、あの『屍龍大戦』にて他種族により人間国家――それも大陸有数の大国が滅ぼされたことになる。
いや、別に滅んじゃいないが、今までとは全く違う形の国となり、しかもその皇帝が人間ではなく、俺という他種族に成り代わった訳だ。
不安は間違いなくあるだろうし、他種族に悪感情がある者達にとっては、俺という存在は本当に悪の親玉のように見えているのではないだろうか。
急激な変革には、必ず軋轢が生まれる。
誰がどれだけ上手くやろうとも、あの魔界王が策を練っても、決してそれはゼロにはならない。
……わかっていたことだが、本当に大変な時期だな、今は。
今回の旅が終わったら、しばらく魔境の森に引き籠っていようか。
久しぶりに、領域の拡張作業にでも励むとしよう。
「陛下のお心、感謝しかありません。……それで、その……一つお聞きしたいのですが、そちらのご婦人が?」
「ん? あぁ、そうだな」
俺達の視線の先にいるのは、俺の身内三人と――一人の、老女。
頭部と腰から、岩を思わせるようなゴツい角と尻尾を生やした、ゆったりとしたローブを身に纏っている老女。
現在、その四人でテーブルの一つを囲んでおり、楽しそうにお茶をしている様子が窺える。
「……お婆ちゃん、このお茶、とても美味しい」
「あはは、なかなか渋い子だねぇ。甘いのにしようかちょっと迷ったけれど、気に入ってくれたのなら良かったよ」
「……いっぱい色々食べてるし飲んでるから、美味しいものはちゃんとわかる」
「そうかいそうかい、大事にしてもらっているんだね」
お茶を堪能しているエンの様子を見て、目を細める婆さん。
「これ、本当に美味しいっすね。ウチに超絶料理の美味い子がいるんすけど、その子が淹れてくれるお茶くらい、病みつきになる味っす!」
「うん、ホントに。お茶の方は僕達も飲んでたものなのに、さっきの調味料みたいなので、こんなに味が変わるなんて……シセリウスさん、あれは、何を入れてくれたんですか?」
「あぁ、フェニックスが燃えた後に残る灰だよ」
「フェニックス……え、ふぇ、フェニックス? フェニックスって、あのおとぎ話の?」
「いやいや、いるところにはいるんだよ。アタシもこれを入れて飲む茶が好きでねぇ。まあでも、非常に珍しい存在なのは確かだね。灰が足りなくなると探すんだけど、アタシも世界中を百年くらい飛び回って、ようやく見つけるくらいだし」
「……さ、流石龍族って感じの話っすね。というか、良かったんすか? そんな貴重なものを……」
「アンタらの旦那から、面白いことを教えてもらったからね。その礼という訳じゃないが、これくらいはご馳走するさ」
「……お姉ちゃん達。美味しいものは、ただ美味しいって言って、飲食するのが礼儀。それ以上を聞くのは、野暮」
「うっ、そ、そうっすね。エンちゃんの言う通りっす。シセリウスさん、とても美味しいお茶、ありがとうっす」
「フフ、そうだね、エンちゃん。シセリウスさん、ありがとうございます」
「あははは、それだけ味わって飲んでくれているなら、何よりさ。楽しんで飲んでおくれ」
そんな、ほのぼのとした会話を交わしている彼女達を見ながら、俺は船長に言った。
「あの人がさっきの龍――シセリウス女史だ」
彼女は、シセリウスばあさんが『人化の術』を使って変化した姿である。
こっちの様子を心配し、ああして気を遣って姿を変え、やって来てくれたのだ。
最初は俺も驚いたが……まあ、レフィもその魔法を使って今の姿になっている訳だしな。
ちなみに、レフィが初めて人化をした時は全裸だったが、彼女は普通にローブを身に纏った状態で人化していた。
術の練度で、その辺りは変わるのだろうか。
「……他種族とは……すごいものですな」
「まあ、あんなマネが出来るのは、俺も龍族以外知らないけどな。どうやら、相当に力のある種だと、人の姿になることも出来るみたいだな」
何だかもう、いっぱいいっぱいな様子の船長にそう言葉を返していると、シセリウス女史本人がこちらへとやって来る。
「悪いね、人間の船長さん。どうやらアタシが来たせいで、迷惑を掛けたようだ」
「いっ、いえ、こちらこそご迷惑をお掛け致しました。私の監督不行き届きで、シセリウス様に攻撃を――」
「いい、いい。そこを言われると、アタシも突然やって来て驚かせちまった部分があるから、ちょっと痛いんだ。気にしないでおくれ。それに、ヒト種はとにかく数が多いから、色んなのがいるのは知ってるよ。ただ、それはあくまでその個人の問題。別の誰かに八つ当たりするつもりはないさ」
緊張で引き攣りそうになる頬を、必死に抑えながら謝る船長に対し、毛程も気にした様子もなく手をヒラヒラと振るシセリウス女史。
今日だけでこの船長、寿命がちょっと縮んだのではなかろうか。
それにしても、良い婆ちゃんだ。
やはり龍族は、懐の深い種族なのだろう。
レフィは大らかというか、大雑把という言葉の方がピッタリ来る女だが、この婆ちゃんはちゃんと大らかというのが似合う龍だ。
この短時間でエンが懐いているのを見ても、それがよくわかる。
「それで、人間の船長さん。こうして乗り込んだ後に言うのもアレなんだけど、少しの間飛行船のお邪魔していてもいいかい? この子らと、そこの龍王ともう少し会話を楽しみたいんだ」
「龍王? ……え、えぇ、無論、問題ありません。存分に滞在していただきたく」
きっと、内心では「さっさと帰ってほしい」と思っているのだろうが、必死に笑顔を作りながらそう言う船長。
うん、アンタが頑張っていることは認めよう。
俺も多少はツテがある訳だし、この船長の立場が悪くならないよう、後で一言二言伝えておくとしよう。
とばっちり船長。




