筋トレ
十一巻の原稿が終わったんで、更新再開。
遅れてすまんな!
……書籍の方がこっちの内容にほぼ追い付いちゃったから、早く投稿しないとマズいんだよな……。
――最近強化している、日課の魔物狩りを終えた後。
魔境の森の、少し開けた場所にて。
「フーッ……フーッ……」
エンよりもさらに数倍重い、筋トレ用の鉄刀――いや、アダマンタイト刀を、振る。
以前エルフの里にて、先代勇者レミーロから教わったフォームを意識し、雑にならないよう、確実に素振りを行う。
全身の筋肉が、悲鳴をあげているのがわかる。
汗が吹き出し、息が荒くなる。
その俺の隣では、リルが『神速』スキルを用い、ひたすらにダッシュをし続けている。
誰よりも速く。
自身の限界を超え、さらに速く。
四肢の筋肉を躍動させ、いつもは怜悧な相貌を必死なものに変えており、今だけはモフモフのあの毛が暑苦しそうだ。
筋トレは、この世界でも変わらず重要なものだ。
レベルが上がれば勝手に筋力も上がるが、しかし例えば同レベル帯の場合、より肉体が優れている方がステータスは上なのだ。
地道なものだが……まあ、強くなるために必要なものは、こういう地道さだろう。
ローマは一日にして成らず、だ。
――と、筋トレを続けていた時だった。
俺達の様子を見て油断しているとでも思ったのか、森の陰からゆっくりとこちらに近付く気配。
それはタイミングを見計らい、一気に俺へと向かって飛び掛かり――。
「フーッ、邪魔、すんな、ボケ!」
「ギヤァッ――」
素振り用のアダマンタイト刀を、そのままブン、と振り、ソイツのドタマを殴り抜く。
四足歩行型の虎みたいな見た目のソイツは、悲鳴と共に吹き飛び、と、『神速』スキルで走り回っていたリルに轢かれてさらに吹き飛び、地面に叩き付けられて動かなくなった。
「クゥ……?」
「いや、わからん。何か急に出て来やがった。――はー、あっちぃ……戻ったら風呂入るか」
俺はその場に座り込み、上のシャツを脱ぎ捨てる。
魔境の森の気候は基本的に熱帯なので、ここでの訓練はクソ暑い。
草原エリアの方は過ごしやすい気温に設定しているので、あっちでトレーニングすればいいのかもしれないが……こういう訓練中の姿を見られるのは少々恥ずかしいものがあるので、あっちではやりたくないのである。
「クゥ……」
「はは、お前の毛皮が最高なモンなのは間違いないが、こういう時は気の毒にって思うわ。ほら、返り血も浴びてるし、洗ってやるよ」
原初魔法で水を生み出し、シャワー状にしてリルに掛けてやると、我がペットは気持ち良さそうにそれを浴び、そしてブルルと身体を震わせる。
当然その隣にいる俺は、ダイレクトにそれを浴びることとなる。
「わっ、おい、はは、やったなこの野郎。おらっ、食らえ!」
そうして、リルとビショビショになりながらふざけていると、突然近くから可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。
「ひゃあっ、な、何?」
声の方向に顔を向けると、そこにいたのは、俺達の余波を頭から食らったらしく、びしょ濡れになっているネルだった。
「お、ネル! おかえり、今帰って来たのか?」
「ん、ただいま。うん、さっき帰って、おにーさんに会いに来て、それで頭からビショビショになったところ。ハァ、もう、全身濡れちゃったよ」
一つため息を吐くネルに、俺は笑って答える。
「おう、悪い悪い。暑いから水浴びしてたんだ。汗が気持ち悪くてよ。な、リル」
「クゥ」
すると彼女は、半裸状態の俺をジーっと見詰め、それから口を開く。
「……僕はおにーさんに会いたくてワクワクしてたけど、今冷や水を浴びせられた気分です」
「気分というか、物理的に浴びたな」
上手いこと言うじゃないか、勇者さんよ。
「なので、その埋め合わせとして、おにーさんの腹筋を触らせてもらいます!」
「えっ――わひゃひゃひゃっ、ちょ、おま、あひひひ……ま、待てって!」
ネルは両腕を伸ばし、俺の腹筋を触り始める。
「ふふ、ダメだよ、おにーさん! これは罰なんだからね! 僕の気の済むまで、触らせてもらいます!」
「わ、わかった、わかったから、一旦落ち着けって!」
「うーん、これは良いものだねぇ! 是非とも『腹筋っていいものだよね委員会』に、この素晴らしさを伝えねば!」
「わひひひっ、ど、どこにあんだよ、その委員会は!」
「勿論、我が家にだよ!」
そうして、俺をしばらく悶えさせた後にようやくネルは満足したらしく、俺の身体から手を離す。
「ハー、ハー……お、お前、筋トレしてた時よりも疲れたぞ……」
「いやぁ、僕の方は日頃の疲れが、この数分で全て吹き飛んだよ! うむ、これを『おにーさん回復装置』と名付けよう」
「名付けんでくれ」
お前はもう、いつからそんな感じになってしまったのか……いや、まあ、いいんだけどさ。
ウチの嫁さんが元気そうで何よりです。
俺は苦笑を溢し――それから、表情を少し真面目なものに変え、問い掛ける。
「それで……国の方は、どうなった?」
その言葉に、ネルもまた先程までとは違い、真剣な様子で答える。
「……うん。陛下は、今回の『人間至上主義者』の起こした一件をかなり重く見て……国内の統制に、軍の投入を決定してね。それで一応、落ち着きはしたよ」
……軍を投入しての、思想弾圧か。
「それは……相当だな」
前世ならば、それはもう大荒れに荒れるであろう事柄だが、こちらの世界だと割とある軍の使い方である。
だが……あのアーリシア国王がそれをするというのには、大きな意味があると見るべきだろう。
彼は、人が良い。
基本的に善人であり、国王なんて役職に就いていなければ、きっと優しい近所のおじちゃんなんて感じで、平和に日々を暮らせたであろう人間。
そんな彼が、それだけの重い判断を下したのだ。
いったいそこに、どれだけの葛藤があったことか。
「……あの王には、苦労を掛けるな。あれは、こっちの油断が招いたせいで起きたことだし……」
「……クゥン」
重い声音で、リルが鳴く。
あれは、自分の至らなさを思い知らされた、嫌な出来事だった。
色々覚悟していたつもりで、だが実際には全然それが足りていなかったという例だった。
方々に迷惑を掛けた、大きな失敗だったと言える。
その俺の言葉に、だがネルは、首を横に振る。
「ううん、おにーさんとリル君のせいじゃないよ。元々その件は、人間がどうにかしなきゃいけない思想の一つだったんだよ。それが今回、悪い形で露出しちゃったんだ。姿形が同一な人間は、他種族よりも他種族に対して排他的な面があるのは、昔からの事実だしね」
「……今後、その辺りの偏見も、解消していくことを願うしかないな。時間は、それなりに掛かるだろうが……」
「ん……そうだね。勇者として、今後そのための手助けをしていきたいものだよ」
そう言った後、ネルは意識的な様子で声音を変え、言葉を続ける。
「そうそう、僕は仕事が変わったよ」
「へぇ? どうなったんだ?」
「うん、今後は治安維持の仕事なんかは無くなって、ほぼ魔物討伐の仕事にシフトすることになったんだ。だから、以前より仕事が少なくなって、こっちにも多く帰って来れるかも。他種族の脅威が薄まった、というのが大きな理由でね。もしかすると、おにーさんへのご機嫌取りの一環かもしれないけど」
「そっか……お前自身はちょっと思うところがあるかもしれないが、俺にとっちゃあ、お前と過ごす時間が増えるんだったら万々歳だな」
「ふふ、まあ、国が前に進んだ結果であるなら、それは喜ぶべきことだろうさ。『勇者』というものがいらなくなるのなら、それは国にとっても、僕にとっても、良いことであるはずだよ。……そうなれば、こうしておにーさんの腹筋も、好きなだけ触れるようになる訳だし、好きなだけ抱き着ける訳だしね!」
「わっ、ちょ、お前……ったく。今俺、あんまり綺麗じゃねぇぞ?」
「僕もびしょ濡れになった後だから、あんまり変わらないよ」
笑いながらギュッと抱き着いてくる彼女に、俺もまた笑って、その身体をギュッと抱き締める。
心地良く、柔らかく、良い匂いのする嫁さんの身体。
「――と、そうだ、ネル。俺、近い内にドワーフの里に向かおうと思ってたんだが……お前も付いて来るか?」
「ドワーフの里!? け、剣がいっぱいの!?」
間近から、勢いよくズイ、と顔を近付けてくるネルに、俺は思わず上半身を仰け反らせる。
「お、おう。剣がいっぱいかどうかは知らんが、ダンジョンのことでちょっと、話を聞きたいと思ってな。いい機会だから、彼らんところに訪ねに行こうと思ってよ」
戦争の際、彼らの里へ遊びに行くと約束した。
時間が出来たので、この機会に訪問しようと思うのだ。
「行く! 行く行く! え、えへへ……世界最高の鍛冶技術を持つドワーフの里……! 武器の聖地……! いつ、いつ行くの!?」
テンション爆上がりのネルさんである。
「ち、近い内にな。お前が行くんなら、お前の日程に合わせて行こうと思ってるんだが、どうだ?」
「……喫緊の仕事は全て片付けてあるし、今の僕は結構自由が利く身……ん、わかった、ちょっと待ってて! すぐに細かい仕事を終えてくるから! 絶対待っててね!」
「お、おう、わかった」
相変わらず、武器フェチな勇者様であった。
……ドワーフの里に行くとなると、そこから近いらしい獣人族の里にも多分行くことになるだろうし……せっかくだから、リューも誘ってみるか?
この後、聞いてみるか。