ドワーフの里へ《2》
精霊王に関してですが、精霊王が来た時にネルもいたのは書籍版の世界線で、WEB版ではその時すでに国に帰っちゃってます。
実はちょこちょこ、そういう違いがあったり。
内容の直しの関係でね、「こっちの方が都合が良いか」って思った時は微妙に変えてるのよ。
「――もー、本当に気を付けてほしいっすよ。最初に話を聞いた時、手足から力が抜けるくらい心配したんすから」
宛がわれた部屋でのんびりしながら、嫁さん達と言葉を交わす。
「悪い悪い。俺、自分に降りかかる危険はさ、大体全部『危機察知』スキルで判断してるんだが、料理の毒性にまで反応する訳じゃないっぽくてよ。俺自身の警戒心が薄れてたってのは、否めない事実だな」
何度も思っているが、あの『人間至上主義者』の件で、そこは、本当に反省した。
場合によっては死んでいた可能性もあるのだから。
「確かに、料理に毒が仕込まれてるなんて、普通に暮らしてたらそんな警戒はしないだろうけどね。でも、僕みたいな役人でも何でもない一般兵士でも、毒を見分ける訓練は一通り受けてるし……おにーさんの立場なら、その知識は持っていた方が良いだろうね」
とりあえず言っておくが、お前は決して一般兵士ではないからな。
……そうか、勇者って、そんなことも教わるのか。
「そう言えばおにーさん、『分析』のスキル持ってたよね? それで料理を見たら、毒入りかどうか判別できるんじゃないかな」
「……やったことはないが、確かに出来そうだな」
なるほど、そういう運用も出来るか。
料理に使うって発想はなかったな。
「あとは、ネルにご主人も訓練してもらったらいいんじゃないっすか? ご主人、正直ちょっと抜けてるところもあるっすから。スキルを使うのをうっかり忘れて、ってこともありそうですし。ウチも人のことは言えないっすけど」
リューの言葉を否定出来ないのが悲しいところである。
「ん、いいよ、じゃあ僕が毒の訓練をしてあげる! しっかり知識を教えてあげるよ」
「お、おう。わかった、頼むよ。毒の訓練とか、もう字面が大分嫌な感じだが」
「大丈夫大丈夫、おにーさんエリクサーたんまり持ってるでしょ? だったら、致死性の毒とか口にしてもすぐに治療出来るから、もう誰よりもはっきりと味を覚えられるよ! ドワーフの里や獣人族の里とかにも、多分毒性のある草花はあるだろうから、僕の知ってるのをすぐにでも教えてあげる」
「……お、お手柔らかにお願いします」
「……た、焚き付けたのはウチっすけど、なんかこう、そこはかとない不安があるのは何故なんすかね。ご主人、ネルの訓練でも生き残ってくださいね? いや、ホントに」
何だかやる気満々な様子のネルを前に、思わずリューと共に戦々恐々としていたその時、ガチャリと部屋の扉が開き。一人で船内の探険に出掛けていたエンが戻ってくる。
ちなみに、今の各々の服装なのだが、俺とエンはいつも通りの恰好であるものの、ネルはよく着ている軽鎧は身に付けておらず、ラフな短パンとシャツだ。聖剣も身に付けていない。
リューもまた、いつものメイド服ではなくネルとほぼ同じ恰好である。
リューは何でも着るが、ネルはスカートだけは滅多に履かない。
特にダンジョンの外に出る時は、必ずズボン系の動きやすいものだけだ。
どうも、スカートのような動きにくいものを履くと微妙にソワソワするというか、落ち着かなくなってしまうのだそうだ。
やはり彼女は、生粋の戦闘員であるということなのだろう。
あと、リューとレイラのメイド服に関してなのだが、最初は雇った形だったのに対し、今は普通に家族だと思っているので、従者みたいな恰好はしなくて良いと伝えてあるのだが……二人とも「いや、実はこれ、結構気に入っちゃってるんすよ。楽っすし」、「はい、とても楽ですねー」などと言っており、未だダンジョンではメイド服を着続けている。
……ま、まあ、お前らがそれでいいんだったら、いいんだがな。
「おかえり、エン――って、どうしたんだ? その肉」
もきゅもきゅと、ベーコンっぽい肉を美味しそうに食べている彼女に問い掛けると、ゴクリと小さな喉を鳴らして口の中のものを飲み込み、答える。
「……探険してたら、間違って厨房に入っちゃって、そこのおじちゃんがくれた」
「あー、エン、『立ち入り禁止』って書いてあるところは、入っちゃダメだからな? 前回はクルーの人らが好意的だったから、色々見せてくれただけで」
「……ん。だから、ごめんなさいって言ったら、『おう、まだ飯の時間じゃあねぇが、これで我慢してくれや』って、このお肉くれた」
ふむ、エンの愛され体質が出たのか。
ウチの子、大体どこでも人気だからな。
それにしても、海の方もそうだが、こういう船の船員って気の良いヤツが多いように思う。
海や空なんかの、ヒトでは決して敵わない大いなるものを、常に相手にして生きているという環境が、そうさせるのだろうか?
「はは、そっか。良かったな。お礼はちゃんと言ったか?」
「……ん。言った。あと、船員の人が言ってた。そろそろ日の入りで、船尾から綺麗な景色が見えるって。みんなで、見に行こう?」
「お、いいな! せっかくだし、行こうかお前ら。リューも、その様子だと酔いはないだろ?」
「はいっす、以前はもうすぐにダウンしちゃったっすけど、今回は全然気持ち悪くないっすね。ご主人の酔い止めの効果っすかね?」
おう、DP産の、恐らく前世仕様のものだからな。
まあ、お前が慣れたのもあるだろうが。
「でもリュー、本当に辛くなったらちゃんと言うんだよ? 我慢だけはしちゃダメだからね?」
「フフ、大丈夫っす。そうなったらしっかり伝えるっすから。心配してくれてありがとうっす」
そうして部屋を出た俺達は、狭い通路を進んでいき、すぐに観光用に造られている船尾へと辿り着く。
他のお客さんも数人いたが、結構広い造りなので、周囲はあんまり気にせず端の方の一角を陣取る。
――ガラス張りの船尾からは、綺麗な西日が覗いていた。
眼下に広がる草原と、どこまでも続く丘陵。
遥か遠くに見える人里は、ローガルド帝国の街並みだろうか。もう結構飛んだんだな。
紅色に染めあげられ、端から夜が世界を覆っていく。
いつ見ても良いものだ。
この、世界がまるで、別のものへと変貌していくかのような瞬間は。
「うわぁ、綺麗っすねぇ……」
「ん、いつ見ても――あ?」
「? どうかした、おにーさん?」
不思議そうにコチラを見るネル。
……俺の『危機察知』スキルの範囲内に、反応は何もない。
目視することで、どんどんと埋まっていく『マップ』に映るものも、ない。
だが、その時俺は、確かにチリッと、名状の出来ない感覚に引っ掛かったものがあった。
俺は、自らの感覚に従い、紅色に染まった世界に目を凝らし続け――やがて、山脈の合間に、ソイツを発見する。
「……オイオイ、マジか」
口から漏れる、掠れた声。
即座に俺は行動を開始し、さっきまでの部屋――エンの本体を置きっぱなしにしてある部屋へと戻る。
俺の様子を察知した瞬間、隣にいたエンは擬人化を解き、すでに俺達の前からは消えている。
「ご、ご主人、どうしたんすか?」
「……おにーさん、僕の聖剣もお願い」
後ろから付いて来る、少し不安そうな顔のリューと、すでに戦闘時の顔に切り替わっているネル。
俺は、アイテムボックスから聖剣『デュランダル』を取り出してネルへと渡し、次にダンジョン帰還装置であるネックレスもまた取り出し、二人に渡す。
「敵かどうかはまだわからんが、ちょっとマズいのがこっちに向かって飛んで来てやがる。お前ら、一応いつでもダンジョンに逃げられるようにしておけ。……ここらは、安全が確保された空域だっつー話だったんだがな」
……この距離、すでに向こうの攻撃範囲内に飛行船が入っていると思うが、特にアクションはない。
敵ではない、と思いたいところだが……油断したら、死んだことも気付かずに大気の塵になるだろうな。
――遠くに見えたのは、雄大に空を飛ぶ生物。
デカく、圧倒的な威圧感を放ち、こちらへと向かって飛ぶその姿。
我こそが空の支配者であると言わんばかりの、あの威圧感は、亜龍やそこらの魔物が出せるものではない。
間違いない。
龍族、それもレフィと同じ古代龍である。
すっごいどうでもいいんだけど、書籍版のネルの恰好、あれスカートではないんだ、実は。