ドワーフの里へ《1》
それから、数日経った日のこと。
「それじゃあ、行ってくる! 何かあったらすぐに連絡してくれ。即行で帰ってくるからよ」
「もしかしたら、僕宛に何か連絡が来るかもしれないけど、その時も連絡してくれると助かるかも! リル君には言っておいたんだけど、魔境の森に誰か来るかもしれないから」
「ウチは特に何もないっすけど、でもお土産買ってくるっすから! 楽しみに待っていてほしいっす!」
「……ん。美味しそうなものがあったら、買ってくる」
俺とネルとリューの後に、やはり今回も一緒に付いて来てもらうエンが、そう皆に言う。
「うむ、こちらで何かあり次第、お主らにも連絡しよう。故に、こちらは気にせず旅を楽しんでくるがよい」
「行ってらっしゃいませー」
「いってらっしゃーい!」
「いってらっしゃーイ!」
我が家の面々に見送られ、俺達は家を後にした。
* * *
今回の旅の目的は、ドワーフの里。
故に俺達がまず向かったのは、ローガルド帝国である。
ドワーフの里は、アーリシア王国から行ってもローガルド帝国から行っても、大して差のないような位置にあるようなのだが、そこへ行くための飛行船がローガルド帝国からしか出ていないのだ。
アーリシア王国もまた、技術者ごと飛行船を数隻買っているらしいのだが、あそこは国内配備に重点を置いているため、まだまだ外国への航路は完成していないのである。
その点ローガルド帝国は、ほぼ植民地化されているので、国内よりも外国への融通を利かす方が優先されており、そのため例の戦争の戦勝国へと航路が伸ばされているのだ。
敗戦国であるが故にそういう扱いをされている訳だが……ただ、今後ずっと、ローガルド帝国は中継点として機能するようになる訳なので、経済的に利が無い訳でもないのだ。
むしろ、先々のことまで考えれば、他国に対して確実に有利となるものを得たことになる。
あの国を多様な種族が過ごす国にするために、魔界王達がその辺りは上手くやっているのだ。
飛行船によって、ヒト種は翼を得たことになり、人々の世界は大幅に広がった。
エルレーン協商連合は、一つ世界を前へと進めたと言えるだろう。
「う……一緒の旅だと思って、二つ返事でオッケーしちゃったっすけど……また飛行船っすか……」
と、ローガルド帝国にある飛行船の待機所にて、移動に飛行船を使うと聞いたリューが、ジェットコースター嫌いがジェットコースターに乗る前みたいな顔で、そう呟く。
以前乗った際にかなり酔ってしまったので、微妙にトラウマになっているようだ。
「はは、まあ、あの時も後半は慣れて、酔いも治まってただろ? 大丈夫だ、変に緊張しなければ今回は酔わないだろうさ。あと、一応酔い止めも用意したから」
「……酔い止めっすか?」
「おう、だから大丈夫だ。気にし過ぎるとむしろ酔うぞ」
「そうだよ、リュー。乗り物酔いは、気分でそうなっちゃうことも多いからね。おにーさんが大丈夫って言ってるなら、大丈夫ってくらいに気楽に考えておいた方が、実際に症状も軽くなるんだよ」
そう話していると、ベンチで隣に座っているエンが、不思議そうに首を傾げる。
「……酔うって、お酒に酔うのと同じ?」
「いや、言葉は同じだが、それとは全然違うな。酒で酔うのは気分が良くなるが、こういう乗り物で酔うのは、単純に気持ち悪くて具合が悪くなるんだ。まあ、両方とも経験がないと、わかんないかもしんないけどな」
「……お酒、飲んでみたい」
「それは、エンがもっと大きくなったらだな。……ネル、リュー。エンってどれくらいになったら、酒飲んでもいいと思う?」
「あー……ど、どうだろうね。見た目的には、あんまりお酒を飲ませたくはないけれど……エンちゃんなら、どれだけ飲んでも問題なさそうな気もするし……」
せやな。
完全にイメージだが、我が家で最も酒が強いんじゃなかろうか。
「……悩みどころっすね。エンちゃん、大分特殊な生態してるっすから……イルーナちゃんが飲んでも大丈夫なくらい成長したら、っすかね?」
「そうだな……それがいいか」
幼女組の中で、普通の子供と言えるのは、イルーナだけだ。
彼女の成長に合わせて、エンもシィもその辺りを解禁するのが良いか。
……一緒に酒を飲める日が来るのが、楽しみだな。
「あと……あれだね。おにーさんが皇帝になったっていうのは聞いてたけど……本当に皇帝さんなんだね」
辺りを見渡しながら、ネルが呟く。
帝城近くに建設されている、この飛行船待機所だが――現在俺達の周囲を、数十名の兵士達が警護していた。
ほとんどが魔族で、そこに数人エルフと獣人族、そして人間が混じっている。
こちらにやって来た際、俺の顔を知っていた魔族の役人に、飛行船を使いたいという旨を伝えたら、漏れなくこうして護衛が付いてきたのだ。
彼らは、ドワーフの里まで俺達に付き添うことになっている。
別にいらないんだが……流石に、一国の皇帝をその家族だけで移動させられないということらしい。
俺が強いことは知っているが、だからと言って「じゃあ護衛はいらないですね」なんてやってしまったら、むしろ自分が罷免されるので、どうか、とその役人に懇願されてしまった。
……道中の移動だけ、という話で纏まったので、まあ良しということにしよう。
それにしても、俺の警護に人間の兵か。
少しは、落ち着いてきたということだろうか。
ちなみに、俺達以外の客もいるようだ。
ドワーフの里行きの船なので、やはり一番多いのはドワーフ。
次が獣人族で、人間も数人いる。
何人か、それぞれの国の高官らしい者達に挨拶され、言葉を交わした。
今後も、こういう機会は増えることだろう。
面倒だが、俺も慣れないとな。
「おう、俺自身、『あぁ、俺って皇帝なんだな』って思ったところだ」
「これだけ王様っぽくない王様も珍しいよねぇ。いや、王様っていうか、皇帝だけど」
「おっと、旦那に言いますねぇ、あなた」
「フフ、ウチもネルも、勿論エンちゃんや他のみんなも、今のご主人が好きってことっすよ!」
「そうそう、そういうこと」
「……お前ら、強くなったよな」
「我が家でいっぱい鍛えられたからね」
「ご主人の薫陶の賜物っす」
ニコニコと笑う二人に、何も言えなくなる俺だった。
――そんな感じで、暇な時間を雑談で潰していると、やがてグオングオンと何かエンジンが唸るような音が遠くから聞こえ始め、空に飛行船の姿が現れる。
待機所の前に停まった船から、次々に乗客が下船を始め、すぐに待機していた整備員達が整備を開始する。
ん、しっかりと体制が整えられてるんだな。
その後、乗船が開始されたのは、三十分が経った頃。
俺達もまた案内に従って乗船し、そして部屋に通される。
「――では、陛下。何かありましたら、すぐにお申し付け下さい。我々が誰かしら駆け付けられるようにしておきますので」
そう話すのは、護衛の一人である、魔族の女性兵士。
通された部屋は、以前羊角の一族の里へ向かった際の飛行船と、同じくらい豪華な部屋だった。
いわゆるVⅠPルームである。
この船も旅客船仕様――というか、軍船以外は全てこの造りなのだろう。
「ん、ありがとう。そっちも、何か強い魔物の出現とかがあったら教えてくれ。こう言っちゃアレだが、変に自分達だけで対処されるよりも、頼ってくれた方が助かる」
「ハッ! 畏まりました! 陛下の強さは例の戦争で存じております故、その際は頼りにさせていただければと思います!」
そう言い残し、彼女は敬礼をして去って行った。
「……おにーさん、さっきの女の人、目を爛々に輝かせてたね? まるで、有名人に会えた女性ファンみたいな感じで」
「いやいや、ホントに。有名人っすねぇ、ご主人」
ジトーッとした目で見てくる嫁さん二人に、俺は慌てて弁解する。
「ちょ、ちょっと待て、お前らが嫌って言うんだったら、ちゃんとそう言うからな? 今回のだって、俺が護衛を欲しいって言った訳じゃなくて、どうしてもって言われたから受け入れただけで――」
「あはは、冗談だって! もー、そんな焦んないでよ。大丈夫、ちゃんとわかってるから」
「ご主人は、ウチらを一番大切にしてくれるっすもんねー?」
笑って、ぐでー、とネルが寄りかかってくるのに合わせ、反対側にリューが寄りかかってくる。
心地良い、嫁さんの重みと香り。
最高の感覚である。この世の楽園がここにあると言って良いだろう。
「……最近俺、どんどんお前らに勝てないって思う要素が増えてる気がするよ」
「フフ、女は強いんだよ! ねー、リュー」
「ウチはまだ、『女』というものを学び中っすけどね。日々、ネルやレフィ、レイラからその強さを学び取ろうとしてるところっす」
「えー。リューも十分、可愛い女の子だと思うけどねぇ」
ちなみにこの間、エンは俺達よりも外の様子が気になるようで、発進準備を進めている外の様子を窓に噛り付いて見ている。
彼女が飛行船に乗るのは、通算三度目になる訳だが、それでもやはり、物珍しくて面白いのだろう。
「――それで、おにーさん。僕はよく事情を知らないけれど、今回はどうして、ドワーフの里と獣人族の里に向かおうとしたの? ローガルド帝国でそういう約束をしたっていうのは聞いてるけど、それだけでもないんでしょ?」
と、その問いに、俺ではなくリューが答える。
「あれっすよね? 神話のことでちょっと、気になることが出来たんすよね? ご主人が、あの時に深く考えるような顔をしていたのは、ウチも見ていたっすから。レフィから少し、聞いてるのもあるっすけど」
「神話……? 急にまた、どうして」
不思議そうに、俺を見るネル。
「俺はさ、魔王だ。ダンジョンの主であり、管理者だ。けど、そのダンジョンのことについて、あまりにも知らないと思ってな。今までは『そういうものだから』ってことで気にしてなかったが……まあ、好奇心が湧いたんだ。この世界の神話を聞いてから」
「それで、ドワーフの里と、獣人族の里?」
「おう、色んなところに行ったら、色んなことを知れるだろ? 本当は会いたい人――つーか、精霊王に会いたいんだが、あの人神出鬼没がすごいらしくて、むしろダンジョンで待ってるのが一番出会える確率が高いそうだし、だったら自分の足で行けるところに行って、話でも聞けたらと思ってよ」
「精霊王って……確か、ちょうど僕がいない時に来たっていう、レフィの知人だよね?」
「そうっすよ、とんでもない力を持った、それこそレフィ並の実力のおじいちゃんっす。……そうっすかぁ、好奇心が疼いちゃったのなら、仕方ないっすね! フフ、ウチらもその好奇心に、いっぱい付き合うっすよ」
「ん、楽しみだねぇ。僕、国の外に出る機会が少ないから、一緒に行けるのが楽しみだよ」
そう話している間に飛行船の発進準備が整ったらしく、エンジンが点火されたようで微かな振動が起き、フワリとした浮遊感が身体を包み込む。
――そうして、空の旅が開始した。




