思想の伝播《1》
すまん、ちょい遅れた。
色々やってた。
いつでもユキの動向が確認出来るよう、船尾の展望デッキにいたネルとリューは、最初こそ緊張した面持ちをしていたが……現在はすでに、肩の力を抜いてのんびりとしていた。
「ん、あの様子からすると、もう大丈夫みたいだね、リュー」
「フゥ、ビックリしたっすけど、やっぱりレフィの同種っすね。昔は龍族って聞くと、畏怖の象徴でしたけど……あのご主人の様子からすると、龍族って本当に気が良いんすねぇ。レフィを見てたらよくわかるっすけど」
「うん……僕達と同じ、普通の生物なんだよね、きっと。とっても力があるってだけで」
彼女らから見えるのは、ユキがエンを肩に担ぎ、つまり攻撃の姿勢を完全に解き、あの龍族と何やら楽しそうに談笑している様子だ。
見ていると、どうやらエンもあの龍と話しているようで、彼らの視線が彼女の本体である大太刀へと向いている様子も窺える。
彼には、抜けている面がある。
だが、自分達や、特に幼女達が共にいる時に、油断を見せることは決してない。
彼女らとしては、ユキが一人だけの時でも、その警戒心を持っていてほしいところなのだが――だからもう、大丈夫なのだ。
わかりやすく気を抜き始めた二人を見て、彼女らの警護をするつもりで近くを固めていたユキの護衛兵士達は、酷く緊張したまま、怪訝な様子で問い掛ける。
「あ、あの……奥様方、大丈夫、とは?」
「はい、おにーさん――僕達の旦那さんが、警戒を解いたようなので、あの龍の方は敵じゃないみたいです。なので、もう警戒しないでも大丈夫だと思います」
「……それが本当ならば、我々としても肩の力が抜けるのですが……」
彼女らと違い、龍族のことをよく知らず、ユキのこともよく知らない彼らは、とてもその言葉を信じることが出来ず、引き攣ったような表情で言葉を返す。
ネルとリューは、まあそんなものかと顔を見合わせ――その時だった。
飛行船から、龍へと向かって砲撃が行われたのは。
* * *
『――へぇ……なるほどねぇ、空気に含まれる成分か。そんなこと、考えたこともなかったさね。ヒト種は、そんなところまで研究を進めているのかい』
「あー、まあ、そんなところだ」
前世の話までするとややこしくなるので、微妙に誤魔化すようにそう答える。
……ヒトが見つけ出した知識であることに、間違いないしな!
そうして飛行船の知識と、若干脱線して俺の知っている限りの科学技術の話をすると、老女龍シセリウスは満足してくれたらしい。
話を反芻するかのような素振りを見せた後、彼女は口を開く。
『うん……面白い、良い話を聞いた。やはり世界は、面白い』
「はは、そうだな。俺もそう思う」
『よし、アタシばかり聞いて悪いから、アンタも何か、聞きたいことはあるかい? アタシの知っていることなら何でも教えよう。山を粉砕する極大魔法とか、全てを砂に変える禁術とか教えようか?』
「いや、それは結構です」
……龍族だな。
俺は一つ苦笑を溢し、言葉を続ける。
「じゃあ……ドミヌスって知ってるか?」
『ドミヌス? あぁ、知っとるよ。始原の神の名だろう?』
やっぱり知ってるのか。
龍族では、普通に知られてるんだろうな。
「俺、それに関して知りたくて、今外に出てるんだ。何か知ってることがあったりしないか?」
『そうさねぇ……アタシの知っていることと言えば、神々という生物は、実際にいたということくらいかね』
「――生物?」
彼女は、コクリと頷く。
『龍族でも辿るのが難しい程の遥かな過去、神と呼ばれていた者達が十数柱、確かに地上にて生活していたのさ。どうやら今はもう、死んじまっているようだが』
「……神が、死ぬのか?」
『あくまで、残された記述から考えるに、という推察だけどね。だから、生物なのさ。死という絶対の法則から逃れられぬのなら、アタシらより上位の力を持っていたとしても、それは「この世を生きる者」であり、つまり生物だと言えるだろう?』
……なるほどな。
些か学術的な話ではあるが、神とは、神と言う名の生物であり……そしてそれらは確かに実在した、と。
これだけはっきりと断言するということは、何か、確証があるのだろう。
『そしてドミヌスとは、その神々が崇める対象だった。始原の神の話となると、同時に女神ガイアが語られることがあるけれど、彼女もまたドミヌスを崇めていたようだね』
……ここで彼女に出会えたのは、僥倖だったな。
思わぬところで、良い話を聞く機会が訪れてくれた。
俺は、彼女にさらに質問しようと口を開き――危機察知スキルに反応!
それは、目の前の龍からではない。
背後の、飛行船からである。
「ッ――」
意識よりも先に、身体が動く。
全身をグルンと回転させ、翼で空気を捕らえ、鞘に入れたままのエンを全力で振り抜く。
細かな刃の調整はエン自身が行ってくれることで、俺はこちらに近付く物体を見もせず――ソレを圧し折った。
勢いを強制的に殺され、ぐるんぐるんと回転しながら落ちていったのは、巨大な金属矢。
……間違いない、あの飛行船に備わっている武装だ。
バリスタに似たものが幾つか、魔物の対処のために備わっていたはずだ。
そう思考を巡らすと同時、こちらに向かって再度放たれる、数発の金属矢。
今度は余裕があるため、俺は原初魔法で暴風の防壁を生み出し、それらを全て弾き飛ばした。
『うん? 今のは、アタシへの攻撃かい? アンタへの攻撃かい?』
毛程も危機を感じていない様子で、不思議そうにそう言う老女龍シセリウス。
「……角度からして、多分俺じゃない。やめろって言ってあったんだが……」
『あー、悪いねぇ。怯えさせちゃったかね』
彼女は、申し訳なさそうにする。
……本当にそうなのか?
あれだけ言い含めておいたのに、極度の緊張から、思わず先制攻撃に出てしまったのか?
…………。
「すまん、向こうの様子が気になる。本当はもっと話がしたかったんだが……」
『あぁ、行っといで。アタシはここで待っとるよ』
俺は、急いで飛行船へと飛んで戻る――。